らせん階段を昇るとき
「星の王子さま」と「ハロルドとモード」は、有名なおはなしである。
どちらのおはなしも、わたしに、大きな影響を与えてくれた。
今回の作品は、この二つの作品への、わたしなりの、「オマージュ」である。
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もしも、わたしが「女優」だったら、一度は、やってみたい役がある。
それは、「ハロルドとモード」の「モード」だ。
七十九才のおばあさんの役である。
もしも、わたしが演じるとしたら、アンダーグラウンドでしか出来ないような、「不思議な解釈」の、「別の脚本」を作って、演ってみたいな、と思う。
実現しそうにはない「夢」だけれども、「想像するだけ」なら、「自由」かな。
「ハロルドとモード」は、わたしが気になる「タナトスとエロス」の「ものがたり」である。
つまりは、いわゆる「人生の醍醐味」が、きっちりと詰め込まれている「ものがたり」だ、ということだ。
週末にお誕生日が来ると、八十才になる、七十九才の老女と、十九才の青年が、純粋に、「恋に落ちる」という、奇想天外な設定に、まず、興味をそそられる。
ただ、どちらかというと「タナトス寄り」の、この「ものがたり」を、わたしは、少々「エロス寄り」にしてみたいと考えて、書いてみた。
絶望的なこの「世界」に、少しでも、「希望」の「種まき」が出来たら、と思っている。
二つの作品に、最大限のリスペクトをこめて。
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屋外。野原の設定。
舞台背後のスクリーンには、「ひなぎくのお花畑」が広がっている。
あきらかに老女なのだけれど、とてもはつらつとした女が、舞台下手より現れる。
モード 「ハロルド〜。こっち、こっち、こっちよ〜。」
ときおり、うしろをふりむきながら、手をふり、呼びながら小走りに。
下手少し遅れて青年登場。はにかみがちに、うつむき加減で、ゆっくり、老女を追いかけて来た感じ。
モード 「もう、ハロルド。早く来てごらんなさいよ。」
待ちきれない風に、老女は、手招きしている。
モード「ひなぎくは、可愛いお花だけど、わたしはあんまり好きじゃない。」
と、モードはひとりごとを言う。
やっと追い着いたハロルドが聞く。
ハロルド「モード、この花はきれいだね。なんていう名前なの?」
モード 「これはね、ハロルド、ひなぎく、よ。」
ハロルド「ふうん。ひなぎくかぁ。白くて小さくて可愛い。」
モード 「まさか、きみみたい。とか、言わないわよね。」
ハロルド「あ。良くわかったね。今、そう言おうかなって、思ってたところ。」
モード 「そうだと思った。でもね、わたしは、ひなぎくはあんまり好きじゃないの。」
ハロルド「そうかぁ。ぼくは好きだな、この白くて小さな花。」
モード 「ひなぎくは、群れて咲くでしょ。ひなぎくは「しくみ」なのよ。「しくみ」は、わたしに「はまれ」と命令してくる。だから、わたしは、そんな「在りかた」は、あんまり好きじゃないの。」
ハロルド「じゃ、きみは、何の花が好きなの?」
モード 「わたしが好きなお花は、真っ赤な薔薇の花。わたしは、小さなものは好きじゃないの。なんでも大きなものが好き。薔薇の花はひなぎくよりも大きいし、だんぜん、情熱的だもの。だから、好き。」
ハロルド「薔薇の花かぁ。」
モード 「わたしは、「星の王子さま」に出てくる、「咳をする薔薇の花」が大好きなの。嘘をつくと、咳をするのよ。面白いわよね。自分は、世界にたった一輪しかいないって威張っている、薔薇の花。わたしは、その感じが、とても好き。」
