■念願の冒険者になった元悪役令嬢ですが、攫われ体質の仲間と冒険しています。
ドンドコドコドコドンドコドコドコ。
頭上で大きな太鼓の音が鳴り響く。
あまりのうるささに目を覚ますと、宿の簡素な石造りの天井ではなく、満点の星空が見えた。
……は??????
「えっ、えぇ~~~~~~!!」
思わず叫び声を上げるも、鳴り止まない太鼓の音にかき消された。
アッしかもなんか手足拘束されてて動けない! なんこれ! 誰か事情説明ぷりーずみー!
いやいやいやいや。まず状況を把握しよう、はりーあっぷ。0.05秒、蒸着急いで。
追放されるときに両親がこっそり持たせてくれた金貨で剣や鎧などの装備を整え、放り出された街のギルドに「リオ・ブルーム」という名前で登録を行ったのが1年ほど前のこと。
最初の数節は女ひとりがそうそう単身でギルドからの依頼を受けさせてもらえるわけもなかったので、その数節の間は複数人で遂行する依頼に同行し、信用を勝ち取った。
今ではすっかりギルドの信頼も厚い気ままな冒険者だ。
今回は、数節の間にお世話になった年下の先輩冒険者である『マックス・クライン』と、魔物の被害に悩む山村からの依頼を受けて、魔物退治を終わらせた。
その後は村の宿で歓待を受け、それなりに豪華な食事を提供された。
そこまではおーけー、何も問題はない。
とりあえず首は多少動かせるので、動かせる範囲で上下左右を見渡す。
頭上には、山村に来た頃に見た『神聖な村の守護神像』様が炎に照らされて不気味に揺らめいている。
左には青い顔をしてぐったりしているマックスの姿。食事と飲み物になんか仕込まれてたと思うけど、わたしのより強力なやつでも使われたんだろうか。
とりあえず生きてはいそうなのでヨシ。
太鼓の音が大きくて聞こえづらいけど、村の連中が何か一心不乱に祈りを捧げている声がする。
「……たまえ、……守り……繁栄……」
「秩序……大いなる……我らが守護神……」
守護神像、縛り付けられた男女、守護神に繁栄の祈りを捧げる村人の声。
何も起きないはずもなく……
あー、これ完全に生贄に捧げられてますね。
正直、報酬の割に魔物退治もが大したものじゃなかったのは気にかかっていた。
自分の村から生贄出したくないから報酬を餌にして他所から来たやつをかわりに捧げちゃえってやつだ。
因習村とかふざけとんのかこんちくしょう。
状況は確認できたけど、まじでどうすっかなこれ。
儀式の内容がてんでわからないからこのあと殺されるのか何か異変が起きるのかもわからない。
「はぁ……」
深呼吸して意識を集中する。これだけ太鼓も祈りの声もうるさいなら魔法を唱えても聞こえないだろう。
「筋力強化、体力強化、瞬発力強化、身体バリア、火炎耐性、氷結耐性、雷撃耐性、異常耐性……」
風を切るような不思議な音が耳に響く。
普段ならちゃんと魔法がかかっているか確認するために手の甲を見るけれど、流石に見ることはできないのでそこは自分の力を信じることにする。
今すぐに縄をぶっちぎってマックスを連れて逃げるのが良いような気もしたけれど、激高した村の連中に一斉に襲いかかられでもしたら自分はともかくマックスまで守りきれる気はしなかった。
祈りの声が静かになっても太鼓の音だけはずっと鳴り響く。
だんだん音で頭痛くなってきたなと思い始めた頃、太鼓の音が静かになる。
静寂が周囲を包む。
と、背中にわずかに振動を感じる。
少しずつ少しずつ、振動が大きくなり、地鳴りのような揺れにかわっていく。
何か来る。
そう確信した刹那、わたしの顔を守護神像によく似た魔物が覗き込む。
そして、目が合った。
「……っ!?」
魔物と視線ががっちり噛み合ってしまったその瞬間、わたしはぶちっと勢いよく縄を引きちぎってその勢いのまま魔物の顔面に拳を叩き込む。
力こそパゥワー。筋肉はすべてを解決する。
「ギャアッ!?」
