僕 No3
キッチンはとても狭く、客席は40席、
オープン当初はお客さんが少なかったが、
6か月ぐらいで、忙しくなった。
読売新聞社の斜め前ともあり、お昼は必ず満席になった。
関西テレビの近くでもあり、紳助のバーも3軒隣にあった。
お店に芸能人も来るようになってきた。
その頃からなんとなく「接客」が好きになっていた。
仲の良いメンバーだったので、
あの頃のスタッフはみんなどうしているのだろうかとふと思う日がある。
1993年ごろ
「藁のキャンティー」魚の形のボトル「ペッシェヴィーノ」が流行っていた!!
パルミジャーノの半分を使っての「チーズリゾット」「カルボナーラ」
このお店が難波( OCATビル)に店を出すと言った。
店主の息子がこの話を持ってきた。
やめておいた方が良いと言ったがオープンする事になった。
オープン当初は忙しそうだったが、3ヶ月ほどで急激に売り上げは落ちた。
集合ビルの中にあり、上には「JAL」さんのオフィスがあった。
だけど、僕は梅田をしっかりやって行こと思っていた。
ある日、オーナーから「今すぐ難波に来てくれ」と電話が入った。
体が奮い立った。「これはまずい」と直感した。
難波の店に着いた。そこには、オーナーとバイトの女の子しかいなった。
全員が辞めていた。
OCATビルで働くことになった。
なんとなく「嫌気」がさした。
なんとなく「準備」をした。
なんとなく「料理」を作った。
なんとなく「仕事」をした。
自分なりに頑張ったような気がするが、多分なんとなくだったと思う。
給料が遅れ始めた。賞与もなくなった。
しかしそのお店で凄い出会いがあった、後々には「ビストロ疋田」のシェフをしてくれる事になる。
なんとなく「求人広告」見た。そして、僕は面接に行き採用が即決まった。
面接の時には本店の「サービス人」で希望を出した。
即採用で決まった。
そして、僕は、汚いかもしれないが、このお店に「置き手紙」と
出会った彼には「いつか一緒にお店をやろう」と言って去った。
続きはNo4へ
FEST疋田
川崎市中原区木月住吉町11-44富士ハイツ 1階右室
FEST疋田 0449208485
FEST疋田 E-mail hikkyi6969@gmail.com
ホームページ https://www.festhikita.com/
疋田恒朗 (ヒキタツネオ)
mobil- 08040719240
E-mail:hikky1969@icloud.com
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