意識を合わせると匂いがすることがある。
霊的臭覚能力(クレアセント)と言うらしい。
SNS越しに本当に花の香りがしたり、昔は夕飯のことを考えると母が作っている料理の匂いがすることもあった。
天使がそばに来ている時は百合の香りがするし、外出中に飼っている猫の匂いや声がすることもある。これは猫たちからのメールのようなものだと思っている。
ある時ふと「嗅いだ経験のないものの匂いが嗅げたらすごいよね」と夫に言うと、
「それはかなりレベル高いよ。もしそれができたら俺は降参するね。本物だって認めるよ」
と言われた。私は思わず冗談で
「佐藤健の股間の匂いとか嗅げたらすごいよね」
と返したのだが、それをやってのけたらプライバシーとかリテラシーはどうなってしまうのだろう、という疑問が湧いた。
以前、一般立入禁止のパワースポットに肉体ではなく瞑想で入ったことがある。
そこは大好きな場所で今でもたまにお参りに行くのだが、一般の参拝客は入れない神域には、よく黒い天狗のような存在が見回りをしているのが見えた。
その空間を自由に浮遊しながら、パトロールというか、その空間を護っている感じだ。
瞑想でその場所へ入って行くと、やはり黒天狗はいた。でもこちらを見ているだけで何もしてこなかった。
奥へ進むと4人くらいの人がいて、ゆっくり近づくとこれから日本に起こる災厄などについて話し合っていた。
私の存在に気づいたひとりが驚いて、なんで普通の人間が入って来たのか少し慌てていたのだが、その直後私の前に立ちはだかったのは、とても怖い顔をした亡き父だった。
本当に穏やかだった父のあんなに怒った顔は生前見たことがない。私は驚いて瞑想から起きた。
その後なんだか調子を崩して、とにかく髪の毛が重く感じて辛くなった。
ところが行きつけの美容院は定休日だったので、思いきって少し遠出して、飛び込みで切ってもらうことに決めた。
おしゃれなお店が立ち並ぶストリートをひたすら進み、ピンと来る美容院が現れるまで歩き続けた。
20分程歩いてようやく見つけたその美容院は、外観は「ナチュラル可愛い」感じで特にこれといった特徴はなかったのだが、もうここしかあり得ない。直感はそう言っていた。
飛び込みで入ったのにすぐ切ってもらえることになり、初対面の美容師さんが私を知るために様々な質問をしてくるのも新鮮だった。
「お仕事は何されてるんですか〜?」と聞かれて「絵描きと占い師です」と言うのもなんだか癖が強すぎるので適当に濁してしまったのだが、話をしているうちにその美容師さんはあまりスピリチュアルなものを採用してない方だとわかったので、選択は間違ってなかったと思う。
美容師さんはアジアン馬場園さんに似ていて、とても安心できる心地よい波動の方だった。
カットも上手だったけど、驚いたのがシャンプーの指の動き。
指をどうやったらそんなことになるのかと困惑する程、まるで千手観音のようなシャンプーだった。
そしてシャンプー台から席に戻り、今度はマッサージ。これもすごい。何をされているのかよくわからないけど気持ちよく、終わった時にはあれだけ重くて辛かった肩と頭はすっかり軽くなっていた。
「なんか憑いてましたね♪」
と、にっこり笑う美容師さん。
こういう、スピリチュアルなものを採用してない天然の本物って時々存在する。私は今日この人に「何か」を取ってもらうためにここまで来たのだと知った。
そして脳裏に浮かんだのがあの黒天狗。何もしてこなかったのではなく、あれは父の姿で私を追い払ったのだ、とその時深く納得したのである。
やはりパトロールは伊達じゃなかった。父の姿で脅して「何か」をつけ、私を追い払ったのだ。
「もう入ってくるなよ」
というメッセージの代わりに。
そういうわけで、やっぱり私は佐藤健の股間の匂いを嗅ぐわけにはいかないのである。それはスピリチュアル・リテラシーに触れるのだ。
あれだけビッグな方だから、守護している存在も相当だろう。黒天狗どころじゃないかもしれない。
だから私は嗅げないのではなく、嗅がないのだ。
仮にうっかり嗅いでしまったとしても、それが本当に佐藤健の股間の匂いなのか、どうやって確かめればいいのだろう。
あれから何ヶ月か経って、また飛び込みで例の美容院へ行くと馬場園さんはいなかった。
正直、あれだけのものを取ってくれて大丈夫だったのか気になっていたのだ。
代わりにカットしてくれた店長さんの話によると、馬場園さんは妊娠していたらしく、あの後すぐ産休に入り元気な赤ちゃんを産んだそうだ。
あの時なぜこの美容院を選んだのか自分でも謎だったけど、おそらくこのストリートで、命を宿している彼女の光が一番強かったのだろう。
またいつか、切ってもらえたらいいなと思う。