練習中の飲水、ホールでの飲水
近年の飲水に対するルールはどのシーンにおいても一昔前と比べて緩くなってきている。例えば、デパート内で飲み物を持ち歩きながらショッピングをするなんて以前はなかったが、ショッピングモールでは普通に行われており、それに引きずられるかのようにデパート店内での飲水を注意されることも少なくなってきている。また、30年ほど前までは授業中に飲水なんかしたら先生に怒られたものであるが、最近ではこまめな水分補給を推奨されており、授業中の飲水を認めている学校もある。エアコンがなく蒸し暑い教室なら授業中の飲水もしかたないと思うが、エアコン完備の学校なら、「休み時間に飲水し1時間程度の授業中は我慢しなさい」と、教育すべきことなのではないかと私は思っている。
オーケストラの練習時も同じような状況である。オーケストラの練習は、騒音対策のため窓を開けて練習するのではなく、エアコンがきいた部屋で練習することがほとんどである。また、楽器は濡れるということに対して非常に弱いものである。なので、練習中の飲水はやめるべきである。長時間の練習でも、たいていは30分から1時間程度ごとに休憩が入る。その休憩のタイミングで楽器のない場所で飲水すべきである。個人でレッスンを受けている人は、レッスン中に先生の話を聞きながら勝手に飲水することなんてないはずである。それなのに、学校での練習中の飲水はOKとするのはダブルスタンダードである。
飲水へのルールが緩くなってきているのは、飲水のタイミングの問題だけでなく、場所についても縛りは薄れつつある。以前は体育館内での飲水は厳しく制限されていたが、最近は、蓋のついている容器なら飲み物の持ち込みがOKであったり、フロアの端の方はOKであったりする。オーケストラで体育館を使用する時は床の傷つき防止のためにフロアマットを敷いて使用することが多いが、フロアマットを敷けば飲水は自由としている施設もある。
コンサートホールも、以前はステージ内、客席内ともに飲水は厳禁であった。それは、ステージが木でできているからであり、客席のシートは布製だからである。ステージは木の板が組み合わされているが、その下は機械ルームとしてステージの上下を動かす装置がついていたり、倉庫になっていたりする。新しいホールはコンクリートの上に木を張っているホールが多いが、古いホールは木の梁だけで他に支えがないこともある。木の組み合わせの隙間から水が下に垂れてしまったら、機械や倉庫内の物品が濡れ故障することもある。本来はそういうことまで考えて飲水をしなければならない。しかしながら最近は体育館同様に蓋のついている容器に入っている場合は許可という施設も少しではあるが存在する。その一方で、以前と同様にステージ内と客席内は飲水禁止としている施設の方が圧倒的に多い。ホール利用者としては、ステージ上あるいは客席内で飲水が認められているかどうか確認してから飲水するようにしなければならない。
演奏会の本番中にステージ上で飲水するなんてありえない、と個人的には思っているが、本番のステージ上での飲水が顧問によって認められている団があることをつい最近知り、正直なところ驚いた。私が常識だと思っていたことが常識ではなくなっているのか、その団が常識外れなのかよくわからない。ステージ上は全てをお客さんに見せる場であり、演奏会は「ショー」である。だからこそ、入場から退場まで気を抜かずに行う場である。そのような場所で飲水するということは、飲水のシーンもお客さんに見てくださいということである。ステージ上の飲水が暑さ対策のためしかたなく行われることであっても、それがいいことであるとは私は決して思わない。プロの指揮者がすごい量の汗をたらしながら振っているのをよくみるが、それでも指揮者が途中で水を飲んでいるのは見たことがない。もし私の思っている常識が古くなっているのであれば、近い将来、交響曲の楽章間に指揮者と演奏者が給水するようになるのかもしれない。
ホールでの飲水はステージ上だけでなく表回りの受付等においても同様なことが言える。受付が置かれているロビーは通常「飲水可」の場所である。だからといって、受付係がお客さんの誘導をしながら水を飲んでいたらお客さんはどのように感じるだろうか。ホスピタリティーあふれるおもてなしを受けたとは感じなくなるだろう。受付の態度が悪いというクレームにつながってしまう。開場から開演前の入場時間帯に受付係が水分補給しているような状況にはまだ出会ったことがないが、終演後は係の者が油断してしまっているのか時々そのような状況を時々見かける。演奏会の開場前からお客さんが全員帰るまで受付係は水分補給してはいけない、と主張をするつもりは全くない。お客さんがいないタイミングや、受付係の控えの場所など、お客さんの目からはずれた場所で行えばいいだけである。お客さんが受付ゲートを通っている時に受付ゲート付近で飲水するのを避けるだけでお客さんからの印象は変わる。こまめな水分補給が大事なことであることは十分に理解しているが、その行動により相手がどのように感じるかを考え、お客さんの目の前で水分補給をしなくて済むような対策がいくつもあることを学んでほしい。
万が一、弦楽器に水をかけてしまったら、その楽器は運が悪いと修理不能となる。かかった水が純粋な水の場合ですぐに楽器屋に持ち込めればたいていは直せるが、砂糖分が多い飲み物や濃い色の飲み物で楽器に染み込んで時間がたってしまった場合、カビが発生したり虫に食われやすくなったり染みが抜けなかったりと回復できなくなる可能性が高くなる。バイオリンやビオラを膝の上に置いたまま飲水している人をみかけるが、それは最悪な事態を招く可能性があることを肝に命じておくべきである。せめて楽器を一度ケースにしまうか、楽器を置いてある場所から一歩離れて飲水するようにしてほしい。
飲水に対するルールはペットボトルの登場により緩くなってきているのは事実である。ルールが時代とともに柔軟に変化していくことも重要である。しかし、飲水することへのイメージ、楽器へのダメージ、会場のルールなどを総合的に判断してからにすべきである。
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