ハロルド「面白いね。」
モードは、群れて咲いているひなぎくを、一本だけ、ちぎる。そして、ハロルドに見せる。
モード 「ほら、このひなぎくは、もう、群れていない。しくみから抜け出したわ。たった一本のひなぎくになれたのよ。」
ハロルドは、一本のひなぎくをモードからもらって、胸に挿す。
そうして、よくよくながめて、
ハロルド「やっぱり、可愛い。」
モード 「その、たった一本のひなぎくなら、きみみたいだ、って言っても怒らないわ。もう、しくみから外れたから。ね、さぁ、ランチにしましょ。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
舞台は、野原のまま。
二人は、敷物を敷いて、ランチをはじめる。敷物の上には、バスケット。なかから、パン、チーズ、ワイン、りんご、ぶどう、を取り出す。
モード 「さぁ、食べましょう。」
ハロルド「うん。」
二人、気ままに食べだす。ワインをつぎあう。
モード 「わたしたち、知り合ってからまだ、たった三日だけど、もう、仲良しになれた気がするわ。」
ハロルド「うん。三日前の教会のお葬式で、出会ったんだよね。」
モード 「お葬式には、良く行くの?」
ハロルド「うん。趣味だから。」
モード 「あら、同じね。」
ハロルド、少し自虐的に笑う。
モード 「他にもなにか、趣味ある?」
ハロルド「うん。自殺ごっこかな。」
モード 「自殺ごっこって?」
ハロルド「死ぬまねごとをやるんだ。もう、何回もやってる。手足を切断することも入れたら、十七回くらいかな。」
モード 「まねごとなの?」
ハロルド「まねごとなんだ。機械や道具を使って、工夫して。」
モード 「どうして、そんなことを思いついたの?」
ハロルドは、舞台の前に進み、ゆっくりと、自分のことを、語りだす。
ハロルド「ぼくは、寄宿学校の学生だったんです。あるとき、化学実験室で、実験をして、いろんな化学薬品を、混ぜ合わせていたら、大爆発を起こしちゃって、学校の校舎を燃やしちゃったんです。ぼくは偶然、地下に脱出出来たんですけど、怖かったからそのまま家に逃げ帰って、自分の部屋に忍び込みました。そうして休んでいたら、家に警官が訪ねて来て。。その警官は、母に、お宅の息子さんは学校の火事で亡くなりましたって告げたんです。母は、その場で気を失いました。でもそのとき、ぼく、死んでいるのって楽しいんだなって、思っちゃって。。」
つらかったことを思い出したように、ハロルドは涙を流す。
モード 「まぁ。
(驚いて見せたあと、深くうなづいて)
そうね。たしかに、「死んでいる」ことって楽しいわ。しくみから、抜け出せているようにも、感じられるしね。でも、ほんとうに、あなたは、それで満足している?」
ハロルド「わからない、、、。楽しいような気もしたんだけどな。」
モード 「した?
なら、今日から、もう、それはやめにしたらどう? もっと楽しいことを、しましょうよ。わたしと。」
ハロルド「もっと楽しいこと?」
モード 「そうよ、たとえば、あの丘の上まで、わたしとかけっこするとか、ね。」
ハロルド「え。大丈夫なの?」
モード 「大丈夫よ、鍛えてるもの。負けないわよ、わたし。」
ハロルド「ははは。」
ハロルドは、立ち上がって、背伸びをする。
ハロルド「恥ずかしいけど、ほんとうは、ぼく、ここで、「でんぐり返り」をしたいんだ。でも、やっぱり、やめとこ。」
モード 「おやりなさいよ。でんぐり返りくらい。気持ち良いわよ。」
ハロルドは、慣れない様子で、おぼつかない「でんぐり返り」をする。
ハロルド「気持ち良い!」
モード 「そうでしょ。それが、ほんとうに、生きているってことなのよ。生きてることは、気持ち良いのよ。」
