
オジサン、ショウカン(短編小説)
ひらづみ短編小説賞に落選しておりました。お題は『ぶつかりおじさん』で2,000文字以内。
勢いで書いたし、読みかえすと・・浅いな。まあ無理か。アイディアは好きだったんだけど。ここで供養させてクレメンス。
________________
僕は暗い自室で、六芒星のかかれた魔法陣を前に愕然としていた。
呪文を唱えた途端、円のなかに何者かが現れたからだ。まさか本当に悪魔が召喚できたのか。これで学校の奴らに復讐してもらえる! 小躍りするところだったが、どうも様子がおかしい。
まず出現者の尻から尻尾が生えていないし、ジーンズを履いている。青色の禍々しい体のはずが、血色の良い肌をしている。頭の両端に角があるところ、逆立った髪の毛があって、中央が禿げている。逆モヒカンというやつか。でっぷりとしたお腹を見たところ……おそらく、いや間違えなく中年のオジサンだった。
「なんだ、ここはっ。駅前だったはずが」
とオジサン自身もびっくり仰天だ。カーテンを閉めきった暗い僕の部屋に、目が慣れないのだろう。キョロキョロ見まわしている。
「俺は駅で、天誅の体当たりをしていたはずだぞ……」
僕は右手で顔をおおう。
──こりゃないよ。確かに生贄を捧げていない。魔法陣を鶏の血でかかずに、赤いチョークでかいた。悪魔を誘うお香も、百均で買ってきた安物だ。
でも、だからといって悪魔召喚をしたところ、ぶつかりオジサン、ショウカンとなるとは。
確かに中学二年の僕からしたら、ぶつかりオジサンも邪悪で怖い存在ではあるが。ではあるが、小物すぎだろっ! 魔力もないだろうし魔族ですらない。
「・・僕は悪魔を呼んだのに。普通のオジサンじゃないか」
「なんだ、お前。黒いフードのついたローブなんか着て。中二病ってやつか」
オジサンはこちらを見てふんっ、と鼻を鳴らす。僕は(暗くて見えないだろうが)顔を赤くしながらいう。
「寿命とかと引き換えに、学校の連中を呪ってもらおうと思っていたんです。オジサン、超能力がある訳じゃないですよね?」
「あるわけないだろ! 馬鹿馬鹿しい。付き合っている暇はないよ、とっとと帰らせてもらう」
オジサンは魔法陣から出ようとする。すると、見えない壁にぶつかったようによろけた。
「多分……取引を終了しないと出られないとおもいます。映画でも漫画でも取引しないで帰る話みたことないし」
オジサンは何度か脱出を試み、あきらめて魔法陣のなかであぐらをかいた。
「マジじゃねえか。仕方ねえなあ。超常現象で解決はできねえけど、お前の悩みの対策を考えてやるよ。ほれ話してみろ」
ふわあーと大きく欠伸をして両手を伸ばす。
*
僕はクラスで無視させている現状を、オジサンに切々と話した。
初めはグループのリーダーと馬が合わなかっただけなのに、だんだんと無視する輪が広がりはじめて。
意外にもオジサンは懇切丁寧に話を聞いてくれた。僕がどんな話をしてリーダーの逆鱗に触れたのか、無視する奴らにも本意じゃない人がいるんじゃないのか。
僕はだんだんと冷静に窮地を考えられた。
「お前も辛かったな。でも嫌がらせをしてくる相手には、向かっていかないと。呪術に頼っても根本的な解決にならないんじゃないか。無理に一人で戦う必要はないけどさ。そこは、ここを使って」
オジサンはこめかみをコツコツと叩く。
「親に相談するでもいい。教育庁に電子メールを送るなんて手もあるんじゃないか。これも何かの縁だ。俺が、甥っ子をひどい目にあわせやがって、って一緒に学校に怒鳴りこんでもいい。ようは避けるだけじゃなくて、時にはぶつかることも必要ってことだ」
僕の目をじっと見て解決案をかたる。
その熱い視線に僕は鼻の奥がつんとなる。泣きそうだ。「オジサン、ありがとう」と魔法陣のなかへ、冷蔵庫から持ってきたビール缶を差しだす。
オジサンは「これで取引終了だな」とつぶやき、円から足をだした。今度は見えない壁に弾かれることなく、外に出られていた。
僕は涙をハンカチでぬぐいながら、オジサンに尋ねた。
「オジサン、こんなに人に親切なのになんでぶつかりオジサンやっているの。やめなよ。あれだって逮捕されるほどの迷惑行為だろ」
オジサンは僕の部屋の扉に向かいながら言い訳をする。
「……十年前。飲み会の後、社長の色に誘われちまってな。断ったらあることないこと社長に吹き込まれちまってさ。そこからは左遷人生よ。望まない部署で辛いながらも働いていたんだ。でも、社長の恋人に似た顔を駅でみつけると体が動いちまって」
オジサンは部屋のドアノブに触れる。
「とはいえ、お前に偉そうなこと言っちまったからな。俺も、他人にあたるんじゃなくて、社長らにぶつかることにするよ。じゃあな」
暗い部屋に差しこむ廊下の灯り。
逆光になったオジサンの背中に僕は声を投げた。
「ありがとう! オジサンもお客相談室や、研修をする部署とか輝ける所があると思う。僕も頑張るから、オジサンも──」
オジサンはただ黙ってうなずき、前に進んでいった。
【 了 】