¬ PERFECT World 7話
6話
7話
ナユリは一見、通常通りの日々を過ごしていた。
ナユリは、いつからか誰に対しても“フリ”が出来る子だった。
父や兄が血のつながった家族ではないということは見た目にも明らかだったし、自分がこの村にいる以前の記憶がないのも自分の存在の不確かさを煽っているのではないだろうか。
でもそれらを気にしていないフリをしている。
育ての父と兄に気を使わず使わせず、明るく無邪気な子供に育っているフリ。
それが、彼女の考えた精一杯の恩返しなのだろう。
僕がナユリのそんな性格に気づいたのは、ずっとナユリを助けていたからだ。
この村に来た異邦人にいじめられる度「大丈夫」と向けてくる笑顔に、僕は次第に違和感を覚えていった。
ケンは他人の感情に鈍感だからな。いじめられて泣いて帰って来たことがない、なんて、ナユリの人生ではあり得ないなんて考えないのだろうか。
気づいた僕も、ナユリにどう話していいのか迷っていたんだ。ナユリが、あまりにも必死だったから。
でも、今は・・・今こそ伝えるべきなんだ。
ルーシアがタイチの部屋にこもり、ケンはそれをイライラしながら見守っている。
村長は重役会議だそうだ。僕の父親も出席している。村一番の洋服店の留守番を頼まれたけれど、今日は店の手伝いをする気にはなれなかった。
おそらく、ケンの父親は村長の座を降りるだろう。そうなれば、ナユリの立場が危ない。いくら平等主義の教育をしていたって、見た目にはっきりと分かるナユリの種族だけは、少し浮きがちなのだから。
「ナユリ、ちょっと外歩こう」
一人行き場のないナユリを、僕は誘った。
「トーマ。でも・・・」
「大丈夫。小さい丘の方へ行こう。あっちなら・・・見えないから、まだ落ち着けるだろう。・・・いいか?」
ナユリに手を差し出す。ナユリは頷いて僕の手を握った。
エスコートするのは初めてではないのに、少しドキドキする。思えば、過剰な演技なしに心を開くのは久々だ。・・・僕も、フリをしている。だから、ナユリの気持ちが分かる。
雑木林の見える丘へ行く道とは違う道を歩く。池は大きい丘に遮られているので、こっちからは雑木林も見えない。
小さい丘の頂上には一本の大きい木が立っている。
その木を目指して僕たちは歩いた。
「今日ね、パン屋のおじさんが朝寝坊しちゃったんだって。いつも食べてるパンがなかったから、今日は新しいメニューに挑戦しちゃった」
他愛もない話ばかりしている。
今までならそんな話に乗ってあげられたんだけど、今はそれをしちゃいけない。
僕が話に乗らないものだから、ナユリも段々無口になっていった。
頂上まであとちょっとの時、僕は自分から招いた沈黙に耐えられなくなって口を開いた。
「・・・ナユリ、無理しなくていいんだ」
ナユリの手が少し震えた。
「俺は、分かってるよ。いつもナユリ、自分の気持ちを押し隠してるよな。・・・辛けりゃ、辛いって言えばいいんだ。今更皆に言えないってんなら、俺に言ってくれればいい。・・・あの家に、いたいか?息苦しくない訳ないだろう。姉ちゃんの部屋空いてるから、俺ん家住んでもいいんだ」
「トーマには彼女さんがいるでしょ。私なんかがいたら、迷惑だよ」
うつむいてナユリが答えた。
えっと、精一杯の出だしだったんだけど・・・
そこから、先だったかな。
頭を軽くかいた僕は、ひとつ咳払いをして話し始めた。
「彼女とは別れたよ。別れて大分経つんだけど・・・俺からお別れしたんだ。ちゃんと、気になる人がいるからって。俺、普段はチャラチャラしてるけど、大切にしたい人の事は真剣に考えるよ。・・・話してくれないか?ナユリを、一人で苦しませたくないんだ」
ナユリは僕の手を振りほどいて、丘の頂上まで走って行ってしまった。頂上にある木まで来ると、立ち止まって幹に顔をつけた。
僕も走り寄って行って、ナユリの肩にそっと手を置いた。
「やめて!!」
ナユリが僕の手をふり払う。僕はどうすればいいのか分からず、ナユリの名前を呼んだ。
「優しい事言わないで。私の事妹みたいにしか思ってないんでしょう?思わせぶりな事言わないで。私の事解ってるような事言わないでよ。心の中に、入って来ないで。私は一人でも大丈夫だから。お父さんやお兄ちゃんに頼らなくても生きて行けるから。・・・生きて行かなくちゃいけないから」
幹に顔を付けたままナユリが叫んだ。
痛々しい。
