緑の密会
森の中で忘れられた鉄の箱。放課後は制服姿で忍び込み、休日は朝から入り浸る。
好きな御菓子を鞄に詰めて、水筒に紅茶を注ぐ校則違反。土日は御弁当まで持参。
雨が降った翌日は、辿り着くまでの間、黒のローファに泥が付いてしまうけれど。
学校指定の制服や、お気に入りの私服まで、意図せず頻繁に汚してしまうけれど。
些末な汚れや気づきなんて、どうでもいいや、と払えるくらいに、魅力的な場所。
尽きないお喋りをしながら、貴女と共に過ごす。隣り合って、頭を擦り合わせて。
白くて綺麗な貴女の手を握り、形の良い爪を褒めながら、滑らかに指を絡ませる。
魅惑的な黒髪の下、透き通るようなうなじに擦り寄って、柔らかな貴女の香りを。
くすぐったい、と笑いながら、それでも貴女は離れない。私の腰を抱いたままに。
視線を上げると、貴女は開いていた口を閉じるの。ゆっくりと、その先のために。
突発的に互いを捕まえる。しなやかな肢体と肌を、もう堪える必要はないのだと。
艶やかに、いじらしく、教わったでもないのに、反射する雫の流れを器用に追う。
本能に支配されているのだ。自然が近くに在るからだろうか? その割に近代的。
廃棄されたと思しき、いち車両。何故、列車がこんな所に? とは確かに思った。
いつから、どうして、あるのかを知らない。でも、そうした不思議は些末なこと。
私達は、これに、とても感謝をしている。私達だけの空間を許容してくれるから。
会うたびにキスをする。きつく抱き合って離さない。恋人だもの。当然でしょう?
愛する人は、自分の両腕の中にばかり留めたい。片時だって逃がしていたくない。
深緑の壁に守られながら、私の、私達の願いは叶えられる。きっと、神様の贈物。
そんな囲いの中で、この熱は秘匿されている。大事に、大事に、収めているのだ。
貴女への愛は巨大で不動。見せびらかしても良いくらいには堂々と鎮座している。
でも、熱はだめ。貴女への熱は、恥じらいで顔を覆いたくなるほど先行しちゃう。
此処でだけ、私達は声を我慢しない。笑い声も、喜びも、悦びも、我慢をしない。
若者らしく素直に、少女らしく無邪気な、素の自分を曝け出して、時間を過ごす。
これでこそ人生。これこそ自由。居たいがまま隣り合う末、独占の庭に溢れる幸。
大手を振って良かれの日が訪れたとして、それでも私達は人目を忍ぶ選択をする。
愛だけを交わす隠れた交際だって、相応に素晴らしい理由、負けない魅力がある。
貴女は、私だけを見てくれる。私だって、貴女から目を離さない。等価多積愛律。
公である必要などない。余所見などせず、互いのみあれば生きていけるのだから。
緑の薗で解き放たれて、如何様にも束縛などされず、笑っていよう、いつまでも。
【緑の密会】→【雪国の合間】→【余り詩】の順が私の意図する物語展開列順です。
綴った文章を読んでいただけることを嬉しく思います。またこの三作品を通して私の創作世界観を気に入っていただけたなら幸いです。
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