【連載小説】峠の向こう側 7
峠上の決戦
奥州中央部の栗駒山にも秋が訪れて、山の木々は赤く色づき、それは山頂から始まり、徐々に山裾に下りてきた。ここ忍びの村にも秋の気配は音もなく近づき、周りは、赤や黄色の木の葉に覆われ始めた。
この日、忍びの頭、権六の住居に客があった。藤高の父、創見が半年ぶりに訪れたのだ。
「その節は、せがれがだいぶお世話になった。おかげで、ずいぶん大人になりました」
「いやいや。こちらこそ。皆も刺激になって忍びの技が進んだようだ。いなくなって寂しい限りだ。この度はお土産までいただいて恐縮の至りだ」
「ほんのわずかで申し訳ないが、どうぞお納め願いたい」
「いや。恐縮に存ずるが、有難く頂だい仕る」
権六が丁重に頭を下げた。そこにお茶をもって、権六の女房、華乃が現れた。
「ようこそおいでいただきました。藤高様はお元気ですか」
「お陰様で、道場に通って、剣術の腕を磨いてますがね」
「おやまあ。もっと磨くのですか。どこにも敵うものがいなくなりますねえ」
華乃は驚いたように目を真ん丸にし
「ごゆっくりしてください」といい、下がっていった。
「ところで、城下でちょっとした騒ぎがあるんだが、聞いていますか」
創見が権六の顔を見て、やんわりと探りに入った。
「うむ。不穏な動きがあるようだね。藤高どんも襲われたとか」
「それそれ。さすがに耳が早い。そのあとも大店の娘の誘拐が二件あった。さらには店先でのゆすりとか蔵の千両箱が盗まれたり、とんでもないことが立て続けに起きている。それにタヌキ面の侍が現れたり、とにかく混とんとしているのだ。どんな仔細なのか」
「おやおや、恐ろし気な世情ですね。だが、わしら風情には皆目、分からないね。藩からは、何の音沙汰もないですよ」
「そうですか。いや。せがれが襲われたり心配になったものだから」
言い訳と思われそうだが、さすがに創見も用心深く煙幕を張った。
「ふーむ。これは、我らとは何の関係もござらぬ。だが一つだけ言っておく。というよりは、権六からでなく、うわさで聞いた話にしてほしいのだが、だいぶ昔に我らの村から出ていった者どもがどこかにいるという話さ」「分派がいるのですか。それは知らなかった」
「あと気になることは、どうも江戸の隠密が入り込んでいるようだ」
「江戸ですか?」
「そうよ。幕府、幕府の隠密だよ。何を探っているのかは分からないけどね」
それ以上の話は、権六からは出なかったが、推測すれば、火のないところに煙は立たずで、藤高が言った黒装束の話も頭に浮かび、何かがありそうだと創見は益々疑念を深くした。
「只今、戻りました」
家の入口から声が聞こえ、柴乃と弟の宗介が山でキノコを一杯採って帰ってきた。
「おやおや、たくさん採れたねえ。疲れたろうね。すぐお昼にするから」
母の華乃がねぎらいの声をかけている。
「それでね。藤高様のとう様が来てますよ」
「ほんとう?」
柴乃の声が聞こえたと思ったら、ばたばたと足音が聞こえ、居間に駆け込んできた。弟の宗助も姉に負けまいと素早く飛び込んできた。
「こらこら。何の騒ぎか。まずは挨拶からだ」
権六があきれたように二人を見てたしなめた。
「こんにちは」
柴乃が挨拶すると
「こんにちは。この間はどうも」と宗介がちょこんと頭を下げた。
「はい。こんにちは。元気で何よりだ。宗ぼうが突然うちに現れびっくりしたが、みんな喜んでいるよ。また来てねと伝えるよう言われてきた」
創見がニコニコ笑いを浮かべながら二人に挨拶を返した。
「われも楽しかった。またいつか行きたいな―」
宗介が仙台での体験を思い出し遠い目をして笑顔になった。
「ねえ、ねえ。おじさん。藤にいにけがはなかったの?」
宗介の話が終わると、柴乃が彼女にとって、いま最も心配なことを創見に真剣なまなざしで訊いた。
