戦略的モラトリアム㉖
翌日、専門学校に行くと、僕は彼に筆舌に尽くしがたいほどの感謝の気持ちを伝えた。それが彼との最後の会話となることを無意識で予見していたかのように……。彼は専門学校を休みがちであったが、その日から完全に来なくなり、どうなったのか分からない。ただ、
「じゃあな。いい旅を祈る!お互いな(笑)。」
とメールで送ってきたのを最後に携帯電話を解約していた。僕はきっと海外に行ったのだと信じることにした。
きっとそうだ。
僕らはとても短い付き合いだったけど、とっても深く知り合ったんだ。それは家族ぐるみの付き合いがあるとか、いつでも遊ぶときは一緒であるとか、そんな安っぽいものじゃない繋がり……。僕らはただ周波数が同じだっただけ……。しかし、それが最も深い繋がりだったんだ。そして今、お互い違う道を歩みだしたんだと思う。自分の道をね。だから、僕は「どうして?」なんて言わない。それは僕がよく知ってるし、そうした彼の気持ちをよく理解しているから。彼は僕で、僕は彼だった。
深い、深い悲しみと空虚感に浸っている時間はなかった。というか、そこにじっとして痛くなかったんだ。ほんの一瞬の寂しさは特急列車が通過するかのごとく、一秒後には彼とは全く違う道を歩き出す誓いを自分自身に立てていた。いや、そんなきれいなものではないかもしれない。とにかく僕は次の住処を見つけに躍起になっていただけなんだ。決して将来の夢が定まったなんてことではない。でも僕の根っこの部分にはこれ以上ない栄養剤が注入されていた。闇雲に立ち止まっていた、いや、無為に走っていただけかもしれない、そんな自分の目の前に街灯が立ち並び、暗がりのあぜ道をぼんやり、本当にぼんやりだけど照らし始めたんだ。僕はそこにいるのが怖くなって、とにかく明るい方へ進むことにしたのさ。正当な根拠のない理由に突き動かされてね。いや、僕にとってこのとき、モラトリアム人間を続けるために歩き続けるということは唯一の大学進学における正当な理由になっていた。
受験を決めた僕は一一月の受験日に備えて、書類集めと自己推薦書を書いていた。これが結構厄介で、僕を苦しめたけど、何とか、取って繕った分をしたため、書類に同封した。
将来の幅が決まるっていうのに、今度は不思議と動揺はなかった。恐れや不安は彼が電話口で吹き飛ばしてれたからね。
秋の色をいっそう深めた都会の空は情緒的ではあったけど、僕には不釣合いで気味悪く映っていた。そのギャップがたまらなく楽しかったんだけど。
急に時間が早く流れ出した。ジャバジャバとうるさかったけど、変な圧迫感はなくなっていた。
周りはその流れの変化に気づくこともなく、静かにいつもと同じ時が、同じスピードで流れているように感じていたようだった。僕らを乗せて……。