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【超短編小説】 綺麗な円

「先生。先生には分からないでしょうけど、そんな単純な話じゃないんですよ」

放課後の教室。皆が帰った教室に教師と一人の生徒がいた。

「例えば、丸い円を描くとするじゃないですか。

先生はコンパスを使うやら、どこを起点にするかを考えてから円を描くでしょう。

でも、僕は何も考えずに円を描き始めるんですよ」

彼は話を続けた。

「綺麗な円にならないと分かっていながら、手を動かしてしまう。描き始めてしまう。

でもね、先生はそれを許してくれないんですよ。綺麗な円を描けるように僕を指導しようとするんです。その方が上手く円が描けると思っているから。

だから、僕は綺麗な円を描けるようにならないといけない」

「もちろん、そういう事は必要だと思います。でも、僕は円を描きたいんです。たとえ、それが綺麗じゃなくても、評価を得られなかったとしても。

円さえ描けたら、それで十分なんです。そういうのは間違っているのでしょうか。何かおかしいんでしょうか」

私は答える。

『間違ってはいない。君が言った通り、私は円を綺麗に描くように指導している。

それは経験上、その方が良いと思っているし、教える立場だからというのもある。

しかし、円は必ずしも綺麗でなければダメかと言えば、そんな事はない。試験問題を解くわけでもなければ、どんな形の円だって構わない。円に決まりはない』

「どんな円でも?」

『どんな円でも良いんだ。そう言わないだけでね』

「円に決まりはない」

彼はそう言って、黒板に大きな丸を描いた。(おしまい)