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屋外での演奏
端的に述べてしまうと、屋外でのオーケストラの演奏はやめるべきである。金管楽器は直射日光を浴びても雨に濡れても問題ないかもしれないが、弦楽器は雨も直射日光もアウトである。雨や直射日光だけでなく風や埃への対策ができない環境で演奏をするべきではない。
雨に弦楽器が濡れた場合、土砂降りでなくパラパラの小雨だったとしても楽器屋に持っていき点検してもらわなければならない。f字孔の中に確実に水滴が入っていなければギリギリセーフではあるが、それを的確に判断するのは難しい。ニスの上に水滴がつくだけなら何とかなるが、ニスが塗られていない白木の部分に水滴がついてしまったら、知識と技術のある人が乾かすべきである。アマチュア奏者が室内干ししておけばいいだろうと安易に判断するのは危険なことである。弦楽器の木は何年もかけて乾燥したものを使用している。それが一瞬の判断ミスでパーとなってしまう。濡れたまま放っておくとカビが発生したり虫が湧いたりすることがある。楽器内部を乾かすために一度楽器の膠をはがして乾燥させなければならないこともある。そうなってしまったら、修理完了までに数か月かかることになる。屋外での演奏は、そうなる可能性を覚悟しなければならない。
弓についても、水で毛が濡れたら、間違いなく毛替えとなる。一度でも濡れてしまうと松脂を塗れなくなると覚悟しておかなければならない。弓の毛は消耗品なので気楽にすぐに交換できる点はいいが、費用はかかる。
木製の木管楽器も同様に考えるべきである。通常から吐息と外気温の温度差による結露にはさらされてはいるが、雨に濡れることを想定されたつくりにはなってない。また、木管楽器のタンポも雨に濡れたら交換しなければいけないこともある。
木製の楽器には直射日光をあてるべきではない。太陽の熱で膠がはがれたり、木が割れたり膨張し変形したりする。これは弦楽器だけでなく、木製の木管楽器も同様である。特にクラリネットは楽器の厚みが薄いため木が割れやすい。初心者がオールドの楽器を使用していることは少ないかもしれないが、幼少期から楽器を練習しているような経験者はオールドの楽器を使っていることもある。博物館を想像してもらえるとイメージがつかめると思うが、博物館に展示されているものを直射日光に照らしたらどうなるだろうか?博物館には戦前のもの、江戸時代のもの、それ以前のもの、色々ある。バイオリンのオールド楽器は戦前のものが多いし、年代的には江戸時代の楽器もたくさんある。博物館にある物と同じ年代の楽器を炎天下の中で弾くことを想像してほしい。どれだけ危険なことなのか想像つくと思う。新しい楽器だとしても、大切に扱えばその人の生涯にわたり使えるものであるし、もしかしたら数百年後も大切に使われているかもしれない。安い楽器だから、あるいは年代的に新しい楽器だからといって雑に扱っていいというわけではない。
日光の向きも演奏に影響を及ぼすことがある。もし指揮者の真後ろに夕日があったら、まぶしくて指揮を見れない。強風も演奏に及ぼすことがある。フルートは正面から強い風を受けるとどんなに上手な人でも音が鳴らなくなってしまう。風の影響でフルートだけ音が鳴らなかったり、逆に吹いてもないのに勝手にフルートの音が鳴ってしまったりすることもある。
埃については、弓の毛が最も影響を受ける。f字孔から入ってしまったものは、扇風機みたいなもので噴き出すことができるが、毛についてしまった場合、埃と松脂が混ざり合いベタベタになってしまう。そうなったら毛替えをするしかない。埃混じりの毛で弦をこすると、弦が汚れるだけでなく、弦も弓の毛も切れる可能性が高くなる。
そうはいっても、屋外で演奏することを団として引き受けてしまったら団員としては参加するしかないだろう。その場合、楽器ケースを常に足元に置いておくといい。何かあった時にすぐにしまえるし、演奏の直前まで楽器をしまっておけるからである。実際に演奏するとき以外はケースに楽器をしまっておき、演奏開始の直前にとりだし、演奏終了直後に楽器をしまうくらいのつもりでいるべきである。ケースを置いておくスペースがないなら、大きなビニール袋(ごみ袋)とタオルをポケットに畳んで入れておくといい。雨が降ってきたらすぐにビニール袋の中にしまう、あるいはタオルですぐに覆うなどの応急手当てができる。バイオリンとビオラならビニール袋1個で楽器を包める。チェロとコントラバスの場合、あらかじめ楽器に被せられるようにビニール袋に細工をしておく必要がある。ネックを通すための穴をビニール袋の底にあけておくと、胴体部分を保護しやすくなる。ビニール袋で包むことができないような状況だったら、タオルをf字孔に被せるだけでも、被害を多少防ぐことができる。
屋外で演奏する時は、楽譜が風で飛ばないようにクリップで固定すべきである。どんなクリップを使用してもかまわないが事前に楽譜を譜面台にクリップで固定してみれば良し悪しがわかる。譜面を邪魔しない物で長めの物が理想である。私は数本のヘアピンと洗濯ばさみを常時楽器ケースに忍び込ませている。屋外に限らず、エアコンの風や入口からの流れ込みが強い会場でも楽譜を固定する道具は必要である。また、風で譜面台が倒れる可能性がある時は、譜面台の根本に重しを縛り付けることによって対策することができる。簡単には、水が入ったペットボトルを紐で縛り付けておくだけである。500mLのペットボトル1本の重しでもかなりの効果がある。
奏者の環境についても考えておく必要がある。夏の熱中症対策や冬の寒さ対策である。屋外ではないが、ドームや武道館などの大規模会場はエアコンが効いてないことが多い。夏は対処しようがないが、冬はホッカイロを多数忍び込ませておくといい。
学校に壊れかけていて使われていないような予備の楽器があるのなら、屋外の演奏では可能な限りその楽器を使うべきである。管楽器も木製の楽器は屋外での演奏に向かない。クラリネットはプラスチック製の楽器があるのでそちらを使用するという手もある。
屋外で演奏する時は電気音響システム(PA)が入ることがある。慣れないとマイクとコードを邪魔に感じるかもしれない。コード類に足を引っかけないように注意しなければならない。PAが入る時と生音を聞かせる時とでは弾き方が変わってくる。PAが入るのなら音量よりもきれいな音質で弾くことに意識を持つべきである。PAが入らなかった場合、屋外での演奏は音質よりも音量をだすことに集中して弾かなければならない。PAが入るのなら、フォルッティッシモを怒鳴るような音で弾くことはする必要がなく、フォルティッシモの音量に合わせてピアニッシモを小さめに弾けば、あとはPAが何とかしてくれる。PA用の奏法に慣れないとせっかくのPAの性能を無駄にしてしまうし、お客さんとしてもかえって音質の悪い音を聞かされることになる。ただし、PAを生音の手助けとして少しだけ利用する場合は、通常通り演奏しなければならない。屋外の時はPAありきで演奏することになると思われるが、半屋外やホールではない大部屋で演奏するような時はサブ的なPAである場合もあり、その時は通常通り演奏する。
屋外で演奏する際の支障は雨だけでない。直射日光、風、埃も楽器に対して悪影響を及ぼす。上述のように個人としてできる対策がないことはないが、団として屋外の演奏を引き受けるべきではない。