トラックでの楽器の運搬
演奏会や合宿の時はトラックで楽器を運ぶ際に、プロの運送屋に依頼する場合が多い。大学のスクールオーケストラの場合は、ハイエースや軽トラックをレンタカーで借りて自前で運ぶこともある。プロの運送業者に任せる場合、楽器を運びなれた会社やドライバーに依頼できる場合と、楽器運搬未経験のドライバーに当たってしまう場合がある。楽器運搬未経験のドライバーの場合、団員の方でトラック荷室に積み込み、固定だけドライバーにお願いするのが安全である。ドライバーが行う固定作業も、楽器に負担がない方法かどうかを団員側でチェックしなければならない。
トラックで運ぶ際の注意点である。
・荷物リストを事前に作成しなければならない。
・荷物リストは積み込み開始時にドライバーに見せるといい。
・ケースの留め具は確実に全部閉じておかなければならない。
・打楽器の小物や管楽器のスタンド類は箱に入れておくと便利である。
・打楽器のスタンド類のネジは必ず全部しめておかなければならない。
・楽器ケースの中の余分な小物類は取り除いておいた方がいい。
荷物リストは積み込み時に積み込んだのかを確認するのと、荷下ろしの際の忘れ物がないかをチェックするのに使う。一つの団体でトラックを貸し切れる時は荷下ろしの忘れ物はあまりないが、コンクールの時など共同で運搬となった場合は要注意である。荷物リストはドライバーがどのような順番でどのくらい詰めこんで楽器を入れるかの判断にも使用する。ドライバーとしては、重さのバランスが過度に偏らないか、積み込みが終わった時に余りのスペースができてしまわないか、スペースが足りなくならないか、を気にしながら積み込み作業をしている。荷物が多い時は奥に棚を作り積めていくが、荷物の総量がわからずに積み始めてしまうと、一度積んだ荷物を外に出して棚を作り直して再度積み込みというようなことになってしまう。余りのスペースがあるのに高く積んでしまうと荷崩れの原因となるので、可能な限り床に平らに敷き詰めて荷物が並ぶようにドライバーは工夫している。積み込みのバランスが悪いと荷崩れの心配だけでなく運転のしやすさにも影響を及ぼす。
楽器ケースの留め具はしっかりと確認しなければならない。チェロケースは形が複雑であり留め具が多いので、全部閉じられているかを確認する。コントラバスは一番底のチャックやマジックテープやホックボタンが閉じられているか確認する。また、ケース内の小物入れ以外のところに何か入っていると、振動で楽器が傷つくのでやめるべきである。チューバのベルのところに楽譜を入れていたり、他の管楽器もベルのところに筆記用具を入れていたりするのを時々見かけるが長距離の運搬の時はそれらを抜いておくべきである。たまに、管楽器メンテナンス用のオイルが運搬中に容器から漏れることがあるので注意が必要である。打楽器のスタンドのねじ類は必ず全部締めておかなければならない。ネジが緩いと振動でさらに緩んで落ちてしまうことがある。また、手で運ぶ際に小さく折りたたまれた部品が不用意に開いたり伸びたりしないようするためにも固定しておくべきである。ネジを固定できない場合は、ガムテープで止めたり紐で縛ったりするべきである。また、小物を入れるボックスを用いると便利である。
2トンロングほどの小さなサイズのトラックに効率よく楽器を積むには、荷室の奥側に奥行き2mほどの棚を2段作る。棚はラッシングバーと棚板とトラック用緩衝ボードを利用して作る。聞きなれない用語なので、各部品の用語の説明をすると、トラックの荷室の内側にベルトなどをひっかけるためのレールが設置されているが、このレールがラッシングレールであり、両サイドのレールに渡るように引っ掛ける棒がラッシングバーである。ラッシングレールを利用して壁面に荷物を固定するベルトがラッシングベルトである。棚はティンパニーの上2段作ることができれば、コントラバスとチェロを裏板側を下にして寝かせた状態で棚に入れることができる。楽器運搬専用になっているようなトラックでは、ラッシングレールの高さがちょうどその積み方に合う高さに設定されている。棚の奥行はコントラバスの長さに合わせて2mほどにする。車種にもよるが、棚1段でコントラバスなら5台入る。このように積めば、少ない団員数のオーケストラなら2mくらいの奥行でティンパニー、コントラバス、チェロを積み終えることができる。その後はどのような大型の楽器があるかによって、あるいはドライバーの好みによって積み込む順番は変わる。一般的に大型あるいは重い荷物を奥に入れる。木琴や鉄琴もティンパニーとほぼ同じ高さなので、同じような棚を作ればその上に他の荷物を積める。