「うん。何ともなかった。ここで修業した剣術が役立ったようだ」
「あー、よかったわ。大丈夫と思っていたけど、安心したわ」
「あにーは強いから負けないよ」
柴乃が安どの声をあげると、宗介が力を込めて断言し、右手で手刀を切った。
「これは、藤高から柴乃ちゃんに渡してほしいと頼まれ持参した。先ごろ宗ぼうが柴乃ちゃんにたのまれて持ってきた押し花へのお返しだって。よろしくといってたよ」
創見がそう前置きをして、懐から小さな布袋を取り出し、柴乃に手渡した。
「何かしら」
柴乃は不審な顔をして、創見から布袋を受け取り、その場ですぐに開けてみた。
「あっ。かんざしよ。白百合の絵柄がある」
野辺の白百合を藤高からもらったときの情景を思い浮かべ、柴乃の頬が紅く染まり、その顔がかんざしを見てぱっと輝いた。
「どれどれ。あら。きれいねえ。髪にさしてあげるわ」
母の華乃が手に取り、柴乃の頭につけてあげた。かんざしをつけた柴乃が笑い、その顔が、にわかに女っぽくなり、蠱惑の雰囲気が漂った。
「おお。可愛いね」とまぶしそうな目で創見が褒めれば
「何の。馬子にも衣裳というが、正にそれだね」と本当は嬉しかったのに権六が謙遜した。
「お姉は良いな。おいらには何もない」
そばで見ていた弟の宗助がうらやまし気に口を尖らした。
「宗介。控えなさい。お客人を前にして、はしたない」
母の華乃が、創見に気を使い、息子の無遠慮をとっさに注意した。
「何の。何の。宗ぼうには今度来るとき持ってくるとしよう」
当てのない話ではあるが、創見はそう言って、宗介の気持ちを受け止めてなだめた。
「本当?嬉しいな」
宗助は、創見の慰みを聞いて、顔がにこやかに和らぎ、機嫌が直った。
いろりには、野菜の鍋物がふつふつと湯気を上げ、いい匂いが立ち込めている。創見は、イワナの焼き魚をおかずに美味しい鍋物を満喫し、お昼をご馳走になった後、マツタケなどのキノコを土産にもらい、忍びの村を後にした。
その日から一日置いて家に帰ってきた創見は、どかりと奥の間にあぐらをかいて思案した。忍者の一部が動いているとなると、これは容易ならぬ事態といえる。だが、どの辺が黒幕なのかが判然としない。現下の藩の情勢を見れば、四代藩主綱村公による神社、寺社の造営過多などの浪費により財政が破綻している。藩内に不満が充満しているのは誰もが承知だ。大きな事態にならなければよいがと創見は念じた。
夕飯の時間になった。いつものように創見は酒を口にしたが、この日は、心労が溜まったのかあまりうまいとは感じなかった。
「藤高。忍びの村では、柴乃が元気にしていたから安心せい」
「そうでしたか。それは何よりです」
内心嬉しかったのだが、藤高はそれを聞いて、そっけない返事をして飯を噛んだ。
「それにな。かんざしを渡したら大そう喜んでいたよ。髪につけたら、急に大人びて見えてな、それは、それはきれいにみえた。藤にいによろしくと何度も言われてきたわ」
「きれいでしたか」
その時の状況を創見がさらに付け足して言うと、藤高は、にんまりと喜びを顔に表した。
「それはそうと。このたびの件では、忍びの村の関与はないみたいだが、どうも昔に分かれた連中の暗躍があるように見受けられた。心するように」「昔ですか。厄介なことですね」
「これは他言無用にするように」
いつものごとく創見は藤高の口を封じた。
「父上。少し伺ってよろしいですか」
「うむ。何かな、申してみよ」
「はい前にも訊いたことがある疑問です。父上の役目は財政だと思いますが、どうして政争の類に関心を持とうとするのですか」
藤高の問にどう答えたらいいものかと考え、創見はしばし黙った。
