残影の1 今から六十年余り前に、橙太は、山形県庄内地方のある村に家族六人と暮らしていた。あまりにも遠い昔のことで記憶も曖昧なところ…
見えない道程 退院してからしばらくの間は、澄子は、ベットに寝たきりの状態で、夜中も橙太と息子の雅之がベットの近くに寝て様子を見守った。…
ラストチャレンジ 人には誰にも、大小の違いはあるものの、心にぽっかり空洞が開いているように思えてならない。その空洞には、軽重があり人によ…
救いの神 雨の季節が過ぎて、本格的な夏が来た。朝から灼熱の太陽が照りつけ、昼過ぎには真上に来て、四方に熱気を放射する。遠い西の空には…
おあしは回る 初夏のさわやかなそよ風が吹き付け、屋敷森の淡い緑色の若葉がカサコソと微風に揺れている。仙台城下の北側にある村の肝煎(名主…
酒樽は笑う 梅雨時になって、毎日、しとしとと雨が降り続き妙に暑苦しくうっとうしい。時には激しく降ることもあり、仙台城下を流れる広瀬川は…
創作大賞に応募しようと思って、ミステリーと思しき短編の七作目を書き終えました。この辺で区切りをつけようと私なりに評価反省をしてみました。大まかに分類すると、学…
第7話 にんぎょの海 あらすじ 仙台にある私立高校の二年生が沖縄に修学旅行に出かけた。初日にひめゆりの塔を見学したが、翌朝早く一人の女子生徒が宿から失…
第6話 先生たち江戸を走る —三毛猫の慕情— あらすじ 仙台の私立高校二年の男子生徒が、逃げる三毛の飼い猫を追うと、猫は稲荷神社の境内で消え、生徒も消えて…
第5話 本当は私がゆりえ あらすじ 仙台の私立高校で、女子生徒が公園に置き忘れのブローチを持ち帰り交番に届けるが、その日からブローチの…
第4話 ボールのゆくえ あらすじ 仙台の私立高校で、野球部の部員同士の練習試合中に死球事故が発生した。控え組の投手がバッターに立ったエースの投手に…
小説の神様と言われた明治生まれの作家、志賀直哉が大正元年に発表した短編です。話の筋はシンプルで、小学生の清兵衛が勉強そっちのけで瓢箪づくりに現を抜かす物語です…
第1話 家族のきおく あらすじ 仙台の私立高校で、図書室の置物が壊された。男子生徒一人と女子生徒二人 が壊したと名乗り出た。指導教員と担任が三人から事情…
仕事にはマネージメントサイクルというものがありまして、いわゆるplan- do-seeですが、そのseeを自作投稿作品にやってみようかと思いました。評判を気にして書くんでは…
ご存知の方もいると思いますが、太平洋戦争前の昭和の初めころにアメリカから日米親善を目的として万単位の「青い目の人形」が贈られてきました。これに対して日本も答礼…
江戸深川にある古びた長屋にも朝が来た。早春の朝日の光が南向きの部屋の格子戸の隙間から差し込んでくる。格子戸をわずかに開けて、前庭を覗くと、太陽の光線が射し込み…
原ふたお
2024年9月20日 13:27
残影の1 今から六十年余り前に、橙太は、山形県庄内地方のある村に家族六人と暮らしていた。あまりにも遠い昔のことで記憶も曖昧なところがあるが、家族の構成は、両親と姉と妹、それに弟二人の七人だった。当時は、どの家庭でも子沢山で大家族が一般的となっていた。 この地方は、日本有数の米の生産地で、どの農家も田んぼで働く多くの人手を必要としていた。農作業は、人力に頼るところが
2024年9月16日 18:25
見えない道程 退院してからしばらくの間は、澄子は、ベットに寝たきりの状態で、夜中も橙太と息子の雅之がベットの近くに寝て様子を見守った。家で暮らすようになって二日三日は、澄子も家に戻った安心感からか穏やかな状態だったが、そのあとは次第に自我をあからさまに表すようになっていった。 病院の先生からは、認知の状態が幾分低下していると言われていたが、確かに、今日は何日で曜日はと
2024年9月13日 13:56
ラストチャレンジ 人には誰にも、大小の違いはあるものの、心にぽっかり空洞が開いているように思えてならない。その空洞には、軽重があり人によって色々だが、広くても軽かったり、狭くとも重かったりする。空洞ができた原因はというと、数え上げればきりがないのだが、卑近な例でいえば、大学受験に落ちて志望校は諦めたとか、希望のところに就職できなかったとか、詐欺にあって親子代々の財産を無く
2024年9月7日 09:48
救いの神 雨の季節が過ぎて、本格的な夏が来た。朝から灼熱の太陽が照りつけ、昼過ぎには真上に来て、四方に熱気を放射する。遠い西の空には入道雲が湧き立ち始めたが、雨になるかは分からない。街中を縦横に結ぶ道路は乾ききって、時折吹き渡る風に砂ぼこりが舞う。 ここ仙台城下の米問屋まんぷくの主、佐平治は昼飯の後、奥の居室に横になり、団扇でじっとりと汗のにじみ出る顔を煽いでいた
2024年8月30日 19:48
おあしは回る 初夏のさわやかなそよ風が吹き付け、屋敷森の淡い緑色の若葉がカサコソと微風に揺れている。仙台城下の北側にある村の肝煎(名主)、太次郎の館でも田植えが終わり、ほっとした空気が漂っていた。空は青く、所々に白い雲がたなびき、周りの田んぼには、一面に水が張られ、植えたばかりの稲の苗が整然とどこまでも続いていた。 この日の昼過ぎ、肝煎館の奥の間で、娘、お鈴が着る結
2024年8月11日 15:56