ハロルド「生きていることは、気持ち良いのか。。」
モード「そうよ。気持ち良いのよ。ほら、行くわよ。」
モードは走り出す。あわててハロルドも続く。丘の上まで着く。モードの勝ち。
モード 「ほら、鍛えてるって言ったでしょ。わたしの勝ち(笑)」
ハロルド「すごいなぁ、きみ。」
モード 「寝転びましょ。草の香りが気持ち良いわ。」
ハロルドとモードは、並んで横になる。
ハロルド「きみはきれいだ。ぼくがいままで会ったどの女のひとよりも。」
モード 「まぁ。ありがとう。でも、あなた、目がおかしいわ。」
ハロルド「ほんとうだよ。きみは、若いよ。」
モード 「そんなこと言われたら、勘違いして、若い娘みたいな気持ちになっちゃうじゃないの。」
ハロルド「きみが好きだ。」
モード 「わたしも、あなたが好き、よ。」
ハロルド「モード。ぼくと結婚してくれる?」
モード 「なんてことを。。」
ー暗転ー
数日後のモードの家
モード 「ハロルド、お茶を入れたわ。からだに良いお茶よ。飲んで。わたしのお得意のケーキもどうぞ。」
ハロルド「ありがとう。」
ハロルドは、勧められるままにお茶とケーキを食べる。
モード 「もう、自殺ごっこは止めた?」
ハロルド「うーん。まだ、考え中、かな。」
モード「あなたは、しくみにやられちゃってるだけなのよ。」
ハロルド「しくみかぁ。」
モード 「なんでも、自分で考えるの。しくみに負けないことよ。そうしたら、生きていることも悪くないなって思えるときが来るから。」
ハロルド「ぼくは、きみと、結婚したいだけだよ。」
モード 「それは、駄目。」
ハロルド「なぜ?ぼくは、こんなにも、きみが好きで、きみを大切にしたいと思っているのに。」
モード 「わたしも、あなたが大好きよ。でもね、ハロルド、わたしは、もう、精一杯生きたの。いろんなことを経験した。悲しいこともたくさんあったし、嬉しいこともたくさんあったわ。あなたは、これから、それを、経験しなくちゃ。わたしには、あなたと一緒にその経験をする時間は、もう残っていない。一緒に経験してくれるひとは、わたしのほかに、きっといる。わたしによく似た誰か、が。」
ハロルド「きみによく似たひとが?」
モード 「そうよ。ハロルド。わたしと、見た目が似ていても駄目。こころが、たましいが、似ているひとを探すのよ。巡り逢ったとき、あなたには、絶対にわかる。わたしたちが気づき合えたように、ね。」
ハロルド「いやだ。ぼくにはモードしか居ないんだ。」
ハロルドは、モードを抱きしめる。モードは、その手を優しく取って、踊りだす。二人は、抱きしめ合いながら、しばらく、踊る。優美な音楽が鳴る。
ー暗転ー
数日後 モードの家
ハロルドは、正装している。そして、モードを部屋に招き入れる。モードも素適なワンピースを着ている。
ハロルド「ハッピバースデー、モード。」
モード 「ありがとう。ハロルド。」
ハロルド「これは、プレゼント。」
そう言って、ハロルドは、モードに、一輪の真っ赤な薔薇の花を捧げる。
モード 「きれいね。星の王子さまの薔薇の花のようだわ。」
ハロルド「きみは、薔薇の花になりたいんでしょ?」
モード 「そうよ。この世で、たった一輪の薔薇の花、にね。」
ワルツの音楽を、ハロルドが蓄音機でかける。二人は、ゆっくりと踊りだす。
ハロルド「薔薇のお花のモードさん、どうぞ、こちらへ。」
ハロルドはモードを手招きして、隣りの部屋へ連れてゆく。そこには、誕生日パーティーのご馳走と、きれいな飾りとが用意されていた。
モード 「まぁ。これ、全部あなたが用意してくれたの? 素適ね。ありがとう。」
ハロルドは、満足そうに、モードを見つめる。