「一人でなんか、生きて行けないよ。誰だってそうだ。俺には遠慮しなくていいんだ。俺はナユリの家族じゃない。話してよ。ね?話すだけでも、心の負担って軽くなるんだ」
僕がそう言った直後だった。
僕に駆け寄ってきて、僕の胸に顔を埋めた。泣いている。
ひとしきり泣いた後、体を震わせながらナユリが話し始めた。
「タイチの事がずっと怖かった。最初に会った時からずっと睨まれていたし、私が怖がるのも当然だとお兄ちゃんは言ってたけど。
・・・あの日、雑木林から出てきたタイチとすれ違った時。黒い服なのに、血がついてる様に見えたの。幻覚だと思ったんだけど、雑木林に何の用があったのかも気になって・・・行ってしまった」
ナユリは確かめる様に一言一言噛みしめて話している。
「・・・私ね、生まれた村の風景も、両親の顔も覚えてないのよ。時々夢に出てきて懐かしい気持ちにはなるけど、ただそれだけ。それだけだと、思っていたの。シオンのあんな姿を見て、あの悪夢を思い出すまでは・・・」
恐怖が、彼女を包みだす。
僕は励ますように、ナユリを抱きしめた。
「シオンと、同じ殺され方。お父さんも、お母さんも、まだ赤ちゃんだった弟も・・・最後に首を折られるの。私が助かったのは、タイチに襲い掛かろうとした人に気を取られたから。・・・外へ逃げたら、村は炎に包まれていて、あちこちで人形の様な死体が転がってて・・・そんな悪夢を、あいつが生み出したのよ」
人の焼ける臭い。木材の焼ける臭い。
4歳の女の子が走っている。
『お父さん・・・お母さん・・・助けて・・・熱いよ・・・』
言葉に出来ないまま走って走って、躓いて転んだ、その時だった。
「お嬢ちゃん、こっちへおいで」
右半身を焼かれた男が手招きした。誘われるまま、女の子は走る。
ここまでの道のりで、彼女の人間に対する認識はズレ始めていた。
「いいかい。何があってもここを動いちゃいけないよ。今、別の村に助けを求めたから。自分から、動いちゃいけない。いいね」
地下室へと招かれると、男はそう言い残し地下室の扉を外から閉めた。
おとこのひとはどうなるんだろう
そんな幼いナユリの疑問に答える者もいない部屋。
外の臭いも音も遠ざかったのを認識した途端、緊張の糸が切れた様にナユリは気を失った。
「私たちの種族は狙われることもあるから、避難の為の準備がしてある。あの村は・・・ここに近かったから、ヘリではなく地下室だった訳だけど。けど、あまりの凄惨さに逃げ出す事も出来なかったのよ、皆。・・・その後、地下室で気絶している私が見つかったの」
ナユリの話す言葉に、背筋が凍りつく。かけられる言葉なんて、見つかるはずもなかった。僕がこの村で暮らしていく限り、ナユリの苦しみを救えない。正直そう思った。
「だけど、この悪夢で苦しんでいる訳ではないの」
沈黙の後ナユリがつぶやく。
僕は本心を探ろうとナユリの顔を見る。
ナユリは僕の体に回していた腕をほどき、自分の手を、じっと見つめた。
「記憶が戻った今となっては、あれは何度も夢に見た風景だったし腑に落ちたという方が正しいわ。この村での10年が傷を癒してくれたのね。
・・・苦しいのは、あの感触。熱に浮かされていたとはいえ、私は、人を刺してしまったのよ。家の中でなんて口に出来ないし、考えない様にするなんて出来ない。・・・苦しくて。あの感触がまだ残ってて・・・」
感情があふれだす。
ナユリがここまで他人に感情を見せるのは初めてだろう。
誰も、ナユリを罪に問えない。
きっとタイチはこの村から出て行く。そして帝国軍の恐怖から逃れる為『Atype24という全く関係ないパーフェクトに襲われた村』として皆が演じる事になるだろう。
その時ナユリは襲われたが、返り討ちに遭わせた勇敢な女の子として扱われるに違いない。その筋書きが一番皆が生きられる方法だからだ。
だけど、ナユリの中の罪は消えない。
背負えるだろうか?罪も、過去も、僕に。
「ナユリは人を殺した訳じゃない。そこはちゃんと覚えてて。・・・人を、傷つけてしまったのは悔いる事だと思う。でもそれに縛られていたら、生きる事なんて出来ないよ。僕はナユリに生きてて欲しい」
「トーマは、トーマは怖くないの?私、自分の中にあんな醜い部分があるなんて・・・私を、嫌いにならないの?」
まだ涙を溢れさせている目で僕を見る。
不謹慎だと自分でも思うが、正直、抱きしめたい程、かわいい。
「そんなカワイイ顔で見つめられて、嫌いになれる訳ないだろう?・・・いや、真剣だよ、俺は。大体、寝込むまで重症になったのはあの兄さんが動き回るからだよ」
