海外HRTechサービスから日本での機会を考える - 番外編(HR Tech Conferenceから見る日米の比較)
今回は、番外編として、特定のサービスに対してのリサーチ記事ではなくHR Tech Conferenceに参加した上での私個人としての日米の比較と、簡単に今後の日本でのサービス展開に対する示唆を書き留めておきたいと思います。ある意味感想文という形なので、ランチのお供にでもなれば幸いです。また、詳細のレポートは日本からの参加者の方々が素晴らしいものを出されているのでそちらを是非ご一読ください。
HR Tech Conference の概要
9/23~26 @ Mondalay Bay(ラスベガス)
年に一度ラスベガスで開催されている海外主要HRTechベンダーおよびスタートアップのカンファレンス
1. 生成AIの登場によって変わる人事の役割
今回のセッションにおいての一つのテーマとして、HRの役割がより戦略性を帯びているという話がありました。これは、経済情勢の変化の激しさ(地政学的・主要国の景気変動に伴う世界的不況等)、技術進化の速さ(生成AIの誕生・ツールの進化等)、仕事に対しての新しい価値観(若い世代の仕事への感覚の違い・work from homeの一般化等)によって、人事が観測・把握すべき変化の多様化と、それに伴って企業経営における柔軟な人材活用の重要度がさらに高まっているという話です。人事は新たなテクノロジー・ツールを駆使して、変化に対応して柔軟にスピーディーに組織をコントロールしつつ、経営における重要イシューについての意思決定をガンガンやりましょう!と言われているということです。これは実際に求められているのはもちろんですが、ベンダー側のポジショントークとして、そのためにツールの活用を進めてもらいたいという意図があると思います。とはいえ、人事はその要請にまっすぐ応えようと努力はしているものの、実態としてまだ完璧にできるには程遠い(ツールの活用も、役割をこなすことも)という感覚を受けました。その難しさの一つの要因として、アメリカ企業のHRに関わる当事者の多さがあります。ここは今回の参加で改めて感じたことでした。以下がHRに携わる当事者であり、それぞれが重要な役割を担っています。
経営陣・HR・IT・メンバー(従業員)・ベンダー・(ベンダー内のセールスエンジニア)そして、生成AI
また、会社の規模によってHRの力(HRTechツールの導入意思決定に対する力関係)に差分があります。規模が大きくなればなるほどIT(日本でいうコーポレートIT)の意思決定権が強くなっていきます。
アメリカにおいては各種HRTechベンダーが毎年のように新しいサービス・機能をリリースし、アップセル・クロスセルを求めてきます。サービスの統合(M&A)が激しいだけでなく企業の体力も日本と比じゃなく大きいのでどんどん新規サービス・機能開発が進むからです。その提案金額は企業規模にもちろん比例するので、大きい企業であればあるほど、HRは新しい年の予算を毎年0から考える(そこまで高くなるなら全部リプレイスだ!)となったり、特定のサービスに包含されている一部の機能を別サービスにリプレイすることを検討します。昨年はペイロール周りのサービスが多く新規リリースされたようで、リプレイスしている企業が多かったみたいです。
その導入に当たってはベンダーのセールスエンジニアとITが足並みをそろえる、お互いの能力を測り合うような構造にあり、そこに生成AIが登場したことによってデータ統合や従業員のサービス活用の効率化に大きな革新が生まれようとしています。以前までは企業が保有するユニークデータをリプレイスのたびにかなりのコストをかけて移行するということを、企業とベンダーが役割を分担しつつ行ってきましたが、その役割を生成AIが担うようになると言われています。ただこれは生成AIがあれば万能を意味するのではなく、生成AI技術を活用したデータリプレイスや、当該ツールの導入を通じて獲得したいケーパビリティを実現するためのアーキテクチャ・データ構造設計スキルが求められるため、IT部門・ベンダーのセールスエンジニアの役割は比重は引き続き大きいと思われます。また、導入後のツールの活用においては、AIエージェントが、従業員の一時的な課題解決を担ったり、最適なツールを提案するようになることで、導入しただけで活用されないツールがなくなったり淘汰されていくとされています。
この章のタイトルにコンパウンド化の話を記載しましたが、このコンパウンド化の目的が、グロースだけでなくこの構造の中で売上を守り抜くためにも求められているという話があります。以前まではSaaSとしてNRRを改善するために、ユニットエコノミクスを改善するためにと目的は成長を意図したものだったところがあると思いますが、生成AIの台頭によって、中途半端な便益提供サービス・業務プロセスの一部を効率化するサービスはその役割を奪われていく可能性があり、広範囲の業務にわたって企業に価値提供していくことで、代替可能性を下げることが求められています。この表現だけだと、マーケットに対してネガティブな表現に受け止められるかもしれませんが、アメリカではHRTechは生成AIの恩恵を受ける、実際の企業成長に繋げられる領域としてとてもホットです。意思決定が複雑で多くの変数がある、定常業務が多い、データが存在はするが活用がうまく進んでいないという人事関連業務の実情にフィットしやすいためです。
