復興シンドローム【2016/04/01~】⑰
この仕事をして何度目かの血液検査。
内部被ばくの累積線量は特に問題はなし(らしい)
帰還困難区域の検問業務はもう手慣れたものだ。新しい隊員さんが何人か入ってきた。50代だろうか、数名のおじさんとボクは通いなれた山沿いの検問所に向かう。
「地元はどこですか?」
会話に困ったボクは詰所で話しかける。
「西日本です」
詳しくは語りたくない事情があるのだろう。こういう答え方をする隊員さんには深く聞かないのが吉。
午前五時から必死に作業を教えて、昼頃にはすっかり打ち解けて何でも話しかけてくる気のいいおじさんに早変わりだ。
「息子のために出稼ぎしないとな。正直、福島があって助かったよ。普通の工事現場じゃここほど稼げないしね。」
本当はとても失礼なことなのだろうが、ボクは福島出身であることは隠していた。そして、さほど腹立ちもしない。彼にとって復興途中の福島県はよほど美味しい仕事場だったのだろう。それはそれでいいことではないか。
この仕事を数年やってみて、当たり前の感情もすっかりねじ曲がってしまったのだろうか。今更、福島を金づる扱いされても何とも思わなくなっていた。
しかし言わねばなるまい。言いにくいことだが。
自分は先輩として一つの忠告をした。
「どんなに無礼なことをドライバーに言われても、気にしないでくださいね。ここの住民は王侯貴族と変わらないんです。どんなに理不尽なことでもあくまで彼らが被害者であることは絶対なんです。ボクはそんな地元住民を心から軽蔑していますが、耐えましょう」
「やっぱり。聞いた通りだね」
新人隊員のおじさんは笑みを浮かべながら、ボクの話にうなづいた。
「福島にきてから、そう感じることもあったよ。特にここは人が住めないところだからね。もともと住んでいた人はいきなり帰れなくなったわけだから、そうなっても仕方ないよね」
なんとできた人間だろう。ボクは彼のしょぼくれた笑顔にどこか尊敬の念を抱き始めていた。
本当のことを言おう。そう決心した。
「ボクは地元民なんですが、ここの住民のことはあまり好きではないですね。高級車を乗り回して、世界中のルールがまるで自分を例外で決まっているかのような立ち振る舞い。特別扱いが辺り前と思っている。ボクらはここで仕事していても、震災を利用した泥棒猫のように扱われ、罵倒されます。以前は『しょうがない』って思っていましたが、今は軽蔑しているんです。震災の復興とボクらの仕事、そして彼らの境遇は何も関係ないじゃないですか。いくらイライラしていても、僕らに八つ当たりするのは間違っていますよ。ボクは彼らが嫌いです」
腹の中に合った毒が一斉に僕の口から流れ出た。ずっと言いたかったことだ。そして、この毒がボクの中を循環して、そしていつの間にか染まっていたんだ。
染まって……そして。
新人隊員さんと話したことで、いかに自分が醜悪な感情を持っていたのか目の当たりにした。自らの声に耳を疑う内容ばかり。そこに地元民の優しさなんてみじんもなかったんだ。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》