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地方銀行指導部〜田舎エリートたちの選民意識〜第四話


ー 真意

銀行のPCは基本的に許可されたデバイスしか接続できない。
もし、それ以外のデバイスを接続してしまうと、直ちに管理部署が感知し、当人および所属部店のセキュリティー責任者へ連絡が入り、厳重注意および顛末書の提出が言い渡される。
もちろん、情報漏洩やサイバー攻撃を未然に防ぐための措置である。

二〇時退行になったとは言え、仕事量が減ったわけではない。しかし、今日は夜の勉強会などはなく、全員が帰り支度を始めている。
いったいどのように仕事をこなしているのか。

見て盗め、かな。
帰り支度をしながら、周りの様子を盗み見る。
するとラガーマンがいそいそとカバンから何かを取り出し、執務室の隅に設置してあるPCへ近づくと、電源を入れた。
帰り際に何をするのかと思いきや、彼はポケットから取り出したUSBメモリをあろうことか、そのPCへ差し込んだのだ。
目を疑った。

しかし、セキュリティー管理部から電話が入る様子もなければ、周りも特に気にする様子もない。
ラガーマンは一通り操作を終えると、USBを抜き取り、PCの電源を落とす。
すると、今度は例の彼がPCへ近づき、同じように作業を行う。
その慣れた手つきは、一連の動作がここではずっと当たり前に行われていることを示すものだった。

・・あのPCのみ、任意のデバイスの使用が認められているのか。
そして、自宅で作業の続きを行うわけだ。

こご”指導部”は長年、自宅への仕事の持ち帰りが横行しているのだろう。
なにより、銀行がそれを認めているからこその接続フリーのPCだ。

この部署にきての三日間。
ここが如何に私がいた世界から隔絶されており、特別扱いされているのかを思い知らされる出来事の連続だ。

特別扱いは自尊心の肥大化、歪んだエリート意識を育むことに一役買っているのだろう。

またも、私はひとり取り残された気分になった。

帰路、迷った末に、家電量販店に立ち寄った私は、大容量のUSBメモリを購入した。


ホワイトボードに今日の議題を書き込む。
とうとう、この日がやってきた。
四六時中、会議のことを考え、練りに練ったつもりだ。
過去にとらわれず、若手行員に何を伝える研修にするのか。
先の見えない、金融業界のなかでも、パイの奪い合いに終始する地方銀行が生き残っていくために必要な人材を育成する。

必死に考え、脳に汗をかいたつもりだ。月曜会の光景が何度も頭をよぎったが、自分に言い聞かせる。自信をもってプレゼンしよう。

定刻となり、ぞくぞくと会議室にメンバーが集まってくる。
緊張感が高まる。

「では、私からお話させていただきます。」
一気に、研修タイトル、研修に込めた思い、内容、スケジュール、役割分担および予算について話す。

話し終えて、周りを見渡す。全員、うつむき加減で資料を見ているようだ。

一呼吸おいて、先輩に目をやる。
先輩は一瞬申し訳なさそうな顔をして話し出した。
「まず、今回のタイトルだけど、”次世代金融リーダー育成”だよね。次世代金融って具体的になにを指すの?」

拍子抜けする質問だ。すでに、話した内容を再度、口にする。
「先ほど申し上げた通りで、我々が入行した時代に叩き込まれた知識やスキルにプラスしてデジタルスキルや、イノベーション推進能力、多様化する金融商品知識、データ分析と活用の実践などを駆使した新しい金融業界の姿だと考えています。」

「銀行といっても貸金だけでは生き残っていけないことは、皆さんもご承知の通りだと思います。我々が若手と呼ばれていた時代とは違う、まさしく次世代。そして、選ばれた彼らはリーダーとなる心構えを持ってほしい。そういう想いで、このタイトルにしました。」

先輩は、自分の役割は果たした、といった安堵感を漂わせ、わかったと一言発し黙った。

「では、次、お願いします。」
あと六名だ。

「この研修だけどさ。過去の資料は見たの?」
例の彼が私を見据えて言う。

「はい。五年前までは。」

「じゃあ、五年前のタイトルはなんだったの?」

いったい何を聞くのかと思えば。
「”二年目選抜研修~将来を担う人財として”ですが。」

ふん、と鼻を鳴らし、例の彼は質問を続ける。
「なんでこのタイトルになったのか。そこは理解しているわけ?」

質問を頭の中で反芻する。なぜ五年前はこのタイトルになったのか、だと。

一瞬戸惑ったが、間髪入れずに答える。
「なぜ、ですか。ちょうど五年前に二年目行員を対象とする研修に変わりました。理由は現場に求められるスキルやこなすべき目標項目が増えたため、それまで三年目行員を対象としていた研修を抜本的に見直したのです。より早い戦力化を企図したものです。そこで、タイトルは二年目行員という字句を入れ、更に、当行の将来を担う人材を育てるという意味を持たせています。人は財であるといった意味も読み取れます。」

矢継ぎ早に、ラガーマンが突っ込んできた。
「じゃ、次の年、四年前はどうなんだ。」

なんなんだ、この質問は。
四年前についても答える。
「わかっているじゃないか。でも根本的なところがわかっていないようだな。」

ぎくりとした。これは想定外だ。
「・・どういうことですか?」例の彼は答える。

「お前のいう世代金融ってやつは、二年目行員だけでなく、当行役職員全員が身につけるべきことじゃないのか。今までは、既存の銀行ビジネスをできるだけ早く習得させ、戦カ化することを主眼に置いていたわけだろう。」

「つまり、お前がやろうとしている研修内容なら、根本的に対象年次を考え直さなけりやならないんじゃないか。」
確かにそうだ。とラガーマンが聞こえよがしにつぶやく。

こじつけにもほどがある。
「次世代金融という字句だけを切り取れば、そうでしょう。しかし、今までの研修にプラスしようという趣旨は申し上げたはずですが。」

餌に喰いついた、と言わんばかりにラガーマンが怒鳴る。
「そもそも、今までの研修って言葉が気にくわない。お前、そこのところ真面目に考えたのか?過去の先輩たちが考え抜いた研修内容だぞ。なぜそうなったか、すべて理解したうえで、自分で一から内容を考えるんだよ。ふざけるな。」

例の彼が言う
「過去のものをそのまま使うなら、担当者はお前じゃなくても良いじゃないか。」

次長がとどめを刺す
「おい、このままなら全員一致とはならないぞ。代案はないのか?」

どこまで本気なのか。
私の初仕事は初回から大きな壁にぶち当たった。

第五話へつづく

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