「それはな、前にも答えたような気がするが、主家がつぶれたら、家臣は路頭に迷い困窮するからじゃ。名はあげぬが、これまで至る所でその例が起きている。家臣の悲惨は目を覆いたくなる惨状だ」
「そうでしたか。何も知らずに申し訳ありません」
「分かればよいのじゃ。綱村公が幼くして藩主になった時も、重臣の権力争いが起き、屋台骨が揺らいだことがある。ゆめゆめ油断は出来ぬのだ」
創見は、さらに付け加えてダメを押した。
「はい。肝に銘じて心得ました」
藤高にとっては、初めて聞く話で、自分の不明を恥じたが、それにしてもなぜそんなに父が今回の出来事にこだわるのか、なお解せぬ思いは容易に消えなかった。
色々な思いが頭に浮かび、藤高は、なかなか寝付かれなかったが、いつの間にか眠ったと見え、何か夢を見ているような気がして、その中で人の声を聞いたように感じ目が覚めた。秋も深まり、虫の声も弱弱しく何となく寂し気に夜気を震わした。すると、その虫の音に人の声が混ざって聞こえたのだ。
「急を要する知らせ故、禁を破り、直々お宅にまかりこしました」
「よほどのことであろう。何か。申してみよ」
二人とも声を出している訳ではない。だが聞こえるのだ。これは、忍者の話術で声を出さずに互いに話ができる。藤高も忍者村で身に付けたもので、自然に聞こえていた。
「仙台城の若君、吉村様が明後日に実家の宮床に里帰りするが、一行を道中で襲う企てがあるやに聞き及びもうした」
「さようか。これはどうしたものか。まずは推移を見て成るに任せるしかあるまい。ご苦労」
それきりで、後は秋の虫の音が延々と暗闇の中で絶えることなく続いた。
藤高の胸に答えの分からない疑念が渦巻いた。なぜ父は、このように重大な情報を集めるのか、そして緊急事態を知ってもなぜ傍観するのか、言いようのない不審の念が頭をもたげていた。伊達の家臣でありながら一歩退いているようにも見え、下部にいるから働きようもないのか、それにしても余計なことに首を突っ込むとはと堂々巡りを繰り返して、そのあとはほとんど眠れもしないで朝を迎えた。
寝床から起きて、居間に出て挨拶を交わしても創見は素知らぬ顔でいつものように飯を食い登城していった。あの話を藤高に聞かれたとは露ほども疑っている感じはしなかった。分かっていて黙っているのか、本当に気付かないのか、それすら霧の中で、藤高の心は休まらなかった。
「母上。父上は何か言ってなかったですか」
思い余って、藤高は母の玲に探りを入れてみた。
「何ですか。いつもの通りで、変わりはないですよ」
母ののんびりした答えに、あれは夢だったのかと藤高は思ったりもし、疑念から一時的にせよ離れようとした。そのそばで弟の宏大と妹の千鶴が無邪気に戯れあっていた。
その日の夕方、藤高と彦治そして助蔵の三人は、剣術の稽古の後、宮町の飯屋によって夕飯を食べていた。
「お多恵ちゃん。頭のかんざし素敵だね。誰の贈り物?」
「誰でもないわ。おっかあが買ってくれたのよ」
彦治の問いにお多恵が頭に手をやりながら答えた、
「ふーん。信じられない。お多恵さんほどきれいなら、贈り物がいっぱいじゃないですか」
珍しく、助蔵が軽口をたたいて、お多恵の機微に触れた。
「そんなに言うんなら、助蔵さん、買ってください」
冗談なのか本気なのか、お多恵はそう言って、けらけら笑い、店の奥に引っ込んだ。
それを見ていて、藤高は忍者村の柴乃を思い出し,先ごろ贈った白百合のかんざしをつけた姿が頭に浮かんだ。同時に、山の原野で野辺の白百合を頭にかざした柴乃のあの時の笑顔が重なり、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。
「ん。このさんまは焼き加減がちょうどで、家で食べるよりかずっとうまいわ」
藤高が、甘い感傷を振り払うかのように言って、むしゃむしゃ骨ごとかじった。
