声
まるで街中の雑踏を横切るように、とめどなく流れる人々の中で偶然出会ったように、それでいて示し合わせたかのように少しだけ立ち止まって、微笑みながら視線を交わした。それは一瞬の出来事で、いつか読んだ小説の中にあった瞬間だった。
二人だけの世界、時が止まったように感じられるというのはこれか、といつか訪れることを願っていた時が、ようやく実感を伴って自分のもとにやってきた。
あの瞬間に感じた気持ちを出来るだけ正確に、そして適切に表現するのは難しい。だけど、間違いなく言葉がなくとも通じ合えているような、濃密で甘い時間だったと言えるし、瞳と瞳でキスをしていたようだったと言いたい。
甘い。甘すぎる。ふんわりと二人を包み込んでいた緩やかで淡い光を忘れることができない。
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