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戦略的モラトリアム【大学生活編】⑲

報奨金制度?
大学の掲示板をふと見たとき、気になる掲示にふと足を止めた。

「下記の資格を取得した者は申請すれば報奨金分の図書カードを与える」

・・・・・・

「なんだ、お前何か資格とるのか?こんな資格を取るくらいなら、バイトで数時間働けばすぐに現ナマが手に入るだろ?日払いの単発ベイト紹介しよっか?」

「いやいやそういうことじゃないんだって。なんか・・・・・・ここの大学にいる意味っていうか、確かにここに自分はいたぞっていう証が欲しいんだよね」

「は、よく分からんが、どういうこと?」

「ほら、俺高校辞めているからさ、卒アルにも載らなかったじゃん」

「ああ、そういうことか。俺たちにはよく分からんが、こんな大学への所属欲求みたいな感じか?」

「大野さん、違うよ、自分自身への承認欲求だよ、自分は大学生なんだぞ!っていうね」


話している「大野さん」とは大学に入ってから一番早く友人になった同級生だ。でも、大学1年で22歳になる。高校出てから、一年フリーターして大学に入学したそうだ。しかし、大学に面白みを感じずに昨年入学して、バイトに明け暮れ留年している。今年一年頑張れなかったら大学を辞めようと思っていたそうだ。親からも勘当寸前で学費を出してもらったらしい。しかし、4月のオリエンテーション旅行のとき、同じゼミで自己紹介したとき、自分の経歴に興味を持って、それからはずっと自分の親友みたいなもの。色々、高校のこととかを聞かれたが、彼の身近にこんな異質な経歴を持ったヤツはいなく(滅多にいるものではない)、興味深く話を聞いていた。それから大学には無欠席で来ている。レポートやその他課題提出も順調だそうだ。ゼミの先生曰く、
「なぜ大野君が留年したのか分からない」と言わしめるほどの実直さ。

「君のおかげなのかな?」ゼミ終わりにそう教授に言われると、はにかむように

「そんなわけないですよ」と自分は答えた。

とにかく、毎日大野さんには大学内での自分の生態を観察されているようで、少し緊張した。とにかくそんなヤツが自分の周りにいたのである。

「大野さんもやればいいじゃん」

「そうだなぁ、シスアドとかやってみるか」

「コンピュータ関連に詳しいからいいんじゃない?俺はマイナーな資格がいいなぁ」

・・・・・・

「国連英検?これにしてみるか」

「なんだこれ?聞いたことないぞ」

そう決めると、二人で図書館に向かい、早速参考書を借りた。英語の勉強を本腰入れてやるなんて、高校以来か。いや正確に言えば、高校1年以来かもしれない。


大学生としてモラトリアムを謳歌するといった当初の目標が少しずつ変容し始めていた。それは他者に認められたいというより、自分自身を納得させたいと理由で自分を突き動かしたのである。レールに再度乗った者の劣等感が動かしたといってもいいだろう。今ここにいる自分を納得させたいと自分自身が動いたわけだ。大学生としてふしだらな4年間を過ごす目標は履修登録のときに「暇な時間を埋める作業」として変容し、そして今「今自分がここにいる理由として資格を取る」という邪な理由でまた大きく変容してしまった。モラトリアムとはなんぞや?
俄然やる気が出てきたぞ。目標は図書カードを得ること、それ以外の目標はない。そう、この制度を利用することで大学生である自分のアイデンティティを確立するのだ。それ以外の崇高な理由なんてない。これはあくまで自己満足を完結させるため。

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fal-cipal(ファルシパル)
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》