ナユリの手が離れる。
ナユリは涙を拭いて僕に笑いかけた。
「優しいね、トーマ。ずっと、小さい頃から私をかばってくれたね。助けてくれたね。
大丈夫、私は弱くないよ。・・・学校卒業したら、この村を出ようと思ってる。いつまでも、皆に迷惑かけられない。知ってるもの。
お父さんが呪われた種族を拾った変わり者だって言われてる事。・・・お父さんが村長じゃなくなったら、お父さんの肩身が増々狭くなるわ。だから私、皆に迷惑かけてられない」
「迷惑じゃないよ!」
思わず叫んでしまった。
ナユリの驚いた顔。
言いたい言葉が、止まらない。
「迷惑だなんて思ってないよ。村長だって、自分の地位だけを考えてたらナユリをここまで育てなかったよ。大体そんな事、子供が考えなくていいんだよ。・・・まだ、子供なんだよ、ナユリ。ナユリは、自分だけ先に考えて、人に意見をぶつけずに一人で行動するんだ。そんなの・・・そんなの、寂しいよ。もっと頼っていいんだよ。ナユリを守りたい人はいっぱいいるんだから。ナユリだって、守りたい人がいるだろう?僕だって、ナユリを守りたいよ」
「ありがとう」
泣きそうな声。
と思った次の瞬間、また僕に抱きついてきた。
僕を見上げた顔は、笑顔だった。
「ありがとう」
その笑顔に吸い込まれながら、僕は気取って言った。
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの日、初めてしゃべったと思うくらい、いっぱいいろんな事をトーマと話した。
その次の日も、次の日も・・・
いつも、当たり障りのない雑談ばかり話していたから、きちんと私の事を話していたこの数日、すごく疲れた。
けれどそれは、今で感じたことのない心地いい疲れだった。・・・まだお兄ちゃんやお父さんには出来ないけど。
私の考えてる事を、知ってくれている人がいるというのはこんなに心強いものなのかと思う。
今日もいっぱいトーマと話して家に帰ると、ルーシアさんが家から飛び出して来た所だった。胸の中に不安が渦巻く。
「ルーシアさん」
不安な私の表情に気づいたのか、ルーシアさんは笑顔で私に話しかけた。
「ナユリ。・・・大丈夫。タイチはもう村を出て行ったよ。あの傷で砂漠越えはキツイかもしれないけどね」
そこまで言うと、表情を曇らせてしまった。
この1ヶ月で、こういうわかりやすい所、お兄ちゃんに似てきたかもしれない。
「ナユリ。辛かったら私に話して。・・・まだ時間はあるから」
「大丈夫です。・・・トーマに、今、叱られてきた所なんです、私。自分の事を話せるようになったのはいいけど、俺の話も聞いてくれって」
舌を出して、おどけて伝える。
ルーシアさんは安心した表情で私に微笑みかけた。
「そうか、トーマが・・・付き合うの?」
「もう、ルーシアさん!・・・そういう所、本当にこの1ヶ月で軽くなりましたよね。・・・?『まだ時間がある』って、どういう事ですか?」
再び顔を曇らせてしまった。
「今日の便で、行っちゃうんですね?」
頷いたルーシアさんは、意を決したように私を見る。
「ナユリは、パーフェクトが嫌いか?」
真っ直ぐな瞳。こういう所、本当にお兄ちゃんとそっくりだと思う。・・・
いろいろ抜きにしたら、本当にお似合いの二人だと思うんだけどなぁ。
「パーフェクトの全てが嫌い、とは思いませんよ。私はルーシアさんの事が大好きです」
本当に、本心からの言葉。
「私のことはー?」
後ろから抱きつかれて、思わず叫んでしまった。
ハルさんが私に頬ずりする。
「この十日程ムードメーカーしてあげたじゃーん。私の事褒めてよー」
確かに、ルーシアさんはタイチの部屋にほぼ篭り、お兄ちゃんがそれを見て苛つき、お父さんは力が抜けたような日々の中、ハルさんの明るさは助かったところもある。
「そっか・・・また私、自分の事ばっかり・・・」
「いやいや、そこ落ち込む所じゃないってば」
本当に、この二人はいいコンビなんだなと思う。私もこんな友達が欲しいな。
“欲しい”と思うのも、初めてかもしれない。
「ハルさん、重いです・・・ハルさんの事も大好きですよ。青色のショートカットなんで、最初はどんな変な人かと思いましたけど」
「だって、こんな髪にしとけば“まともじゃない”って分かるじゃん。パーフェクトだって知ったら“ああ、やっぱり”って思われるだけで済むし」
この人も何気に傷ついているんだなぁと、こういう所で分かる。
