![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/152487328/rectangle_large_type_2_38ed54da558c6d2fa09d57e95552822d.png?width=1200)
京都の歴史と京ことば
![](https://assets.st-note.com/img/1725001133093-KMpHgqxnx0.jpg?width=1200)
「大阪弁と京ことば」の続編にリクエストをいただいたので、今回は京ことばを歴史をからめて妄想します。例によって筆者は言語学者でも歴史学者でもありませんので、今から書くことはあくまでも筆者の友人・知人からの受け売りと妄想です。あくまでも私見ですので予めご容赦下さい。
大阪弁が大きく三つに大別されるように、京ことばもいくつかに分けることができます。大きくは、御所ことば(女房ことば)と町方ことばに分けられるのですが、町方ことばはさらに、中京ことば・西陣ことば・花街ことば・農家ことばに分けられます。御所ことばについては前回妄想しましたので、今回は京の町方ことばを妄想します。まずは西陣の職人ことばからまいりましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1724937172976-RhR5fHIj2v.png?width=1200)
西陣は西軍の陣
「西陣」は有名ですが、実際にどこからどこまでが西陣なのかと問われると、答えは人によって若干違うかも知れません。西陣生まれの筆者の友人に尋ねたところ、上の図の濃い赤の部分が「ほんまの西陣」(友人談)だそうです。外側の薄い赤の部分は、「よそさんが言わはる西陣」(友人談)だそうです。
【応仁の乱】
室町幕府の8代将軍・足利義政の後継者争いをきっかけに、1467年から1477年までの11年間、京都を主戦場として行われた内乱です。管領の細川勝元を率いる東軍と、山名宗全(持豊)を率いる西軍に分かれて争われ、主戦場となった京都は荒廃しました。
応仁の乱で、西軍総大将の山名氏は現在の堀川通今出川を北上したあたりに本陣をかまえました。「西軍」の「陣」なので「西陣」です。山名氏が本陣を置いたところは今も「山名町」として名を残しています。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031131032-iV8GrwRQuh.jpg?width=1200)
東陣
西陣があれば東陣もありました。上の図の青色の部分が、細川勝元を率いる東軍が布陣した地域で、そこが「東陣」です。応仁の乱は細川勝元を率いる東軍が勝利したのですが、現在、「東陣」という地名はあまり使われていません。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031959143-NitoE1aEQj.png)
職人ことば
前置きが長くなりました。その西陣で、西陣織に携わる職人さん達が使っていたのが「職人ことば」です。※広い意味では、伏見の酒蔵の職人さん達が使う言葉や、清水焼に携わる職人さん達が使うことばも、それぞれ別の「職人ことば」です。
筆者は職人ことばに精通しているわけではないのですが、西陣生まれの友人は職人ことばとして「かにここ」という言葉を教えてくれました。「その納期ではかにここですわ」とか。西陣では「かにここ」は「ぎりぎり」という意味だそうです。
具体的な例は分からないのですが、西陣織業界だけではなく、酒蔵や焼き物など、それぞれの業界に職人ことばがあることから、それらは一般家庭では口にすることもない専門道具や専門知識に関する言葉に特徴があるのだろうと想像できます。その証拠に、機械化・デジタル化が進み、職人ことばは消えようとしています。
![](https://assets.st-note.com/img/1724940929680-Dg09vFvxBp.png)
中京ことば
中京ことばは、上の図の紫色の部分である室町周辺で使われる言葉です。「室町」は言うまでもなく、室町幕府にゆかりの室町通りを中心とする、西陣などで作られる着物を商う呉服商が集まっていた商いの町です。中でも現在の三越伊勢丹の前身である「三越」が本店を置いたことが、現在の室町の繁栄に繋がっていると言っても過言ではありません。
![](https://assets.st-note.com/img/1725032508715-iHCtqrFwdn.png?width=1200)
三井越後屋
現在、NHKで放送中の大河ドラマ『光る君へ』に登場する、柄本佑さん演じる藤原道長が三越のご先祖様です。もっとも、史実としての確証はありません。あくまでも言い伝えです。
藤原道長の子孫は京を離れて武士となり、「三井」と名乗ります。三井氏は近江で六角氏の家臣となりますが、六角氏は観音寺城の戦いで織田信長に敗れ、三井氏は伊勢の松坂に逃れます。
松坂で武士を捨てて商人となった三井氏の末裔「三井高利」は苦労の末、1673年、52歳にして江戸本町一丁目に呉服商「三井越後屋」を、京の室町通蛸薬師東側北寄りに西陣織を仕入れて江戸に送る、現在の三井財閥の始祖の店「三井越後屋本店」を開業しました。
三井越後屋は順調に繁盛し、両替商も開業します。1691年には大坂高麗橋一丁目に呉服店と両替店を開店し、「三井越後屋」は親しみを込めて「三越」と呼ばれるようになります。三越の隆盛で客が集まるようになった京・室町には続々と呉服商が開業し、室町界隈は京の商業の中心地となります。そして、室町界隈で話されたのが商人達が使う「中京ことば」です。この中京ことばが後に大坂の船場ことばの元になります。
