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楽器の購入

 楽器の購入はその生徒にとって人生最初の高額商品の買い物となるだろう。緊張するだろうが、是非いいものを手に入れてもらいたい。最近はひどい楽器を高額で売りつけるようなあくどい店はほとんどないと思われる。しかしながら、購入者の無知に付け込む店が全くないというわけではない。また、楽器店ではなくインターネットで購入してしまう人もいる。楽器は同じ型番でも音の出方が異なるため、実物を試して購入すべきである。楽器のことをよく知っている人に同伴してもらうのがいいが、楽器に詳しいアマチュアはなかなかいない。プロの奏者なら誰でも楽器のことに精通しているかのようなイメージがあるかもしれないが、全員が楽器の良し悪しを判断できるわけではない。音楽大学では楽器の弾き方しか教えなく、生徒を楽器屋に連れて行って楽器選定について経験を積ませるなどという気の利いた授業なんてない。音大生が自分で楽器を選ぶ経験もあまりなく、音大生といえども先生に楽器を選んでもらう人が多い。そのため必然と楽器の選定に対して精通している人は少なくなってしまう。

 団として個人に貸し出せる楽器がある程度の数あるなら、各個人の楽器購入はある程度楽器を弾けるようになってからの方がいい。1年生は学校楽器を使い、2年生以降は各個人で購入した楽器を使うというようなルールの学校もある。そのくらいの方が購入する人にとってはメリットが大きい。楽器の弾き方を知らないうちに購入となると、どうしても自分と楽器の相性がわからずに選んでしまうことになるからである。楽器を購入する時は必ず試奏をするものなので、ある程度弾けた方が自分に合った楽器を探しやすく、また、一年も音楽に携われば音に対する好みもでてくるからである。

 楽器を選ぶ際は、その楽器の出せる音質に対して適切な値段となっているかと、コンディション調整がしっかりとなされているかについて評価する。弦楽器の場合、クレモナ製というだけでプレミア感があるのかもしれないが、決して楽器の中に張られているラベルに対して値段をつけるのではなく、音質に対して価値をつけるものである。音質と価格のバランスについてはたくさんの楽器を見比べることが必要である。管楽器の場合、オールドの楽器を初心者が購入することはほとんどないと思われる。量産品は定価も決まっているので、調整が行き届いているかどうかが選ぶ際に重要視されることになるだろう。弦楽器も管楽器も、量産品だとしてもあたりはずれがある。同じ型番でも音質が全く違う個体が存在する。量産品の場合、個体差があっても値段は変わらないので、調整がしっかりとなされていることさえ確認できれば、自分の好みの音の楽器を手に取ればよい。

 楽器選択のための別の指標としてサイズがある。特にビオラは個体により大きさが違う。数センチの差ではあるが、実際に持ってみるとかなり違う大きさのように感じる。チェロやコントラバスも、レディースサイズやピッコロサイズと呼ばれている少し小さめのサイズの楽器がある。これらの名称はあくまでも通称であり正式なサイズ名ではない。しかし残念なことに、小さめサイズの楽器はあまり売られていない。コントラバスはフルサイズと称しているものでも欧米で使用されているサイズから比べると既に小さい。弦楽器はネックの細い楽器を購入するという選び方もあり、手の小さい人にとっては持ちやすさが格段と上がることがある。

 コントラバスは4弦の楽器と5弦の楽器がある。ある程度弾きなれた人は5弦を選ぶことが多い。初心者がコントラバスを個人で購入するとなると4弦と5弦のどちらにすべきか悩むところである。初心者にとっては4弦の方が弾きやすい。学校を卒業してもコントラバスを続けられそうであれば、5弦の楽器を選んでおいた方が対応できる曲が増える。しかし、持ち運びは重くなるし、弾くのが少しだけ4弦の楽器より難しい。コントラバスの弓はフレンチタイプとジャーマンタイプがある。日本のオーケストラでは90%以上の人がジャーマンタイプを使用しているので、初心者の人は、特にこだわりがないかぎりジャーマンタイプの弓を選ぶべきである。

 楽器本体の購入と同時に、付属品やケースもそろえる必要がある。弦楽器なら松脂、顎あて、肩あて、楽器ケースなどが必要である。安価なセットの場合、それらの物が全てセットに入っている。一定価格以上の楽器は全て別売りである。意外と高額なのが楽器ケースである。現在はだいぶ安価になってきているが、一昔前のチェロでは、本体よりもケース価格の方が高いなんてことがよくあった。楽器ケースを選ぶ時は、軽くて持ちやすいだけでなく、置いた時に倒れにくいものを選んでほしい。また、楽器サイズに適したものを選ばなくてはならない。同じ楽器でも様々なサイズが存在するので、可能な限り実際にその楽器が入るかどうか確認してから購入すべきである。最近は、小型化、軽量化しすぎてすぐに倒れてしまう楽器ケースが多い。バイオリンをはじめ弦楽器においてはケースが倒れたり裏返しになったりすることは非常に危険である。チェロのケースは、閉じ口から雨水が侵入してしまう製品もあるので、購入時にはお店の人に聞くか自分でよくみてほしい。

 楽器ケースの持ちやすさを評価する時は、自分の通学経路を想像しながら持ってみるといい。ケースにより取っ手や肩紐の位置が異なるため、持ち方が変わるし持ちやすさも異なる。自転車で通学する人と満員電車で通学する人と、満員ではないが長時間電車に乗る人とでは要求される持ちやすさが異なるはずである。自分の生活スタイルに合った物を選んだ方が楽である。特にホルンのケースの形状は非常にバラエティー豊かである。使いやすい形状のものを選んでほしい。

 初心者に案内することではないが、もし上級者で弦楽器の購入のために勉強をしたいなら専門書を読むのもいいことである。あまり知られていないが、弦楽器の専門書が存在する。

『UNIVERSAL DICTIONARY OF VIOLIN & BOW MAKERS』(William Henley、Amati Publishing Co. Ltd. (1997))

『Italian Violin Makers』(Walter Hamma、F. Noetzel(1993))

『L' Archet』(B. Millant & J. F. Faffin)

『THE RED BOOK Auction Price Guide of Authentic Stringed Instruments and Bows』(Donald M. Cohen、(2012))

 文字だけで説明されている本、写真が豊富に載っており鑑定にも使える本など様々なタイプの専門書がある。『The Red Book~』は近年のバイオリンの売買のプライス表である。数年おきに改訂版が出版されている。音質だけで値段を決められないことも多々あるが、そういう場合はこういう本に掲載されている価格の相場を参考にするのもいいかもしれない。綺麗な弦楽器の写真をたくさん見たい、外国語を勉強したい楽器好きの人には『Italian Violin Makers』などの写真集的な要素もある図鑑がお勧めである。これらの本の内容を理解できれば、一般的にその楽器がどのように評価されているのかを知ることができ、楽器に対する価値を個人的な感覚だけで判断するのではなくなってくる。また、楽器の価値を自分で言語化して表現できるようにもなってくる。ただし、これらの本をそろえようとするには、楽器1台を購入できるような金額を準備する必要がある。

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