川端康成 名人 好きなところ

「ええ、五目…。」と、名人はつぶやいて、はれぼったい瞼を上げると、もう石を並べようとはしなかった。

「先生、ありがとうございました。」と、名人に礼をしたまま、深くうなだれていて、身動きもしないのだった。両手をきちんと膝にそろえて、白い顔は青ざめていた。

「あれはみんな、新婚旅行ですね。」と、名人に言った。
「面白くないだろうなあ。」
と、名人はつぶやいた。

白九十八を名人はまた半時間あまり考えた。口をこころもちあいて、瞬きながら、扇を使うのが、魂の底の炎を煽り立てようとするかのようだ。

芝公園の紅葉館の庭は緑が雨に洗われて、まばらな竹の葉に強い日光がきらめいていた。

名人が立ち上がった。扇子を握って、それがおのずから古武士の小刀をたずさえて行く姿だ。

名人の白扇が、氷水を乗せた黒塗りの盆に写って動く静かさ、観戦は私一人だ。

「つばめ、つばめ。」と言う声が、かすれて出ないので、はじめて名人は自分の体が常態に戻っていないことにきづいたかもしれぬ。老名人にはこのようなことがよくあった。名人が私になつかしい人となったのは、その時の姿などが私の心にしみたせいもあるだろう。

「私などはそんな相手の事よりも、碁そのものの三昧境に没入してしまう」

黒六十七に続いて黒六十九を強く打ちおろすと、
「雨か嵐か。」と言って、高い笑い声を立てた。

この碁に没入してからの名人は、もう現身を失ったように、大方世話人にまかせきりで、わがままの気振りもなかった。

名人の病が重ってからは、遊びの勝負事にも妖気がただよった。八月十日の対局の後にまで、名人がなお勝負事をせずにはいられないのは、地獄の人のようだ。

三百六十有一路に、天地自然や人生の理法をふくむという、その智慧の奥をひらいたのは、日本であった。

「へえ。実は、それまでに倒れるか倒れないかが心配で……。」
今まで倒れずに打てたのは、自分の「ぼんやり」のせいかもしれないと言った。

名人はその椿の花を立ち止まって眺めた。

地底からのし上がってくるような、息を殺しておいて叫びだすような、重苦しい印象があった。力が凝結してぶっつかり、自由な流露ではないようだった。

「えらいことをやられました。恐ろしい手を打たれました。どうも驚天動地らしいね。駄目をつめたもんだから、逆腕とられてしまって…。」
立ち合いの岩本六段も嘆くように言った。
「戦争とはこんなものなんでしょうね。」

「この碁もおしまいです。大竹さんの封じ手で、だめにしちゃった。せっかく描いている絵に、墨を塗ったようなものです。」と、小声だが、激しく言った。

名人はこの碁を芸術作品として作って来た。その感興が高潮して緊迫している時に、これを絵とするなら、いきなり墨を塗られた。碁も黒白お互いの打ち重ねに、創造の意図や構成もあり、音楽のように心の流れや調べもある。

いよいよ寄せにはいってからの棋士の緊張ぶりは、布石や中盤の時とはまた別である。ぴりぴりとした神経がきらめいて、乗り出した姿勢にも凄みが加わる。鋭い小太刀の渡り合いのように、呼吸がせわしく高まってくる。智慧の火の瞬きを見る思いだ。

こういう寄せを見ていると、敏い機械、鋭い数理が、素早く動くようで、しかも秩序整然とした美感がこころよい。

この碁のような大勝負では、終局近くなると、むごたらしくて見ていられないと、私は聞いていたが、名人は動じる色がなかった。態度だけでは、名人が負けとはわからない。

「名人は常に第二位の者、つまり自分の次に続く者だけは、全力を挙げて打つという主義だったそうです。」

「さびしそうだったね。まあっしかし、いつもそうだ。」
「お寒いのに、玄関まで送って出てらして…。」
「止せよ、もう…。いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ。」

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