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音色を表現する言葉

 「音」というものは、音程、音量、音色の三要素から構成される。音程と音量に関しては高低、大小のスケールしかないが音色は非常に複雑である。もう少し専門的な話をすると、音程、音量、音色は互いに独立しているものではなく、同じ波形の音でも音量を変えるだけで音色が変わったように聞こえることもある。

 音色には印象的側面と識別的側面の二つの性質がある。印象的側面は字の通り「明るい」や「美しい」という形容されるような印象的な性質であり、識別的側面は「バイオリンの音のような」などの音の種類を特定する性質である。印象的側面を表す言葉はたくさんあるが、学問的には評価性(美的性)、迫力性、活動性(金属性)の3種類を因子として解釈されることが多い。

 音色の印象的側面として形容される言葉は、反対語としてペアになるものが多い。「明るい-暗い」「柔らかい-硬い」などである。形容詞で表されることが多いが、「男性的-女性的」などのように名詞が使われることもある。一部の表現については、3種類の因子に強く関係するものもある。評価性の因子につながる言葉としては「綺麗」や「華やか」などの言葉があり、迫力性については「派手」や「貧弱」、活動性については「甲高い」や「単純な」などの言葉がある。どの言葉がどの因子につながるかは全く重要ではなく、各因子に結び付けられない言葉の方が多い。単に言葉を解釈するためにグループ分けしているだけに過ぎない。また、音色の表現として、音自体を評価した言葉と、その音を聞いた人の心理で表す言葉がある。受け手の心理で表す言葉には「緊張する」、「なごむ」やなどの言葉や喜怒哀楽に関する表現がある。

 表に80個ほどの音色を表す言葉を掲載した。グループ分けは私が勝手にしたものである。根拠のないグループ分けなのでその点についてはあまり気にしないでほしい。どの言葉からも何となく音色が想像できそうだが、これらの言葉だけで全員が納得できる音色を決めることはできない。学問ではなく練習においては、現状の音色に対して「もっと〇〇な音色にして」というような使い方をすることが多い。比較対象があり、それに対しての方向性を示すのに音色を表現する言葉が使用される。

音色を表す言葉


 音色の別の表現方法として音の包絡曲線から音色を表現することがある。包絡曲線は図に示したようなものであり、一音中の立ち上がりから終わりまでの音量を示すものである。包絡曲線はアタック、ディケイ、サステイン、リリースの4つの部分に分け考える。楽器ごと包絡曲線の様子は違い、管楽器ではサステインの時間が長いのに対し、打楽器ではサステインの時間は全くない。同じ楽器でも演奏方法を変えることによって包絡曲線を変えることができる。例えば、ピアノの場合、ペダルを使わなければ音の終末であるリリースの時間が短くなるし、ペダルを使えばリリースを緩やかにすることができる。

音の包絡曲線


 この包絡曲線を変えることにより音色を変えることができる。例えば、音の立ち上がりをシャープに、アタックを強く、音の丸め方を柔らかく、音をスパッと切る、などの方法である。何気なくそのような言葉を使って音色の指示をしているはずである。この包絡曲線のうち、アタックとリリースが重要である。アタックに関しては時間的な要素と強さ的な要素がある。アタック時間を短くするとシャープになり、アタックを強くするとアクセントとなる。アクセントの中でもアタック時間を長めにとると重い雰囲気のアクセントとなる。サステインについては、減衰しない音や音を抜くという表現でコントロールされる。

音色と音の包絡曲線


音色をオーケストラとして統一するためには、楽器による包絡曲線の違いについても理解しておくといい。例えば、大型楽器ではアタック時間が長い、あるいは立ち上がりが緩やかとなる。管楽器ではリリース時間は短く、弦楽器ではリリース時間が長い。このリリース時間は余韻にも関係してくる。打楽器ではサステインの時間が皆無であるが、管楽器と弦楽器は弾いている間はずっとサステインとなりいくらでも長さをコントロールできる。オーケストラの楽器ではないが、ピアノはサステインがほとんどなくリリースが長いのに対しチェンバロはサステイン時間もリリース時間も短い。オルガンのサステイン時間は鍵盤を押している時間としてコントロールできる。楽器による特徴の違いを頭の中に入れておくと、全体を合わせやすくなる。

 音色を表現する言葉について書いたが、これらは音響工学や音響心理学の研究分野で使われてきた分類や表現方法でもある。指揮者として、あるいは指導する立場としてこれらの言葉や概念をうまく使えるようになれば、音色を変えるのがいくらか楽になるはずである。

 余談であるが、医療現場においては「痛み」の表現が重要である。同じ腹痛だとしても、針を刺したような痛みの腹痛と下痢をしそうな時の痛みの腹痛とでは、原因となる疾患が全く異なるからである。頭痛においてもそうである。ところが、患者さんは痛みを強さでしかできないことが多い。それも「超痛い」か「ちょっと痛い」といったあいまいな言葉しか聞き出せないことが多い。医療現場では、痛みの強さを「10段階のうちの何番目」というようなスケールで聞き出すようにしている。痛みの種類は20種類くらい表現できるようになっておくと、万が一病院に運ばれた時に適切な診断を受けれる可能性がほんの少しだけ高くなる。

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