強化魔法により顔面が凹むほどの威力となったパンチに魔物が怯む。
その隙に足を縛っていた縄もぶっちぎり、マックスを縛る縄も強化魔法の赴くまま引きちぎって彼を抱えあげる。
「キ……キサマヨクモ!!」
魔物が潰れた顔を怒りに歪め、わたしたちをにらみつけた。
「喋った……? っと、今はそれどころじゃない。跳躍強化」
フィンと音が耳元で鳴ると同時に、わたしはマックスを抱えたまま勢いよく飛び上がる。
強化された跳躍力で唖然とする村人を飛び越え、そのまま一度村の門の方へ全力で飛ぶ。一度村の外に逃げたように見せかけるためだ。
地面を蹴って跳躍を繰り返し、門を飛び越えて進路変更。自分たちの姿を魔法で隠蔽しつつ村の門を再度飛び越え、村の中へ。
そのまま宿へ向かい、多分自分が寝ていたであろう部屋の窓を蹴破って入室。
青い顔でぐったりしているマックスを座らせ、額に手を当ててとりあえず解毒魔法をかける。
「マックス生きてるー?」
「うーん、あれ……リオ???」
幾分かマシになった顔色でマックスの青い目がわたしを見る。
「もしかして、また?」
「うん。まただね。荷物取っておいで、さっさと出ないと追手がくる」
「わかった」
ぐるりとあたりを見回してなんとなく状況を察したマックスが銀髪をゆらめかせて泊まっていた部屋に荷物を取りに向かう。
その間にわたしも自分の荷物が盗られていないか確認する。
得物のロングソードと短剣は無事。お金も着替えも盗られていない。
マックスは最初の数節で世話になり、その後も何かと組むことの多い年下の先輩冒険者ではあるのだが、なんというかこう……
普段はぽやぽやしたというかぼんやりした雰囲気のせいなのかなんなのか、数節に1度くらいの頻度で山賊に捕まってみたり怪しい宗教の生贄に捧げられてみたりと、とにかく捕まることが多い。
なんというかピー○姫もかくやと言わんばかりの捕まり体質で、他の先輩冒険者曰く前からこんな感じで実力があるから都度自力でなんとかしてはいたとのこと。
今回みたいにいっしょに生贄にされたのは初めてだけど、わたしも1度、要塞まで築いちゃってた山賊集団に人質交換で捕まったマックスを先輩冒険者といっしょに助けに行ったことはある。
「荷物取ってきた。武器も中身も全部無事だったねぇ」
「こっちも同じく。わたしたちを魔物に食わせたあとにゆっくり物色する気だったのかも。……一旦ここから出よう」
荷物と得物を手早く背負い、さっきダイナミックお邪魔しますをかましてぶっ壊した窓から飛び降りると、そのまま宿の食料庫の影に身を潜めた。
ざわざわと遠くから村人の声と魔物の雄叫びが聞こえてきた。誘導に引っかかり村の外まで探しに行ったのかもしれない。
静かになった今のうちにと、ざっくりマックスが気絶していた時の話をする。
「今度は魔物の生贄にされかけてたか……。魔物はどんなやつ?」
「言葉話してた。ここしばらく問題になってる知性ある魔物の1体かも」
「やっぱり数が増えてるなぁ……」
「本格的に調査しないとマズいかもね」
「そうだなぁ……俺たちを食おうとしてたやつ、なんとか生け捕りにできないかな?」
のんびりとした口調かつ平時の顔でだいぶんな無茶を言ってのける。実際、そういうことが提案できる程度には実力もある。
というかこういう発想にさらっと行き着けるあたりやっぱり仕事はデキる方だし、そもそも本当にポンコツ冒険者ならひよっこ冒険者だったわたしの面倒なんか見れるはずもない。
……とにかく攫われ体質、囚われ体質なのが問題なだけで。
「そうなると、わたしがとにかく戦って弱らせて、マックスに封印魔法使ってもらうのがいいかな」
「……いや俺も戦うけど。というかまず最前線で相手を殴るのを初手に提案にするのやめよっか」
「えっなんで」
「心外だみたいな顔しない。相手は知性ある魔物だ。いつもみたいにただ斬るだけじゃ済まないかもしれない」