酒樽は笑う 梅雨時になって、毎日、しとしとと雨が降り続き妙に暑苦しくうっとうしい。時には激しく降ることもあり、仙台城下を流れる広瀬川は、いつもよりは水かさが増し濁っていた。今日は梅雨の晴れ間で、時々日も差し、どこの家の庭先にも洗濯物が干され風に揺れていた。時は江戸時代、五代将軍綱吉の治世で、仙台は四代藩主綱村が治めていた。 この日の朝早く、仙台の酒問屋さえもんの手代
2024年7月13日 07:40
創作大賞に応募しようと思って、ミステリーと思しき短編の七作目を書き終えました。この辺で区切りをつけようと私なりに評価反省をしてみました。大まかに分類すると、学園の美術品の亡失、損壊事件が『家族のきおく』と『消えた名画』の二作で、生徒の所有物に絡むものが『秘密のペンダント』と『私が本当のゆりえ』の二作です。後の三作は生徒の行為にかかわるもので『ボールのゆくえ』と『先生たち江戸を走る』それに『にんぎ
2024年7月5日 19:18
第7話 にんぎょの海あらすじ仙台にある私立高校の二年生が沖縄に修学旅行に出かけた。初日にひめゆりの塔を見学したが、翌朝早く一人の女子生徒が宿から失踪した。家族にも連絡し、少ない手がかりから見当をつけ、指導教員と担任が生徒を探すため、人魚像のある東海岸の村に向かった。その挙句、明らかとなる女子生徒の境遇と悲哀。本文 沖縄の海は、群青の大空の下で、透明で淡い薄色のブルーが一面
2024年6月22日 09:57
第6話 先生たち江戸を走る —三毛猫の慕情—あらすじ仙台の私立高校二年の男子生徒が、逃げる三毛の飼い猫を追うと、猫は稲荷神社の境内で消え、生徒も消えて、江戸にスリップした。そこで大店の娘の誘拐事件に巻き込まれ、現世から高校の指導教員と担任の応援を求め、娘を救いだした。その中で昔と今をつなぐ生徒と娘の因縁が明らかとなる。本文 六月になって雨が降った。雨は降ったが涼しくならず、高
2024年6月15日 19:52
第5話 本当は私がゆりえ あらすじ仙台の私立高校で、女子生徒が公園に置き忘れのブローチを持ち帰り交番に届けるが、その日からブローチの悪夢に襲われる。指導教員と担任が、持主の他校生徒の母親から事情を聴くと、その生徒も悪夢に苦しみ、ブローチは女子生徒にあげるという。終にブローチに潜む奇妙な話が明らかになる。本文 月日の経つのは早いもので、今年も五月中旬になった。
2024年6月8日 15:10
第4話 ボールのゆくえあらすじ仙台の私立高校で、野球部の部員同士の練習試合中に死球事故が発生した。控え組の投手がバッターに立ったエースの投手に球を当てたのだ。わざととの噂もある中、調査を進めると、横暴なエースピッチャーへの部員たちの怨恨の情が明らかになっていく。本文 今年は九月になっても暑さがだらだらと続き、一向に秋風が吹いてこない。まるで季節を忘れたように太陽はギラギ
2024年6月2日 15:36
小説の神様と言われた明治生まれの作家、志賀直哉が大正元年に発表した短編です。話の筋はシンプルで、小学生の清兵衛が勉強そっちのけで瓢箪づくりに現を抜かす物語ですが、つくるといっても栽培ではなく、器をつくる話です。 それは中途半端な凝りようではなく、とにかく本物で、生の瓢箪の口を切り、中身を抜き、栓をつけ、磨き上げとすべてを一人でやり遂げてしまうのです。学校から帰ってきても、他の子供たちと遊びも
2024年5月10日 19:02
第1話 家族のきおくあらすじ仙台の私立高校で、図書室の置物が壊された。男子生徒一人と女子生徒二人が壊したと名乗り出た。指導教員と担任が三人から事情聴取したが誰が壊したか判じかねた。そんな中、置物は模造品との話が出て、美術の先生も加わっての本物探しとなり、十三年前の大津波で両親を波にさらわれた女子生徒とからむ悲話の真相が明らかになる。本文 四月になったと思ったら、もう十日が
2024年4月13日 16:06
仕事にはマネージメントサイクルというものがありまして、いわゆるplan-do-seeですが、そのseeを自作投稿作品にやってみようかと思いました。評判を気にして書くんでは良い作品はできないよと言われそうですが、学校の受験でも傾向と対策という参考書があるじゃないですか。ほんの遊び心ですが、今後の作品執筆に少しでも参考になればと思いました。 ちなみに私の投稿作品を大まかなジャンル別に並べてみ
2024年3月10日 09:25
ご存知の方もいると思いますが、太平洋戦争前の昭和の初めころにアメリカから日米親善を目的として万単位の「青い目の人形」が贈られてきました。これに対して日本も答礼人形を送ったという話があります。 残念なことに、青い目の人形は、戦争中に敵性人形として処分され、秘匿し残ったのは、四百にも満たない数だといわれています。 これらの史実を下地として、日米友好を念頭に書いたのがこの物語です。既刊行の『孫のお
2024年3月4日 20:13
江戸深川にある古びた長屋にも朝が来た。早春の朝日の光が南向きの部屋の格子戸の隙間から差し込んでくる。格子戸をわずかに開けて、前庭を覗くと、太陽の光線が射し込み、外の冷気が顔にかかった。 庭の井戸に誰もいないのを確かめ、数え十二歳の木坂信道は木桶をもって水をくむため外に出た。庭の南側にある井戸で釣瓶をもって水を引き上げようとしていると、隣の植木屋の女房、お律ががらりと引き戸を開け、顔を出した。