どこどこどんでんがえし❗️
こちら、前菜の「あくせく」です。
こちら、スープの「ついつい」です。
こちら、魚料理の「びしばし」です。
キャサリンは「びしばし」を八つ裂きにしようとしたが、ジョセフィーヌにたしなめられて、そのまま齧り付くことにした。
「キャサリン、あなたに悪いお知らせがあるの」
「なあにジョセフィーヌ、私は最寄りのまいばすけっとが無くなると言われたって顔色を変えないわよ」
「キャサリン、あなたの人生にはどうやら、どんでんがえしが必要みたいよ」
「まあジョセフィーヌ、そんなことわかりきっているわ」
キャサリンは「びしばし」を半分まで齧ったところで、まどろっこしくなってしまって、全部口に放り投げた。
「キャサリン、そうじゃなくて、現実的に必要なの。創造主がね……どんでんがえしを作ろうとしているの」
「そんな、ジョセフィーヌ、創造主が?」
キャサリンは叫んで、あやうく口を拭いていたナプキンを落としかけた。
キャサリンもジョセフィーヌも、創造主の姿を見たことはない。いることだけは知っていた。
創造主は7日間かけてゴミレポを生成された。本当にゴミだった。引用元が明記されていないせいでどこもかしこも剽窃だらけ。お飾り程度で最後に付された参考文献一覧には無造作にWikipediaのリンクが貼られている。新規性なんてあるはずもなく、ただ課題文献を粗雑にまとめただけ。極めつけには特大の誤謬が二つもあった。それが、キャサリンとジョセフィーヌだった。
「……」
「……」
「最近、顔のコンディションが悪いの。目が小さいのよ」
「浮腫んでいるのよ。ワインを飲んだのでしょう」
「違うわ、水分が足りていないの。単純に。わかるでしょう」
「もう逃げも隠れもできないのよ。水分なんて。瑣末だわ」
どうも、キャサリンもジョセフィーヌも、ぎこちのない会話になった。
こちら、肉料理の「まだまだ」です。
そっと一切れ口に運んで、あ、これ、鹿だ。
鹿というと、アルテミス。この世には見てはいけないものがある。その一つに処女神の沐浴がある。
「ねえ、どんでんがえしって、つまり……」
キャサリンは耐えきれず訊ねた。鹿の肉は臭い。だから、夏に訪れる御嶽山のお茶屋では、鹿肉は全部カレーライスに入れていた。カレーに入れれば、なんだってわからない。カレー、ごちゃまぜの表象、だから要するに、die Welt geht unter.
「落ち着いて、キャサリン。いい?深呼吸するのよ。そうして思い出して。人生のことを、ようく。そうして、最も伏線に近いものを引っ張り出して。あなたができることはそれくらい。創造主にいっぱい食わせたいなら、どんでんがえしがどんでんがえしにならないような、自分の人生のプロフェッショナルになるのよ。要するに考察厨になるの。
ねえ、キャサリン、あなたの作者って誰だと思う?もちろん創造主よね。でも、あなたの人生におけるテクストってどれのことかしら?作者の、創造主の意図が排された、全くもって誰でも使える、公共の、つまり公園のトイレみたいな、公園のトイレみたいに汚物に塗れた、でもだからこそ自由な、自由だからこそ蹂躙された、蹂躙されたからこそ貴重な、貴重だからこそ破壊された、破壊されたからこそ愛された、愛されたからこそ噛み砕かれた、噛み砕かれたからこそ飲み込まれた、飲み込まれたからこそ消化された、そういう部分はどこにあるの?わかる?キャサリン。あなたのそういう場所はね、
誰かに食べられる運命にあるの。
あなたはドルチェ。このフルコースの最後。
誰に食べられるかって?それはね、キャサリン、あなたが寄生し、あなたが寄生されている、全ての他者、あなたが友とも敵とも思わなかった、全ての他者よ。
早く見つけて。あなたの、誰にも委ねられていない部分。答えが一意に定まらない部分」
キャサリンは病院にいた。
キャサリンは交番にいた。
キャサリンはジャングルジムにいた。
キャサリンは窓際にいた。
キャサリンはアンコール・ワットにいた。
キャサリンはラブホテルにいた。
キャサリンは火葬場にいた。
見つけて。あなたの伏線。創造主の手に届かないもの。
キャサリンは考えた。
ジョセフィーヌったら、ひどいわ。創造主の手に届かないものなんて、あるわけない。こんなの、竹取物語よ。無理難題を押しつけるのは、礼儀の一つなんだわ。作法なんだわ。生まれた頃から一緒なのに、ジョセフィーヌったら、私に作法を使ったんだわ。
でも、待って。ジョセフィーヌは、「私」ではなく「私の人生」と言ったわね。「私」そのものは創造主が作者かもしれないけれど、「私の人生」と言われたら、どうなのかしら。
見つけて。早く。
例えば、あなたが今日一日を振り返った中で、最も瑣末だと思える偶然は何?
電車で隣の席に座っていた人のスマホケースがあなたのと同じ色のiFaceだったこと?
このレストランで出迎えてくれたウェイターがあなたの昔の恋人に似ていたこと?
そもそもあなたが今この瞬間ここにいること?
じゃあその偶然を作ったのは誰?
創造主?あなた?国?文化?世界?星?それとも宇宙の果てから地球を少しずつ糸で引っ張る、黒くて、大きな、大きな、大きな、かぶ?※
※かぶを引っ張る時、かぶもまた我々を引っ張っているのだ。
見つけて。早く。どこ?どこ?
要は、組み合わせ。可能世界。意味論的な自己。無作為に取り出された私のパターン。経験的偶然。形而上的偶然。要するに大きなかぶ。
私は、いつからこんなに、危なっかしい存在になったの?
全ての偶然のせい。無作為にジェンガを積み上げて、その頂上が、私。今にも、崩れ落ちそう。
創造主から、いえ、大きなかぶから、ずっと脅しをかけられているのよ。
ここを引き抜いたら本当に崩れてしまうという、そういうジェンガを今にも引き抜こうとする、そういう脅しを。
どこ?どこ?どこ?どこ?
だめ。だめ。触らせない。
それが運命だなんて思わない。
どんでんがえしなんて絶対に、あいつらには、作らせない。
私の致命的なジェンガも、私のテクストも、明け渡さない。
私のドルチェになってしまう部分も、名前も知らない他者が食べてしまうような、そんなところに放置しない。
食べてもらうとしたら、ジェセフィーヌ、あなたに。
あなただけに。あなたこそに。
それなら私、全部美しかったって言えるわ。全部綺麗だったって。創造主や大きなかぶのことも、全部全部、許せるわ。
見えてきた、私の最大の伏線。人生をかけて増幅してきた、最高傑作の偶然。
こちら、ドルチェの「ばいばい」です。
ジョセフィーヌは一口でそれを食べた。
甘いわね、と言った。