![](https://assets.st-note.com/img/1724993042670-NPnJrstZ5v.png?width=1200)
京の花街
京都には祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の五つの花街があり、これを総称して五花街と呼んでいます。※島原を花街として数える説もありますが、島原は昭和後期に京都花街組合連合会を脱会し、芸子が存在しないため、現在の「京都の五花街」には含まれません。
![](https://assets.st-note.com/img/1725030888048-LN6GCTDHsa.png)
芸者
宴会で芸を披露するのが芸者です。この芸者とは「芸が達者」であるので芸者と呼ばれました。これは武芸が達者な「武芸者」と同じ理屈です。
その成り立ちから、芸者は男性の仕事でした。しかし、十八世紀ごろから、主に上方で宴席に禿のような若い女性をはべらせるようになります。この新しく登場した女性たちを「芸者」と区別するために「芸子」と呼ぶようになります。
しかし、江戸では「芸子」とは呼ばず「女芸者」と呼びました。いつしか男性の「芸者」は絶滅し、「女芸者」の「女」は不要になり、「芸者」といえば女性が当たり前となりました。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031218827-nsMNzUMMvY.png)
芸子と芸妓
京・大阪では「芸者」ではなく「芸子」又は「芸妓」と呼びます。「芸子」と「芸妓」は同じ意味だというお方もおられますが、筆者は歴史的に前述のような経緯があるので「芸子」が正しいと考えます。ただ、芸妓の「妓」は「わざおぎ」のことなので、「芸妓」も間違いではありません。
「わざおぎ」とは手振りや足踏みで面白おかしい技をして、歌い舞い楽しませることを意味し、それと同時に神を招く技をなす者を指します。
これはすなわち、天岩戸に隠れたアマテラスに出てきてもらうために、上半身裸で踊り、八百万の神々を沸かせたアメノウズメのことを指すと筆者は考えます。このことから「芸妓」は踊りなどの芸を披露し、楽しませる者という意味だろうと思います。余談ですが、京・大阪では芸妓と言いますが、福島県などでは芸妓と呼んでいます。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031486419-DIoT883Onv.jpg?width=1200)
花街ことば
花街ことばは、文字通り花街の関係者が使う言葉です。今では花街ことば=京ことばのように認識されていますが、「花街ことば」は特殊な京ことばの一種です。ただ、花街の関係者が守り通してきた言葉なので、他の京ことばよりも生き残っています。そのことから耳にする機会が多いので花街ことば=京ことばという誤解が生じたようです。
例えば、一般的に京ことばの特徴であると言われる、『「お宅のお嬢さん、ピアノがお上手どすなぁ」というのは「ピアノがうるさい」という意味だ』というような、本音を隠した遠回しな言い方は、元来は客を不快にさせないための「花街ことば」の言い回しでした。なにより「どす」は花街ことばの特徴です。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031617440-5YilQ01PHx.png)
洛外の農家ことば
昔から、いや、昔の方がひどかったのですが、洛中の人達が洛外の人達をさげすむ様は、大阪人からすれば気の毒なほどでした。洛外とは洛中以外、具体的には大原や山科、嵯峨、嵐山などを指します。
洛中の人に言わせれば、洛外の人は訛っていたそうです。それが「農家ことば」なのですが、現在ではほぼ農家ことばは絶滅したと思われます。現在は洛中も洛外もビジネス京ことばを巧みに操っておられます。そういった意味で、おそらく本当は無くなってはいないのでしょうが、洛中による洛外への迫害は表向きは見えないようになってきています。その分と言いますか、京都市民の宇治や長岡京に対する「あんなもん京都やないやろ」的な潜在意識の方が気になります。
![](https://assets.st-note.com/img/1725031692749-i6g0kCZWq0.png)
大阪もんが京のことをあれこれ言うのは申し訳ないので、今回はこれぐらいにしておきます。書いているうちに、いつかは京都と大阪の対立についても書かなあかんねやろかと思うと、きずつのうなってきました。
![](https://assets.st-note.com/img/1725032784377-9UPWrFYDLF.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1725032807117-coGELitxWz.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1725032817112-wW6JTI4AIx.png?width=1200)
勝手にご飯映画祭②は、「I am Sam」を妄想します。劇中に登場するパンケーキの秘密とは?!
▶なぜIHOP(アイホップ)のパンケーキ?
▶なぜBig Boy(ビッグボーイ)ではだめなのか?
▶障がい者は親にはなれないのか?
![](https://assets.st-note.com/img/1725032784377-9UPWrFYDLF.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1725058357070-Oi1xZTJuzk.png?width=1200)