「筋肉はすべてを解決するのに」
「そういう問題じゃなくてね……」
「でもわたしの魔法は超近接仕様だからどういう作戦立てても結局最初に突っ込んでくのわたしになるじゃんね」
口を尖らせるとマックスは眉間にしわを寄せてなんとも渋い顔になる。
だって仕方がないのだ。わたしってばそれなりに魔法の才能があるわりにエイム力があまりにもガバ過ぎて遠距離系の魔法がほとんど使えないという欠点を抱えていた。
学園で的に当てないといけないファイアーボールを思いっきり暴投して初代学園長の銅像にぶち当てたのはいい思い出だ。いやこれ悪い思い出だな。
ガバエイムのかわりなのか自分と自分が触れた相手を対象に魔法をかける場合は効果自体と効果時間が通常の1.3倍程度上がっている。
そんな事情もあり、わたしが使う魔法は主に身体や身につける武器防具を強化するもの、効果範囲の狭い回復魔法に偏っているのだ。
となるとやっぱり初手でわたしが突撃隊長を務めるのは当然なわけで。
「……仕方ないか。危ないと思ったらすぐに下がること、回復魔法はちゃんとかけること。いいね」
「わかってるって。よし、行こう」
作戦のような作戦でないような話し合いが終わり、立ち上がる。
誘導に引っかかって村の外でわたしたちをさがしていた村人と魔物が帰って来る音がする。
強化魔法を一通りかけなおし、得物を抜く。
マックスも隣で魔物を封じる小さな箱を取り出して準備は万端だ。
マックスに視線を合わせると、小さくうなずいたので頷き返し、わたしは軽く地を蹴って跳躍する。
宿の屋根に飛び乗り、魔物と村人の位置を確認。
もう一度跳躍して守護神像がある広場に降り立つと同時に村人と魔物がわたしを視界にとらえた。
「食ベラレニ戻ッテクルトハナ。ワレニ恐レヲナシタカ!」
魔物が咆哮する。
村人たちも目をギラつかせ、クワやオノ、松明をわたしに向かって突きつける。
「オマエタチ! ヤツヲ捕マエロ!」
魔物の号令で一斉に村人が襲いかかってくる。
おおう、流石に人数が多いな。
剣を持ち替え、柄で殴れるようにする。
強化魔法で武器も腕力も強化されているので人間相手に加減を間違えると人間の姿造りやら爆発トマトが出来上がってしまうので注意はしないと。
「はい、大人しくしててねー」
バキッ!
「おっさんおばさんの夜更かしは体に毒ですよー」
ベチン!
とりあえず襲いかかってくる村人たちをぺちぺちとはっ倒しながら後ろで笑っている魔物に向かって行く。
加減がうまく行ってないのか、起き上がって再度襲いかかってくる村人がちらほらいる。
ひとりひとり無力化するのが面倒になってきた。
「揺れろ!」
振り回されたクワをしゃがんで回避するついでに、地面に手をついて魔法を一つ。
ゴゴゴゴと地鳴りがして地面が揺れる。割と強めの地震に村人たちは腰を抜かして動けなくなった。
地震に慣れてないと体感震度4くらいでも動けなくなるとは言うけどいやほんとに効果てきめんである。
魔法の地震に怯える村人を尻目にわたしは魔物に向かって駆ける。
今度はちゃんと剣を持って斬りかかる体制だ。
「キタカ!」
「お望み通りね!」
大きく振りかぶって、まずは一撃。
「フン!」
「か……った!」
ガチンと金属同士がぶつかるのに似た音がして、剣は魔物の腕に押し止められてしまう。
顔をぶん殴った時はべっこり凹んだくせに、不意打ちとはわけが違うか。
魔物は力任せに剣を受け止めた腕を振り払う。
衝撃でわたしは剣ごと吹き飛ばされるが、無理やり着地し今度は態勢を低くして相手の胴に切り込むようにかける。
「甘イ!」
「ぐぇ……!」
剣を振り抜こうとしたのと同時に魔物の足がひらめき顔面に魔物の膝がぶち当たる。身体バリアのお陰で潰れなかったものの、あまりの衝撃で鼻血が出る。
魔物の方が反射神経が良いか!
