職業人のキャリア形成とその形成・・・
職業人のキャリア形成とその形成を促す学習支援の方法に関する研究が、わたしの博士論文のテーマでした。
クライアントであった農業法人の協力を得て、当該法人で働く非農家出身の新規就農社員の農業経営者としてのキャリア形成の過程と、当該企業の育成支援のあり方を解明しようとしたもので、とてもチャレンジングなテーマだったと思っています。
指導教授の親身なご指導のお陰で論文を書き終えることができ、なんとか学位を得ることができました。わたしが人材育成プログラムの開発スキルを習得できたと実感できたのも、この研究活動なしに語ることはできません。
わたしが研究対象とした職業人の職種は、前述の通り、農業経営者ではありましたが、先行研究を読み込んでいく過程で、多様な産業分野の人材育成に関わる論文に巡り合いました。
その中の一冊にパトリシア・ベナー(Patricia Sawyer Benner、1942/8/日 -)の著した『ベナー 看護論 新訳版 初心者から達人へ(From Novice to Expert -Excellence and Power in Clinical Nursing Practice-)』という書があります。看護教育における名著で、わたしはその内容に深い感銘を受けるとともに、博士論文での研究方法を定める際の参考としました。
ベナーは米国の看護学者で、看護の実践と共にその教育に関する理論家として知られています。ドレファスらがチェスプレイヤーやパイロットに関する調査で明らかにした技術の習得モデル(=ドレファス・モデル)を看護に援用して、看護技能の習得過程には5つの段階があることを明示化しました。この技能習得の段階は、看護師のキャリアラダーを設定する際のベースなどに広く活用されています。
同書は、看護現場の日々の実践における「知」を解明するため、対象となる人間を全人的に捉え、現象学的な観点をもって、「よき看護」のあり方を追求した研究書です。新人看護師や熟練看護師のインタビューや参与観察を通して収集した事例を整理・分類し、「よき看護」の本質を取り出すことを試みています。
こうした研究方法は、質的(定性的)研究と云って、アンケート調査などを通じて収集したデータの統計的分析などをエヴィデンスとするいわゆる定量的研究に対する方法で、社会学や文化人類学などで用いられ、具体的な方法としては参与観察や会話分析法などが有名です。
ここで現象学的な観点などと、わかった風なことを書きましたが、この意味を理解するのにはとても苦労しました(いまでも正確に解しているかは自信がありませんが・・・)。
現象学とは、哲学的学問の一方法論であり、現象がどのようにして成り立っているのかを研究する学問です。竹田青嗣や西研によれば、この方法は質的研究におけるエヴィデンスとするのに有用だ主張します。
これを始めて知ったとき、「なるほど!」とうなりましたが、この辺は、もしご興味があれば、竹田青嗣・西研編著『人間科学におけるエヴィデンスとは何か』、同編著『現象学とは何か 哲学と学問を刷新する』に当たってみてください。
たとえば、キャリアコンサルタントの方などは、クライアントの逐語録を見返すことがあると思いますが、その分析の際にも役立つ視点を示してくれていると思います。
わたしの研究では、ライフヒストリーの手法を活用しました。対象者のインタビューを逐語録に落とし、これをデータにライフヒストリーに再構成した上で、先行研究に示された職業アイデンティティの構造を枠組みとして分析をするというもので、このアプローチは、多分にベナーの方法に触発されたものでした。
さて、同書は、研究書でありながら、そこには看護師たちの患者への向き合い方や患者やその家族との対話、各々の時々の感情などがいきいきと記述されていて、そうした部分だけを拾い読みするだけでもいろいろ考えさせられる一書となっています。
また、わたしの場合、これまで、いくつかのクライアント企業でOJT(人材育背)プログラムの策定支援に携わってきましたが、その過程で、ときおり同書を見返し、事例の記述の仕方、事例の解釈、そこから導き出された概念の整理の方法など多くのヒントを得てきました。
わたしは、看護学については、全くの門外漢で、同書の学術的意味を正当に評価できる者ではありません。ただ、これまでの経験を通して、職業人のキャリア形成支援のプログラム開発に取り組もうと思われている方などには、ぜひお勧めしたいと思っていました。損はない一書だと思います。