寄せ鍋

テクストに混乱が見られる。 大意を汲んで訳す。

寄せ鍋

テクストに混乱が見られる。 大意を汲んで訳す。

最近の記事

  • 固定された記事

Donne moi ton enfance

夏になると、暑さに呆然とするたびに、壊れたテレビで起きるゴースト現象のような、自分の感覚が二重になるような気分の悪さに陥る。これが年々増すので、夏のことを年々嫌いになっていった。 哲学は Qu'est ce que そこにからまった紐があれば、解かなければならない 詩は Il y a そこにからまった紐があれば、それがあることを描くだけでいい 先生がそう言った時、私の片方の感覚は自分から何歩も離れて、教室の片隅で空を見ていた。 お腹が空いた時のような、心の安寧に波風こそ立

    • 無花果の乳をすすり

      無花果が食べたい、と思うとき、自分の心にうっすらと影を落とす満たされなさに気づいて、気まずくなる。目の前にいる人にそれを悟られないよう、そっと無花果の葉で隠す。 無花果が食べたい。それは存在の誇示として。無花果を食べると、身体の輪郭がなぞられる気がして、好きだ。とろみのある果汁がしっとり喉を濡らしていくと、生きている、ここに命があるある、しっかりここにある。 無花果の中にある赤いつぶつぶが花だという。舌で花をなぞると、ミツバチになった気分だ。無花果の柔らかさを、時々奇妙に

      • 髪の毛を食べる

        雨ばかり降る季節がある。それだけで愛おしい。 教室を見渡し、両手を広げてみて、座っている人々の後ろ姿が両腕の範囲内にすっぽりと入り込むこと。支配の感覚。それだけで心踊ってしまうような少年がいたとして、そういう少年の心にも、雨ばかり降る季節がある。もう一度言うけれど、それだけで。 髪を伸ばそう。暑くて暑くて耐えきれず自分で切ってしまうまで。Noch einmal. 私はもう一度生きなくてはならない。死んでも良いと思ったその次の日から。 赤ワインをぶちまけた彼女は、目がうつ

        • キュクロプス

          部屋に入って、最初に目が合うのが、キュクロプス。 あどけない一つ目の巨人が、いつも私を見つめている。ルドンのキュクロプス。ぼんやりした風景にのっそり現れた異形が、優しく私を出迎える。 ある日、部屋に入ったら、キュクロプスの絵が落っこちていて、額縁が破損して、絵が飛び出ていた。 あの人の家へめがけて、すぐに糸電話を投げた。 もしもし?大丈夫?何も起きていない?生きているのね?怪我もしていない?今どこにいるの?昨日は誰といた?お昼は何を食べた?恋はしてる?相手は私? キュク

        • 固定された記事

        Donne moi ton enfance

          乾かすよデコポン

          ドライフルーツを作ろうとした。換気扇をつけ忘れたので、家中がデコポンになる。 明日、じゃなくて、あたし、そういえば右利きだった。と言って左手から箸を持ち替えたとき、AくんもBちゃんもCも静まり返って、Dは鼻を鳴らした。Eは「両利きではないの?」と言った。FはEに対して鼻を鳴らした。 問題。A~F+あたしの中で、人狼は誰でしょう? 目が合わない。大勢で話すと、いつも目が合わない。話している人は、いつも他の人と目を合わせていて、私が話している時でも、いつも他の人の反応を見てい

          乾かすよデコポン

          ……のためのぶよぶよとした前奏曲

          全身麻酔の夢から覚めると、喉が痛かった。 膝よりも喉が、断然痛い。痰が絡まってしゃがれ声になっている。 目覚めたのはおそらく午後一時半くらいで、恐ろしく眩しい窓だったので、夏が来たと思った。鼻には呼吸器が差し込まれ、手の甲には点滴の針、背中には硬膜外麻酔の釣り糸が入りっぱなし、下半身には尿道カテーテル。 管人間である。 右膝の前十字靭帯を全層断裂した。 靭帯は骨と違って、切れたら切れっぱなし。だからくっつけるには手術しかない。手術自体は3時間程度ですぐに終わったようで、麻

          ……のためのぶよぶよとした前奏曲

          どこどこどんでんがえし❗️

          こちら、前菜の「あくせく」です。 こちら、スープの「ついつい」です。 こちら、魚料理の「びしばし」です。 キャサリンは「びしばし」を八つ裂きにしようとしたが、ジョセフィーヌにたしなめられて、そのまま齧り付くことにした。 「キャサリン、あなたに悪いお知らせがあるの」 「なあにジョセフィーヌ、私は最寄りのまいばすけっとが無くなると言われたって顔色を変えないわよ」 「キャサリン、あなたの人生にはどうやら、どんでんがえしが必要みたいよ」 「まあジョセフィーヌ、そんなことわかりきっ

          どこどこどんでんがえし❗️

          傘はささない

          傘をささない癖がついて暫く経つ。雨に濡れる自分が好きだから傘をささない。5年前の私へ。あなたは、どちらかというと痛々しい方へ成長します。 濡れ鼠は窮しても猫を噛まずに腹を見せる。 諦念の仕草が年々上手くなっていくのだから。ワイングラスを回したり、ビリヤードのバックハンドと同じようなもの。首にぶら下がっているフェイクダイヤが眩しい、とっとと怪盗に奪われればいいのに。 爆発する日を心待ちにしているのだから、黙っているし、皿も洗う。私は洗濯物を干し、洗濯物を畳み、洗濯物をしまう