トラックの荷室に入ってみると感じることだが、荷室の奥行きは想像以上に深い。荷室入り口から奥の棚段の上まで何往復もして積み込むのは重労働である。トラックドライバーと相談しながら団員のうち力があり楽器を運びなれた数人が荷室に入って積み込みをするようにした方がドライバーにとって負担は少なくなり短時間で作業が終わる。楽器庫の中の全ての楽器を一人で廊下に運び出すことを想像すればどれだけ大変なことか想像ができるだろう。荷室に入る団員数は1人ではたりない。パワーゲート上に乗る人も含めて2~3人が一緒に行うと作業しやすい。楽器をトラック荷室内まで運ぶのは団員が積極的に手伝うとしても、最終的に荷物を固定する作業はドライバーに任せることになる。法律上、運搬中の荷崩れや破損はドライバーの責任になるからである。荷室の入り口付近には、積み込んだ楽器のリストをチェックする団員がいるべきである。チェックを担当する人は、トラックに楽器を入れる前の最終チェックとして楽器の梱包状態についても目を光らせるべきである。
楽器運搬に慣れていないドライバーの場合、奥に棚を作らないことが多く、またラッシングレールの高さがティンパニーの高さより低かったりすることがある。その場合は、チェロやコントラバスを床に平置きにしてその上に棚を作成するといい。棚を作れなければ壁際に立てて固定するしかない。チェロはハードケースなら壁際にそのままラッシングベルトで固定して立てられる。コントラバスを立てて固定する場合は、固定ベルトの高さに注意しなければならない。駒に近いところにラッシングベルトを巻いてはいけない。ネックの胴への付け根あたりがベストである。ラッシングレールが2段ある場合は、上下の段を使い「×印」のようにベルトを固定させるとうまくコントラバスを固定できる場合もある。また、ラッシングベルトで固定する際は厳重に毛布等で保護しておかなければならない。コントラバスを床に側板を下に横向きに立てて置く場合、余計なスペースが余らないようにうまく緩衝材を詰めなければならない。スペースが余っていると楽器が車の揺れで倒れてしまう。小型の管楽器のケースなどでスペースが埋まるようにすれば大丈夫である。引っ越し業者が楽器の運搬をする場合、コントラバスを立てて壁際に置けるようにするための段ボールのケースを持ってきてくれることもある。段ボールは縦長になっていることが多い。その中にコントラバスを入れる時は一度ケースを横に寝かせてから入れるか、ケースを立てたまま2人がかりで楽器を持ち上げて上から入れる。コントラバス用の段ボールに入れてしまえば、支えてなくてもかろうじて自立できるくらいの安定性を持っているはずである。その段ボールケースに入れておけば、ラッシングベルトを巻く位置や強さをさほど心配しなくても大丈夫である。ソフトケースに入ったチェロも同様に縦長の段ボールに入れると安心である。コントラバスの段ボールと兼用の場合、一つの段ボールに2台のチェロを入れられることが多い。このように弦楽器を立てて運ぶ方法はあるが、魂柱や駒のずれの可能性を極限まで減らすためには裏板を下側にして寝かせて運ぶ方がお勧めである。
ティンパニー、バスドラム、木琴などの大型の打楽器にはタイヤが付いている。トラックに入れるまではタイヤのロックを外して転がすはずであるが、トラックに積み込んだら忘れずにタイヤのロックをかけなければならない。運搬する荷物の量に対してトラックサイズが小さい場合、木琴やマリンバなどの鍵盤打楽器を分解しないといけないこともある。分解した場合は、鍵盤部分は専用ケースに入れるか毛布でくるんでから積み込む。分解せずに運ぶ場合も、保護のための毛布を事前にかけておくべきである。運送会社側でも保護剤を準備してくれることもあるが、たくさんの楽器を運ぶのに十分な量がないことが多いので、自分たちでも毛布を用意すべきである。
合宿のための移動時はトラックにひな壇、譜面台、指揮台、バス椅子などを入れることがある。ひな壇は平置きで山積みとすると振動で台がずれてきて荷崩れを起こすので、壁に立てかけてラッシングベルトで固定することが多い。平積みとする場合は、ずれないように周囲を何かで囲んで固定しなければならない。折り畳み式でない譜面台は一番下まで下げ、スタックしやすいように譜面を載せる部分と足の向きをそろえておく。譜面台のネジもゆるまないようにしっかりと締めておかなければならない。
大きな荷物を積み終わったら小型の荷物を積む。最後に隙間が余らないように工夫する。隙間が余る場合はラッシングベルト等で固定しなければならない。