周りを気にしてない風に見えて、ルーシアさんと同じくらいに周りを気遣う。
さらにその方法も上手いから、好きだ。
「あ、ハルさん、準備万端ですね。スニーカー履いてますよ?」
トレードマークのハイヒールを履いていなかった。
「あぁ、ヘリで移動した後、さらに砂漠越えするからね。・・・ルー、今日の最終便で行くよ。いいね?」
「・・・分かった。確かに、今日でぎりぎりだものね。・・・サニーとシオンの家族の事だけが、心残りなんだけど・・・」
「ルー一人でなんでも解決しようと思わない。・・・私たちが慰めても、無意味だわ。第一、今は私たちに会える状態じゃないわ」
その言葉に、私だったら慰められるだろうかと考える。
多分、無理だろう。
今はもう、遠い夢の様な記憶になってしまっている。
どうやって前を向けるのかも、参考にならない。
「ルーシアさん、ハルさん。二人にお願いがあるんです」
私は話題を変える様に、二人に話しかけた。
「私・・・いつかは、【生き出づる村】へ行きたいんです。・・・良さそうな村があったら、教えてもらえませんか?」
【生き出づる村】 パーフェクトに二つ名があるように、呪われた種族にも二つ名が・・・というか、自分たちの事を呪われていると言いたくないだけなんだけれど。
生き出づる人 生き返った人。
大戦争で一度死んで、生き返ったのだと。だから、今の環境に少しだけ耐えられるんだ、と。そういう考えがあるらしい。
「やっぱり、私のルーツなんだから知っておきたいです。・・・そっちで暮らす。っていう可能性も色々考えたいんで」
「・・・そうね。ナユリは、いろんな可能性を考えてみてもいいと思う。分かった。手紙送るよ。さぁ、ハル。私の準備もしなくちゃ。二時の便まであまり時間がない」
もうお昼の12時を過ぎている。元々、私もお昼ご飯を食べに来たんだった。
「そういや、お兄ちゃんは?」
何気につぶやいた言葉が、またもルーシアさんの顔を曇らせてしまった。
それだけで、なんとなく分かる・・・
「ケンに、お別れを言って来たんだ。・・・ナユリ、かき回すだけかき回して・・・私は、何のフォローも出来ない・・・」
「ハルさんも言ってたでしょ?一人でなんでも解決しようと思わないで下さい。私は、大丈夫です。トーマがいてくれるから」
二人に見送りに行く事を伝え、家へと帰った。やはり、食卓にはお兄ちゃんの姿はなかった。
あちこし探し回って、一番最後にしていたタイチの寝ていた部屋の様子を伺う。
ベットに顔を埋めている、お兄ちゃんの姿があった。
気づかれないうちにそっと部屋を出て、考える。お兄ちゃんを奮い立たせる方法、ルーシアさんにこの村に戻ってきてもらう方法。
お兄ちゃんのバカ正直に対して、ルーシアさんは好意的だ。
正直、こんな特殊な女の人はいないと思う。
まだ子供だけど、簡単なお付き合いなら実はお兄ちゃんは何回かしている。村長の息子という立場だからホイホイ来るんだろうけど・・・言い寄られて始まって、振られて終わるのだ。
お兄ちゃんはその度に「どこが悪かったんだろう」って顔してるけど、説明しても分からないだろう。
私は今まで自分を誤魔化して生きてきたから、なんとなくわかる。人と人とのお付き合いには“嘘やごまかし”も必要なんだ。
ルーシアさんは、それが分かっていながら真っ直ぐでいようとしているみたい。だから、お兄ちゃんの事も理解できるんじゃないかな。
本当に、いろいろ抜きにして二人をくっつけたい。二人がさっと一緒になれないかな。
ふと、お父さんの部屋にかかっているワンピースに目が留まった。お父さん共々、私を実の子の様に可愛がってくれたお母さん。
ひょっとすると、お父さんはお母さんの慰めの為にも私を引き取ったのかもしれない。
そのお母さんも、4年前に亡くなってしまったけど・・・お母さんがいたら、タイチはあんなに暴走しなかったんだろうか。
タイチの事も、シオンやサニーに関しては憎いと思うけど、お父さんの意気消沈ぶりを見てると憎み切れない部分もある。
というか、お父さんがちゃんとタイチと向き合っていればと、お父さんを責めたい気持ちの方が強い。
ワンピースをじっと見ながらつれづれと考える。ふと、ある案を思いついた。
そうか、その手があったのか。
ひらめいた私は、急いでトーマの店に向かった。
8話(完)へつづく
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