          傘はささない

          蜘蛛と驢馬

          【1】 私にはフレデリックがいる。 ノッティンガムでキリンの惨殺死体を見た日から、フレデリックは窓にいた。 初めてこの部屋に入った時、私は宇宙船に乗り込んだような息苦しさで思わず深呼吸した。 スーツケースを解いて、服と味噌汁と羊羹を出して、タオルをあの棚に、ドライヤーをこの引き出しに、ドーハの空港で買ったアラビアンなティーカップは窓辺に、既読無視したままのグループラインはカーテンレールに、Meal DealでついてきたいらないSnackのNik Naksはベッドの下に、据

          蜘蛛と驢馬

          あの娘にアタック

          Billy JoelのTell her about itを聴きながら、自分の過去の日記を遡るのが、SHEの最近の趣味だ。 暇をコーヒーフィルターにふりかけて熱湯を流し込んで、しみ出たものをウィルキンソンのトニックウォーターで割っても足りず、ステアではなくシェイクで適当にウォッカを混ぜて、ヒマジン・マティーニの完成……というholy shitの典型例みたいな水たまりを啜りながら。 ♪Listen boy Don't want to see you let a good thi

          あの娘にアタック

          煌めけ!ファム・ファタール☆プリキュア

          「足のお加減はいかがですか?」 ドクターが訊ねた。 「今ならロコモアのCMにも出られそう、ってところね。フフフ……」 クランケは伊藤潤二の富江に似せて笑った。数いるファム・ファタールの中でも、富江は彼女の好みだ。けれど、彼女が誰かのファム・ファタールになれる日など、来るのだろうか? 「何をして過ごしているんですかね」 「お香を炊いているわ。祖父が送ってくれた、『日光の香りのお香』よ。ねえ、『日光の香り』っておひさまの香りってこと?それとも東照宮の匂い?前者だと思って火

          煌めけ!ファム・ファタール☆プリキュア

          真っ二つになったとんすいへ

          居酒屋の厨房は濡れている。だからいつでもSingin' In the Rainである。 愛、真。義、淫、戯れ。 愛、真。義、淫、戯れ。 単純作業は走馬灯を呼ぶ。という故事成語を習ったのは小学校5年生の時だった。 秦の始皇帝の時代、家来の皿洗い担当がその仕事中に、大きな牙を5本持って、金の蹄を鳴らしながら、長江を行く船よりも速く駆けていく馬に跨って、小麦の草原を往来する幻影を見た。そこで、君はこう言いなさったのだ。「単調なる黙々たる作業、これ、走馬灯を呼ぶなり」。 私も馬に

          真っ二つになったとんすいへ

          けちゃっぷ先輩

          「人の言う正義とは、バターのことだ」 けちゃっぷ先輩が言うことはいつも正しい。 バター。香り高き油脂。オムライスも、ナポリタンも、バターを使うだけでお店の味。ということは、この世の有象無象もバターで炒めてあげれば、お店の味になるかもしれませんね。 「その通り。だから僕は、この世をバターで炒めてあげる、救世主にならないといけないのさ。世界を丸ごと、お店の味にしてやる」 けちゃっぷ先輩がそう言うなら、そうなんだろう。そんな重役を担ってしまって、けちゃっぷ先輩は可哀想だ。 け

          けちゃっぷ先輩

          コードに引っかかってコケる

          頭の花はとうに枯れていた。 それでも顔を出さなきゃいけない会というものが、この世にはコンビニの数だけ存在する。 しなしな歩きながら、しなしな人の輪に入る。 誰そ。 会わずしてその歳月伍年ナリ。 UWA! Meccha Kawaiku Nattanee! おっと、かつてそこそこに仲良くしていたあの子、舌に金属を嵌め込んでいるぢゃないか。随分頼もしくなったものだ。 へい旦那!ジャン負けでジン一気でゴンス! くっくっく、主も悪よのう、 さいしょはぐっじゃんけんぽいっ 頭の花

          コードに引っかかってコケる

          かわいそうな年末年始

          12月31日、朝起きると、一週間延滞していたサンタクロースからのプレゼントが枕元にあった。 袋を開けると中身はFreddie MercuryがThe Great PretenderのMVで着ている白いスーツで、私は歓喜に咽びながらスーツを身につけ、その足で近所の八王子神社へ行った。 除夜の鐘が置いてあったので、蹴っ飛ばす。 神主に怒られた。 「今鳴らすな。昼間に鳴らしても意味ないんだ」 私は怒られたついでに、来年の運気まで呪われた。 「来年のどこかで、この世の全ての受動態が

          かわいそうな年末年始

          山田本気うどんにて

          ピアノのレッスンが二子玉川であるので、今日は渋谷でぱっと食べてさっと移動する日だ。 カレーうどんが食べたかったので山田本気うどんに行く。カウンターの隅の方に座ると、私と同タイミングで入店したスタイルの良い女性が私の隣に座った。 女性はブラックコーデで、バケハを目深にかぶり黒いマスクをしている。足が長い。 私が牛すじカレーうどんを注文したあとすぐに、彼女も明太クリームうどんを頼んだ。ハワイの火山が白くなったみたいな、一番有名なあれだ。 彼女は注文する時、日本語がわからなくて

          山田本気うどんにて