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戦略的モラトリアム【大学生活編】⑳
夏のある日、ボクは国分寺にいた。この街は昔から大好きだ。都会ではなく、田舎でもない。夕暮れの並木道にLawsonと駅前のoioiがやたらに目につく。少し角を曲がると、隠れ家的なcafeやアンティークショップがある。空にたどり着く前に幾十もの電線が空に幾何学的な模様を描く。狭い道路に商店街、そして情緒溢れる並木道。このくらいの人混みがボクの心を落ち着ける。そして、雑踏の中に紛れながら人並み(人波)に流されていく。
さて、自分がなぜここに行くのかというと……大学の報奨金制度を利用して図書カードを手に入れるための上っ面の向学意欲と資格取得のためだ。語学の試験で他大学が会場になったため、ここを選んだ。だったらもっと都会の大学にすればいいじゃないかと友人に言われたが、いや、自分はこの街の会場がいいんだ。そう、この街が。
試験会場の大学に向かうとき、参考書片手に音楽を聴いていた。何を聞いていたかはっきりとは覚えていない。おそらく「くるり」だったと思う。
『バラの花』を聴きながら、専門学校の頃を思い出していた。
警備員の夜勤アルバイト。始発列車に乗って寮に変える。薄暗い街並みを小田急線から眺める。
「俺はいったい何してんだろ……」
部屋にたどり着いて、テレビをつけるとテレ東で流れていたのがPVの放送。そこで出会ったのがくるりの『バラの花』だった。寂しくシンプルな歌だが、やけに耳に残っていた。
自分は今、ここにいるよ……
当時の自分にそっと語り掛けた。あの時の自分とは何もかもが違う。あの時の自分は暗闇の中をやみくもに走り続けるバイク。暗中模索で必死にもがいていた。人生のレールに乗るために。
今はレールに胡坐をかいて、ただ毎日を垂れ流しているだけ。時間が毎日垂れ流され、何となくの日常を過ごしている。とてつもなく後ろ向きだが、最近は不思議な衝動に駆られて、こんなことをしている。
早めにこの街に来てのんびりと辺りを歩いていたが、することもなくなったので、会場に向かう。坂を登りきると、大学があった。他の大学に入るのは大学生になって初めてのことだ。少し緊張するが、新鮮な気持ちでもあった。日曜日なので学生は疎ら。しかし、資格試験の会場になっているため、少しずつ人も増えてきた。会場の教室はすでに10人くらいが席について参考書を開いている。受験の時の緊張感とは比べ物にならないが、少しピリッとした空気になっていた。背筋がピンとするこんな空気は実は嫌いではない。無言で席につくと、同じように参考書を開いた。あまり有名な資格でないのだろう。資格試験の割には受験生が少ない。少しずつ人が入ってきて、試験15分前には20人ぐらいにはなったかな。それなりに試験の様相になった。
「みなさんおはようございます。これから○○……」
ほどよいクリーミーな緊張感が僕を優しく包み込んだ。
「では、はじめてください」
試験官の声が響き渡ると、問題冊子を開いた。
試験中ふと頭に浮かんだ。
「俺は何をやっているんだろう。大学にモラトリアムの延長を求めて入学したが、今ここで充実した時間を過ごしている。こんなんじゃ、モラトリアムとは呼べない。『猶予』というより『何かの準備』だ。こんなことをするために大学に入ったわけじゃないのに、履修にしたって、英語のあの先生にしたって、自分の予期しない方向にモノゴトが向かっている。」
そして、なぜが自分は勉強や研究に対面するとき、少し前向きになっていることに気が付き始めていた。モラトリアムが少しずつ変化し始めていた。今までのモラトリアム期間が大学生活に与えたもの。それは……
「知への渇望」
不登校のとき、高校中退したあの日。自分の中の時計は止まった。そして今。
そのときに逃がした「知」へのあくなき渇望が知的好奇心となって大学で表面化したのだ。
黙々と試験問題を解くとき、不思議と心は穏やかで悪くない気分だ。そうやってその日の「充実した」一日は過ぎていった。不似合いな充実感が自分を満たしたとき、夕焼けが自分の頬を照らし、その時間が永遠であるかのような錯覚に自ら落ちていったのである。
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