震災クロニクル3/29(36)
山の狭間のうねった道を一時間かけて抜けると、林道に出る。両サイドの視野が一気に開ける。少し気分が晴れた。ふと、ぼんやりと光が見える。街灯ではない。以前に勤めていた建物が避難所になっていて、灯りがついているのだ。深夜で、辺りは静まり返っていて、コンビニすら営業していないこの地域で、不気味な明るさを放つその建物に自分は無意識に車を止めた。
「どうも」
恐る恐る入ると、昔の同僚が声をかけてくる。
「あら!ひさしぶり!どうしたの?大丈夫?」
笑顔の奥に戸惑いが見える。多くの絶望の後に味わう懐かしい気分にどう反応すべきか分からないといった表情だ。
「なんとか生きています。今、避難先の東京から帰ってきました」
複雑な表情で返した。
「避難先から帰ってきたの?ちょっと早くない?何かあったの?」
不思議な表情で僕を見る。
「いやぁ……色々考えたあげく、帰ろうって決めたんです」
無理に無理を重ねたイビツな笑顔で、取り繕ったように暈して答えるのが精一杯だった。
(最期を迎えるときは故郷でって決めたんです)
なんて言えるわけがない。
「まぁ、あがってよ」
自分は奥に通されると懐かしい人たちと暫しの歓談。
何日ぶりかの心からできる笑顔だった。
テレビから津波にのまれる街の映像が何度も流れる。
「本当の悲劇はこれだけじゃない 」
年配の元上司がゆっくりと口を開いた。
「本当の悲劇は……これからだよ。放射能の被害はすぐにはでないんだ。実際俺たちだってどれだけ浴びているか……病気になって出るのはもう少し後さ」
一瞬の静寂が辺りを包む。ゆっくりと蛍光灯の灯りがチカチカと繰り返す。まるで沈む一同を面白おかしくスナップショットで撮られているような卑猥さ。
「そろそろ、おいとましますね。会えて嬉しかったです。お互い頑張りましょうね」
とっさに自分の口から出た言葉だが、流石に吐き気をもよおした。
「頑張る」だって?これ以上何を頑張ればいい?何を望めばいい?明日することは?明後日は?今後の見通しなんて何一つたっていない。結局のところ、帰り道の山道でヘッドライトをたよりに雪を掻き分けて進むボロ軽自動車と同じなんだ、この地域は。
社内のラジオから嫌というほど流れる。
「心は誰にも見えないけれども、心づかいは見える」
「頑張ろうニッポン」
「ポポポポーン」
泣きながらオーディオを叩き続けた。
何度も何度も
何度も何度も
何度も何度も
なんどもなんども
ナンドモナンドモ
なんども……
ちくしょう。
もう頑張れない。頑張ることが何なのか分からない。僕の慟哭の向かう先がどこなのか。今は分からない。これがやがて怒りに変わり、怨念になり、禍根になる。結局そうなることは分かっていた。
どれ程の時間がかかるか分からない。けれどもこの感情が膨大に膨れ上がるマシュマロのように頭のなかを埋め尽くしていく。
頭がどうにかなりそうだ。割れるほど痛い。
これが本物の怒りなのか。いい大人が涙を流しながら、霞む道路を見ながら、また車を走らせた。
テクテクと。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》