震災クロニクル3/17~18(30)
「いつまでもこんなことやってられないよ」
「パチだろうがスロだろうが、いつも同じように勝てるとは限らないしな」
「避難生活のめどがたつまでこうしているほかないだろ」
「『めど』って何さ。避難するかしないかだろ。もう戻れないぞ、あそこには」
「避難所開く日だってわからないままじゃ、ここにいるしかない」
「……そうだけど、この生活が向かう先は分からないだろ。こうしている間にも費用はかかっていく。何とか次の手を打たないと」
夕食はちょっとした論争になった。
お互い結局そこで次の言葉が止まる。テレビに映る地元の放射線量は平常値の何十倍をゆうに超えていた。帰れるわけがない。
想像を絶する物資不足。放射線の見えない危機。原発事故の一刻を争う危機。それらのプレッシャーにとても耐えられそうにない。
「どうしたんだ。いったい」
宇田川さんが食事にやってきた。事情を話すと、
「そうか。でも今は動かない方がいいんじゃないか。ここに腰を落ち着けるわけにはいかないかもしれないけれども、下手に動くと帰って混乱するぞ。幸運にもここにはテレビがある。情報は入ってくるわけだし、宿泊費はかなり格安に抑えられている。困ったときはお互い様の関係も出来てるだろ?ここで無理して福島に帰っても、どうにもならないじゃないか。ここよりも大変だぞ。物資が届かないそうじゃないか。とりあえずここでゆっくり作戦を練って動き出した方がいい。俺はそう思うな」
ゆっくりと諭すように、僕らに話しかけた。その空気にのまれただろうか、僕らはすっかり平常心を取り戻して、バカな話に花を咲かせた。和やかな雰囲気に自分たちも次第に心を許していった。
宇田川という老人は見かけは普通の老人だ。お金がないからここに宿泊して数年になるという。「明日は仕事で金を引っ張ってこれる」と言っていた。いったいどんな仕事をしているのだろう。聞きたいが、もし聞いていしまうと彼の善意のイメージが壊れてしまうような気がして、それ以上立ち入らないことに決めた。お互い知らないことがある方がちょうどいい。
「ところで避難したときの車はどこに置いてきたんだ?」
宇田川さんが自分に聞いた。
「黒磯駅の有料駐車場が開きっぱなしになっていたので、そのに乗り捨ててきました」
「それはもったいな いことしたな。もう捨てたつもりなのかい?警察に聞いてみたらどうだ?もしかしたら預かってきれるかもしれんぞ」
あぁ、そうか。帰りの足がなくなってしまうかもしれないもんな。一応確認した方がいいのかもしれない。
「明日栃木県警に電話してみます」
自分も不思議と地元に帰る想定をしていた。絶対に帰ることのない列車に乗ったはずなのに。
宇田川さんはきっと何の事ない心配を僕らにかけてくれた。だけど、そのことが自分の心の奥底に合った望郷の念を浮かび上がらせたのか。
その日はこれからの話をせずにゆったりと無駄話に僕らは花を咲かせていた。これからのことは不安であったけれども不思議と肩の荷が軽くなり、明日やることができたという事実がたまらなく嬉しかった。
警察に電話をするというミッションは大切に明日に抱えていこう。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》