「骨もかじっている」
助蔵が驚いたように藤高を見て笑った。
「ところで、この間、三人が襲われたけど、目的は何だったのだろうか」
彦治が、かみ砕いた飯を飲み込んで、二人の顔を見た。
「そうさね。個人的なものかそうでないか、そこが要だと思う。個人的なものとすれば、どうだろう、それぞれ思い当たる節があるかどうかだけど、助蔵はどうなの?」
藤高は父の挙動を思い浮かべながらも、助蔵に矛先を転じた。
「私にはない。私が襲われたとはとても思えない」
「ふーん、そうなの。それじゃ、彦治はどう?」
「俺は、偉くもない町奉行の配下の子供で、しかも三男と来ている何もないね。藤高こそどうなの?」
逆に問いかけられて、藤高は答えに窮した。自分のせいではないにしても、父の秘密めいた言動を思えば心配になってくるが、これはうかつには言えないことだと藤高は思った。
「吾にも思い当たらないな。これは我ら個人の問題でなく、もっと広範な上部に関わるものでないだろうか」
父の動きに疑惑は残るものの、それには覆いをかけ、藤高はそう断言した。それにしても、町奉行は何も掴んでいないのだろうか。彦治の話には、それらしき話の匂いさえ感じられない。己と同じように肝心の話は口止めされているのだろうかと藤高はふと思った。
「だけど、あのキツネ面は何者なんだろうか。面なんかかむって。それにタヌキ面も出るし、タヌキとキツネの化かしあいみたいだな。はっはっは」
彦治がそんなダジャレを言って、面白そうに笑った。
「実際に世の中なんてそうゆうものだと思う。正に化かしあいだよ」
彦治の話を聞き、助蔵がしみじみとした調子で同調した。それを聞いて、藤高はなんか内心を見透かされたような気がして面映ゆさを感じた。
「そうだね。まあ、それはともかく、明日は道場は休みだというし、のんびりと書でも読みながら、これからのことを考えてみるか」
何となく居心地の悪さを感じ、藤高は、その場の終わりを念じ話題を変えようとした。
「そうだ。何でなのか分からないが、明日は休みだ。久しぶりに海にでも行ってみるか」
彦治が藤高の話に乗り、何ら実りのある話とはならず散会し、それぞれ帰路に就いた。
「助蔵様。かんざし忘れないでくださいね」
店から出てきて、お多恵が手を振った。
「かんざしだって。彦治どうしたらいい」
助蔵が動転して彦治に助けを求めた。
「知らないよ。お前がまいた種だろう」
笑いながら彦治は、わざと後ろを向いた。
「冷たいね。藤高、お願い」
「吾も、分からない。自分で決めてくださいよ」
藤高も知らんふりを決めて彦治と同じように後ろを向いた。すると覚悟を決めたのか、助蔵は、すたすたとお多恵の前に戻り、少し緊張気味に口を開いた。夕闇の薄暗がりの中、店の明かりで二人の影が二本、路上に伸びた。
「分かったよ、お多恵さん。そのうち何とか手に入れ、持ってくるから」「何とかなんて言わないで、必ずお願いね」
「はい。必ずと約束します」
これは奇妙なことになった。贈られるほうが強気になって、贈るほうが相手の意のままになってしまった。ところがそこまでいって、お多恵がけらけら笑い出した。
「いやだわー。助蔵様、真面目になって。嘘。嘘よー。そんなことはあり得ないわ。夢の話なの」
そういうなり、お多恵は、急に踵を返し店に駆け込んだ。藤高たち三人は唖然として、お多恵の消えた店を見守るばかりだった。店の入り口に写ったお多恵の影が揺れてくずれ落ちた。
翌日となった。この日は、朝から風もなく良く晴れた日で、空には薄い白色の雲が所々にまるで刷毛で塗りたくったように天高く浮かんでいた。あさの五つ半に出発した仙台城の若君、伊達吉村を乗せた籠は奥州街道を北上し、宮床の地に向かっていた。七人の供侍が周りを固め、油断なく目を配りながら歩を進めた。周りに広がる丘陵の雑木は赤く染まり、紅葉が地に下りてきて、秋の深まりが感じられ、空気は幾分ひんやりとして心地よかった。空高くトンビが飛び、大きく回りながら地上を睥睨していた。穏やかで何の不安も感じられないのどかな風景がどこまでも続いていた。
