震災クロニクル 3/13⑪

夜も更けて、人という人を辺りに見なくなった。耳鳴りがするくらいの静寂がまた僕らを包んだ。しかし、今夜はテレビを付けていない。さらに沈黙が僕らの気持ちを塞ぐ。

「ちょっと、つけよっか。」

結局テレビをつけ、息のつまるような静寂から抜け出した。

『原発3号機が……圧力を下げるために……緊迫した状態が続いております。』

テレビをつけたことを後悔した。一斉に様々な不安が襲ってくる。とりあえずは外にはでない方がいい。もしかしたらベントで放射性物質が拡散するから。原発の爆発を防ぐために、1号機内部の圧力を下げるベント作業が行われていた。でもそれは数時間前のこと。今さら何をしても意味はないかもしれない。

ここは原発から25キロくらい。風にのってやって来るかもしれない。にわかに通気孔を段ボールで塞いだ。館内の通気孔を探し、段ボールで塞ぐ作業がどれくらい効果があるが分からないが僕らは必死に取り掛かっていた、まるで不安をかき消すように。機械室と外のドアの隙間、裏口のドアの隙間、トイレの換気口すべて塞いだ。

テレビのコメンテーターが言うことに僕らが踊らされていただけなのかもしれない。しかしテレビ越しに見るコメンテーターが口を重くして、話し出す様子に僕らは真実であると判断せざるを得なかった。

外界との分断が終わり、賑やかなテレビをつけながら、しばし歓談した。

「シャワー浴びよっか。水だけど。」

そういえば風呂に入ってない。周りの喧騒でそんなことを考える時間もなかった。私は銭湯や温泉が好きだったため、お風呂セットと替えの下着は常に車に積んでいた。

水だぞ……お湯でないぞ。

考えている余地はない。早く体を綺麗にしたい。二人は順番にシャワー室でシャワーを浴びた。1日の疲れを水で洗い流すように鬱蒼とした空気の重たさは変わらなかったけど、気持ちのリセットはできた。

「寒い!冷たい!風邪ひくわ!」

お互い笑った。もはや水で体を洗うことなんてどうでもいい。こんなくだらないことで笑いあえるその瞬間が僕らには至宝だった。

夜が明ける。午前5時。辺りは暗かったが、それ以上に今日何が起こるか暗中模索で何かが進んでいる。それが何なのか、僕らには伝えられないだろう。ただ、未曾有の何かが起きてしまって、今まさに進行形で起きている最中であることは肌で感じていた。

7時になる。市役所の職員も施設に集まりだした。自分達のおにぎりをもってきてくれる。有り難くそれを戴いて、僕は帰路についた。自衛隊車両や重機があちこちに見える。僕はアパートが無事であることを神様に感謝した。

ゆっくりと目を閉じ、ラジオをつけながら、眠りについた。夢でだったらなという淡い期待とともに。

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fal-cipal(ファルシパル)
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》