楽器運搬で使用されるトラックは荷室の奥行きが6mくらいのサイズの車が多い。たいてい楽器の総重量が2トンを超えることはないので最大積載量2トンの車で問題ない。しかし、同じ最大積載量2トンの車でも様々な寸法がある。2トン車の中でもワイドロングと呼ばれているサイズの車なら、荷室の奥行も6メートルほどであり、標準的な人数のオーケストラの楽器を積むには十分なサイズである。鍵盤打楽器をたくさん使う現代音楽やティンパニーを8セット(計16台)も使うベルリオーズの『レクイエム』などの曲を演奏する時にはこのサイズでは足りないが、60~80人編成程度の一般的なオーケストラなら問題ないはずである。トラックのサイズを業者に指定する場合、運び込む場所の駐車スペースや道路の広さも確認しておかなければならない。 2トン車のトラックまでしかホールの搬入口に横付けできないということもあるので事前に確認が必要である。運び込む場所の状況を事前に業者に相談しどの車種を使用するか決めた方がいい。トラックを業者に依頼する際はパワーゲート付きの車種を指定するべきである。トラックの荷台までの高さは1メートルほどである。ティンパニーやバスドラムをその高さまで手で持ち上げるのは大変であり、安全面からもお勧めできない。また、棚を組むことを想定してラッシングバーや緩衝ボードや棚板を持ってきてもらえるように事前に依頼するといい。何も依頼しないと、荷室が空の状態でくることになる。ラッシングレールがティンパニーに合った高さでなくても、コントラバスを平置きした上に棚を作りティンパニーや他の楽器を乗せることができる。棚は奥行き2メートルくらいのものを2~4個作ることを前提に運送会社にお願いすれば必要な道具を持ってきてくれる。4個も棚を作れれば最大限に荷室空間を利用できる。しかし、棚をたくさん作ると積み込みの手数が増えるのであまり小型車に天井まで積み上げるようなことはしない方がいい。
ウィングボディーと呼ばれる荷室の横が開く車種も存在する。ウィング車の場合、間口が広いので同時に大勢で積み込み作業をすることができる利点がある。しかし車のサイド側にパワーゲートがついていることはなく、横から積み込む場合は人力で持ち上げなければならない。ホールの設備として、ウィング車の横から荷物を出し入れできるような構造となっている施設もある。吹奏楽の場合、ウィング車を即席の舞台として屋外演奏をすることもあるが、オーケストラではそのような活用方法は考えられない。
軽トラックでティンパニーなどの大型打楽器だけを運搬することもある。荷室を2段にできるようなトールタイプの軽トラックなら1台でティンパニー1セット4台を運べる場合もある。しかしそのような車種は少なく、また、他のバスドラムや鍵盤打楽器のことも考えると軽トラックの場合2台以上は必要である。軽トラックをレンタルしなくても、ワンボックスカーが数台あれば大型楽器を運ぶこともできる。
レンタカーとしてトラックを借りて自分たちで運転する場合、トラックは乗用車よりも上下方向と横方向に揺れることを忘れずにいなければならない。トラックは急ブレーキなどを使わない普通の運転時でも震度2~4くらい揺れると言われている。特に歩道に入る際の段差、踏切の段差には注意が必要である。歩道も踏切も車に対して斜めに渡る場合、荷室が大きく横に傾くので注意しなければならない。
もし運搬日が雨の予報なら、大きなビニール袋やビニールシートを準備しておくといい。楽器の個数分準備する必要はなく、使いまわせばいい。建物の玄関からトラックの荷室まで臨時で覆うことができればいい。ティンパニー等はいくら大きなビニール袋を準備したとしてもその中には入らない。ビニール袋を切り開いてシート状にすればいい。上面だけでなく横面まで覆うのが理想だが、作業効率等を考えると上面だけ覆うことができれば十分である。コントラバスをビニールで覆うときは、ビニール袋を2つ準備し、1つは袋の底を切り筒状にし、もうひとつのビニール袋とつなげるようにすると楽器の大部分を覆うことができる。チェロのハードケースの場合、大雨でなければ数秒くらい濡れてもたいていは大丈夫である。もし心配なら上からビニール袋をかぶせるようにする。
現在のトラックは30年前とは大違いに進化している。1990年頃まではエアサスペンションと呼ばれる機構を持った車はほとんど存在しなかったが、現在は標準装備となりつつあり荷室の振動が少なくなってきている。また荷室のエアコンも以前よりも格段に状態が良くなっている。昔はバイオリンなどの小型の楽器をトラックに積み込むのは危険と言われていた。近年はトラックの安定性が進化してきたため段々と問題なくなりつつある。それでもなお、小型楽器をトラックに積み込むことに抵抗感がある人が多いはずである。楽器に対する思い入れは人それぞれであり、トラックに積むより自分で持っていきたいという人もいる。バイオリンやフルートまで何が何でも全部の楽器を積み込むというような方針を持つようなことはなく、柔軟に対応してほしい。