ハロルド「この、素晴らしいお誕生日に、もう一度云います。ぼくと、結婚して下さい。」
モード 「まぁ。」
ハロルド「お願いです。」
モード 「ハロルド。わたしには、もう、時間がないの。今夜十二時に、わたしのいのちは終わるの。」
ハロルド「え?」
モード「これはね、約束されたことなのよ。ずうっと前から。わたしのいのちは、八十才で尽きるの。」
ハロルド「そんなこと、うそだ。」
モード 「うそなんか、言わない。あなたと逢えてほんとうに楽しかった。人生の最後の御褒美みたいだったわ。ありがとう。大好きよ、ハロルド。」
舞台の後方が開けて、らせん階段が現れる。
モード 「ほら、もう、お迎えが。。」
ハロルド「モード。いやだ。逝かないでよ。」
抱き寄せようとするハロルドを、優しく払いのけて、らせん階段の下まで歩く。
モード 「あなたは、安心して生きて行くのよ。大丈夫よ。また、きっと、いつか、どこかで、ちがうかたちで、わたしたちは、逢えるから。」
ハロルド「モード。。」
ハロルドは立ちすくんで、モードを 見送る。
モードは、らせん階段に足をかけて、ハロルドを見つめる。
モード 「あなたを待っているひとは、この世界に、必ず、ひとり、居る。あきらめずに見つけてね。きっと、逢えるから。さようなら、ハロルド。」
ハロルドは立ち尽くす。モードは、らせん階段をゆっくりゆっくり昇ってゆく。どんどん昇って、遠ざかっていく。途中、真ん中あたりで、一回立ち止まる。
モード 「ハロルドー。しあわせを探すのよー。(絶叫する)」
ハロルド「モード。。」
階段の一番てっぺんに着いたモードは、ハロルドを見て、小さく、可愛らしく、お茶目に、手を振る。そうして、ちょっぴり小首をかしげて、お辞儀のような仕草をすると、扉を開き、中に入って、行ってしまう。。
ハロルド「モードは行ってしまった。きみは、たった一輪の薔薇の花に、姿を変えて、星の王子さまの星を探す旅に出たんだね。。あぁ、モード。ぼくが星の王子さまだったら、良かったのになぁ。。」
ハロルドは突っ伏して泣く。
ー暗転ー
舞台は変わり、らせん階段を隠す。
ハロルドの腕のなかで息を引き取っているモード。
ハロルド「モードのたましいは旅立ってしまった。ここに在るのは、モードの脱けがら。。きれいな顔をしている。弔ってあげなきゃ。モード。」
そう言いながら、ハロルドはモードを抱きしめる。
ー暗転ー
教会のなか
モードのお葬式が行われている
牧師とハロルドだけの参列。
ハロルド「モード、きみは、ほんとうに死んじゃったんだね。(泣く)
ほんとうに死んじゃったんだね。(泣く)
ほんとうに死んじゃうって、こんなに悲しいことだったんだ。
ぼくは、いままで、知らなかった。
知らなかったんだよ。。。
ほんとうに死んじゃうってことが。。
モード、ぼくは、もう、「自殺ごっこ」は止める。もう、こんりんざい、やらないことにしたよ。
だって、きみに、失礼だもの。ほんとうに死んじゃったきみに。
「生きていること」がどんなことか、ぼくには、まだ、わからないけれど、ぼくは、「きみに似ている誰か」に出逢うために、生きてみることにする。
きみが、「薔薇の花」になって、「星の王子さまの星」まで、辿り着けるように、ぼくは、毎日、お祈りをするよ。
モード、さようなら。(つぶやく)
モード、さようなら。(自分に言い聞かせるように)
ぼくは、きみを愛してるよー。いつまでもー。(絶叫)
モード、さようならぁ。(泣きながら絶叫)」
ー終幕ー
※この作品は、「星の王子さま」並びに「ハロルドとモード」をリスペクトし、シェアユースの発想で書かせて戴きました。不適切な場合は、削除致します。