「リオ!」
魔物の背後からマックスの声がして火球が魔物の頭にぶち当たる。
「オマエモ食ワレニキタカ!」
火球が当たっても魔物はびくともしない。どんだけ頑丈なんだ。
だけどわたしもこの程度でふっとばされているわけにはいかない。とっさに剣を離し顔面に突き出された膝の下、ふくらはぎを抱え込む。
「拘束!」
「ウゴッ!」
マックスの声が響き、魔物の声がくぐもる。おそらく頭に拘束魔法が当たったのだろう。
「引っ張れ!」
「うおおおおりゃあああ!」
マックスの合図に合わせて魔法で強化された筋力で魔物のふくらはぎを引っ張り上げる。
頭を地面に向けて、足を力任せに引っ張り上げられた魔物は盛大に背中から地面に激突する。
「電撃!」
魔物のふくらはぎに思いっきり雷の魔法を流し込む。
相手に触れてれば狙わなくても対象に魔法を使えるのだ。捕まえてればガバエイムなんか関係ないもんね!
「ア、ガ……」
「よし、封印!」
電撃にやられた魔物が痙攣するのを見たマックスはすかさず箱を魔物に押し当て封印魔法を発動させる。
「ア、ア……ウツロノミコ……」
魔物の断末魔だろうか。それだけが聞こえ、魔物は箱の中に吸い込まれていった。
「うつろのみこ……?」
漢字にすると虚ろの巫女、御子、それとも神子? 言葉的には救国の聖女の対義語っぽいような?
マックスも普段見ないような目つきで箱を睨みつけているし、何にしろあんまり良い感じの言葉ではなさそう。
「マックス、大丈夫?」
「ん、ごめん。大丈夫。魔物もちゃんと封印できたよ」
声をかけるとマックスはハッとしたようにいつもの顔つきに戻ってわたしを見た。
「そっか、よかった」
「おつかれさま、よく頑張ったねぇ」
そういってへらりと笑うマックスに、どういうわけか国王陛下のような雰囲気を感じる時がある。
ニコラウス王子のお父上こと、我が国の国王陛下は銀の髪に青い目のぽやっとした柔和な笑顔が似合うお人だった。
マックスのもつ色が銀の髪に青い目という、国王陛下と同じ色なのも余計そうさせるのかもしれない。
ニコラウス王子も子供の頃は銀髪青目だったけど、歳を重ねるごとに王妃様によく似た灰金の髪に青緑の目と変化し、性格も顔つきも王妃様に似たピシッとした人になってっちゃったからなぁ……
追放されてから1年ちょい、ニコラウス王子はまあ置いといて、お父様やお母様は元気だろうか。結果的に追放という迷惑をかけてしまい、立場も相当悪くなったと思う。
「リオ?」
「あ、ああごめん。何?」
おっと、マックスの顔を見ているうちに連鎖的に色々と思い出して郷愁に浸ってる場合じゃなかった。
「こいつが動けないうちに急いでギルドに運ばないとねって言ったんだよ」
「そうだね。また暴れられても面倒臭いし」
「急ごう」
いくらマックスの魔法で小さく頑丈な箱に封印しているとはいえ、知性のある魔物はどんな力を隠し持っているかもわからない。
はやいとこちゃんとした設備のあるギルドに引き渡して調査を引き継いでもらおう。
「あ、そうだ、リオ」
「うん?」
「こいつをギルドに引き渡したら故郷に帰らないといけないんだ」
「また急だね」
「ちょっとやることがあるんだよねぇ。面倒だけど」
「大変だね」
「まぁね」
道中でそんな会話を交わしながら、わたしたちはギルドのある街へ出発するのだった。
「続く」