吉村の籠は何らの障りもなく順調に進み、七北田宿で昼飯を食べ、少し休んだ後、さらに北に向かった。七北田を出ると程なく奥州街道を離れ、西側への間道沿いに宮床を目指した。奥州街道とは違い、道幅も狭くなり、両側には立木が迫り、赤や黄の木の葉が美しく風に揺れていた。周りには、無数の赤とんぼが、紅葉の色に同化して、鳥の目を欺き飛び交っていた。左側前方には、七ツ森という七つの小山が紅く彩られ、極彩色のじゅうたんが敷き詰められたようで、豪奢な景観を見せていた。
多少上り坂となっていて、やがててっぺんというところで、左右の林の中から突然走り出た五人の男がいた。二人はキツネ面をつけている。
「その籠の御仁に用がある。他のものは籠を置いてどこへなりと失せろ」
キツネ面の男が恐ろしい声ですごんだ。
「そうはいかぬよ。人の道をふさいで無礼な。そこをどけ」
供侍の一人が言い返した。その時籠の後ろ側の道に、黒ずくめの忍びのもの十数名がどっと林の中から出てきて、籠の退路を断った。供侍の二人が後ろに回り、防御の体制をとった。
「もう逃げられぬよ。そこをどけ」
キツネ面がずいと前に出た時、籠の横に林の中からごそごそ出てきた男がいる。秋の陽光の下、タヌキ面が光った。
「無益な殺生はやめよ。忍びの衆よ。お主たちの頭はこんなことは望んでおらぬぞ」
タヌキ面の侍が、忍びの者たちに顔を向け穏やかに語りかけた。これを聞いて忍びの者たちがたじろぎ一歩引いた。そのうちの一人が籠越しにキツネ面の親玉を問い詰めた。
「伝六。頭は知らぬとのことだが、本当なのか」
「ごまかされるな。これは頭の指示よ。政がでたらめだから民が苦しむ。それをただすのだ」
キツネ面が暴挙を正当化して強弁した。それを聞いて、忍びの者たちがお互いにひそひそと思いを確認しあった。
その時、籠が開き無骨な体格の男が出てきて立ち上がった。
「そこもとたち、わしを錬成館の師範代、牧園源之進と知って襲うつもりなのか。それは無謀というものだ。ハハハ」
源之進が笑って、キツネ面のほうに一歩踏み出すと、五人のくせ者は驚いて一歩下がった。
「見たとおりだ。忍びの衆よ。今引けばお咎めなしだよ。決断のしどころだ。ただし、頭には委細を知らせてはおくが」
タヌキ面の説得を聞くと、事態の推移も話が違うし、忍びの衆はあっという間に消えてしまった。
「とはいえ、そちらの五人はそうはいくまい。錬成館の門弟も襲ったようだし覚悟するがよい」
タヌキ面がキツネ面たちに向かって、刀を構えすいすいと進んだ。
「引け―」
キツネ面の親玉が声をかけ、逃げようとしたが、すでに七人の供侍に取り囲まれていた。
「うぬー。しゃらくさい」
親玉は、そう叫ぶと、しゃにむに刀を振り、供侍の包囲を突破し、無謀にもタヌキ面の侍にまともに突っ込んできた。タヌキ面はそれを軽くかわし、泳ぐキツネ面の横腹を強打した。
キツネ面は「うっ」とうめき声をあげ、勢いよく横に転がった。
もう一人のキツネ面は、師範代の源之進に左肩を打たれ、地面に倒れた。この時、宮床のほうから捕り方の一群が駆け付け、その外の三人も逃げるすべもなく全員が捕縛された。
タヌキ面はとみれば、口笛で呼び寄せた白馬に乗って、南のほうに走り去り、すでに影も形も見えなくなっていた。夕日が西に傾き、夕焼けの空が真っ赤に広がり、宮床の美しい景色が明日からの安寧を約束しているかのようだった。七ツ森の紅葉の七山がそれを保証するかのようにいつものごとくそこにあった。