職務中にノンアルコールビールを飲まず 『食のことわざ③』
各地で大雨が続いているようです。降らなくても困りますが、被害が出るような梅雨も嫌ですね。
今週は時代遅れのことわざを現代風に妄想する「食のことわざ」の三回目です。
家柄より芋茎
色んな意味で最近はあまり聞かなくなったことわざです。
「家柄」とは先祖から受け継いだ家の格式です。現代では死語と言ってもいいと思いますが、上流社交界では暗黙の了解になっています。
芋茎とは文字通り芋の茎なのですが、食品の場合は芋茎と書いて「ずいき」と読みます。芋茎は里芋やハスイモの茎を干したもので、もどして煮物や酢の物にします。
このことわざは「家柄では食えない、芋茎の方が腹の足しになるだけマシ」という意味ですが、元々は「家柄より人柄」ということわざのパロディーでした。元のことわざは「肝心なのは家柄よりも人柄だ」という、しごく真っ当な意味なのですが、そう言うことわざができるということは、逆に家柄が第一だったということです。正に前時代的価値観です。もっとも、現代でも名家と言われる一族は存在し、「家柄がつり合わないから結婚できない」なんてことも無いとは言えません。
昔から、洋の東西を問わず、境遇や家柄の差を乗り越える恋愛物語は人気があります。童話の王子様とお姫様の物語の多くは玉の輿の物語です。現代では「マイフェアレディー」や「プリティーウーマン」ですね。家柄・境遇の違いで悲劇に終わる恋愛物語は「ウエストサイドストーリー」やそのモデルとなった「ロミオとジュリエット」ですし、「ローマの休日」は、正に家柄が違う大人の恋でした。
ことほどさように、大昔から家柄・境遇は恋の障害だったので「家柄より人柄」というなぐさめが必要だったのです。
ところが戦中・戦後、多くの名家が没落しました。さらに、食料不足で人々は日常的に飢えていました。当然、食べることが最優先です。家柄はもちろん、「人柄で腹は満たされない!」そんな時代になりした。
そこで急浮上したのがパロディーである「家柄より芋茎」です。戦後、名家でもお金持ちとは限らないし、人柄が良くてもお金が無い人が世の中に溢れていました。それならば食べられるだけ芋茎の方がましだということです。みごとにオチが付いた! と思われました。しかし時代は進み、さらに社会は変化します。
家柄よりヒョウ柄
現在は豊かな社会になり、食品の廃棄が問題視される時代です。食料は有り余り、なんでも食べることができるので、芋茎を食べることはめっきり少なくなりました。芋茎を知っている高齢者はスーパーの惣菜や宅配弁当を利用することが多くなり、若い世代は見たこともない芋茎のような食材は使いません。乾燥した形態の芋茎を見て食品だと思わない人もいるほどです。そうなると、「家柄より芋茎」は慰めにもならず、オチにもならず、「なにそれ?」状態です。それならばいっそ「家柄よりヒョウ柄」にしませんか? もはや意味がよく分かりませんが、なんだか明るく、楽しく、強そうで、親しみが持てます!
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず
瓜畑で靴を履き直すと瓜を盗むと疑われる。また、すももの木の下で冠を被り直すとすももを盗むと疑われる。ということわざです。
これもご多分に漏れず時代遅れのことわざです。現代の都市部では、瓜畑もすももの木も見ることはありません。では「疑われるようなことはするな」という現代的な戒めはなんでしょうか?
「職務中にノンアルコールビールを飲まず」でどうでしょうか。筆者の先輩が実際にやらかしたのですが、昼食時にノンアルコールビールを飲んでいるところを上司に見つかり、きつく叱責されました。先輩はノンアルであることを必死に訴えていましたが、「紛らわしいことをするな!」と一喝されました。当たり前の話なのですが、よく考えるとこれはコンビニでノンアルコールビールを買うときに年齢確認を求められるのと同じ理不尽な話でもあります。だからと言って、「ノンアルだから年齢確認は必要ないだろう!」と抗議するよりも黙って画面をタッチした方が早いですよね。大声あげるのも大人げないし。
その先輩は、ウイスキーをノンアルコールビールで割るのがお気に入りでした。先輩によると「こうすればノンアルコールビールの唯一の欠点である、ノンアルコールであることが解消される!」のだそうです。普通のビールを飲めよ! とは言わず、「名案ですねー!」と言っておきました。
今週も最後までお読みいただきありがとうございました。
ちなみに、筆者の好きなことわざは、「二兎を追う者は超ウサギ好き」です。
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