一方日本では、人事が経営やITとやり取りをしてデータを活用するロードマップを作成したり、AIに対しての規制・ガイドラインを作成したり、毎年企業からの猛烈アップセル交渉と戦い毎年リプレイスをするなんてことはありません。先日アメリカの有名VCのパートナーと会話をした際に、日本のエンタープライズは解約しないよね、こんな最高な国はないよと言われましたが現時点では本当にそういう状況だと思います。それだけではなく、我々もそうですが企業の担当者様とCSおよびセールスエンジニアの関係性が殺伐としているということも少なくともスタートアップではあまり目にしたことがありません。エンタープライズ企業に対峙しているSaaS系企業でもそこまで多くはないのではないでしょうか。これはサービスの多さ・単価・企業の導入率と同時に国民性を反映している部分もありそうです。
一方で活用促進の難しさには日米で大きな差分があり、ツールを入れることに慣れるフェーズの日本と、入れたツールを整理することが求められているアメリカでは大きな差分があります。実際日本ではまだまだツールは入れることが当たり前ではなく最低限必要であるもの、明らかな業務効率につながるものを導入する形が一般的だと考えられますし、内製ソフトウェアの比率も依然高い状況です。日本における生成AIの活用機会はこういった局面の打開にも大いにあると思っていて、経営の意思決定のサポートではなく、ツールの活用率・定着率の向上に寄与したり、生成AIが普及すればするほどそれによって解決できない業務課題・効率化に資するツールを導入するという判断を進めることにもなるかもしれないと思います。実際に大手企業でも社内AIエージェントの導入は進んでいるように見受けられますし、何より生成AIによる業務効率化インパクトはとても大きいからこそ、生成AI活用は引き続き進んでいくと思いますので、いかに同居するかを考えることは引き続き重要になっていくと思います。
2. AIエージェントの話
Josh Bersin のキーノートにおいても、今後はAIエージェントの台頭によって人とツールのあり方が変わるという話がありました。AIエージェントとは、生成AIをベースとした会話可能(テキスト・声でのコミュニケーション)なインターフェースであり、それが大きな役割を担うようになるという話がありました。
自社のデータを頑張って成形して、日常の業務に活かすのではなく、自社データだけでなくオープンデータと掛け合わせた上で、その会社独自のAIエージェントに自律的に進化するインターフェースが主流になるという話です。そして、このAIエージェントはAIエージェント同士でも会話をするようになるため、社内に点在・分散している情報(データ)を統合した提案・レスポンスが可能になるという、現在の仕事の流れを大きく変える話でした。
日本においては、現状でもチャットインターフェースで社内の人事関連規定や、福利厚生等について即時回答してくれるサービス等は普及が進んできているところだと思います。これが音声にも対応してくれるようになり、勝手に色々な情報源から学習してくれるようになるよと言っているのがAIエージェントの従業員向け体験の話です。
実際に、デスクで独り言を呟いてそれに対してAIエージェントがアンサーして欲しいかというとそれはどうなんだろうなと思うところもありますが、自律的に学習するAIエージェント自体は、日本での活用、HRツールとしての活用にも大いに可能性があると感じています。
これは我々のサービスに準えての話になりますが、採用活動はオペレーティブな側面と、流動的で変化し続ける側面の双方を抱えるプロセスおよび活動であり、その双方の側面踏まえて煩雑になりがちという傾向があると思っています。全てを固定化することが難しいので、社内では今ってここどうしてますか?という会話が繰り返されたり、求職者の方々から変わりゆく業務内容・制度についてのご質問を受けたりと回答者が限定されてしまう疑問・質問が生まれがちだと思います。ここには生成AIの活用機会が大いにあります。組織の柔軟性や、人の異動・解雇等の流動性はまだまだ日本はアメリカに比べればスピード感に欠けるため、組織イシューの解決への導入より、短期的に解決したい重要質問(ここでいう採用関連の質問等)の解決に活用するのが今の日本市場には合っていると感じました。弊社でも今後トライしていきたい領域です。
3. 日米における、「仕事」の捉え方の違い
アメリカはジョブ文化の国であり、色々な新しい仕事にジョブ名をつけるのが一般的です。データサイエンティストや、HRBPなど日本で活用されるようになっている職種名もアメリカから輸入されたものです。基本的に人はジョブの要求に基づいて労働をするという価値観であるため、ジョブ名だったりその定義がなければ上手く採用・実務が進みません。HR関連では直近HRテクノロジストと呼ばれる最新技術をHR文脈で活かすプロのような職種が生まれていて、30%近くの新しいジョブがHR関連で生まれているという話があるそうです。このジョブを中心とした仕事の進め方が、パーソンを起点としたものに変わりつつあるという話がありました。
生成AIの出現によって、ワークを分解し、現状そして未来に必要とされているスキルの絶対量の可視化と、現状の社内のスキル総量およびスキル分類(スキルタクソノミー)が進んでいるという背景があります。後者は生成AI以前から変化の兆しが唱えられてきた考えであり、その実用化と将来予測をベースにした個別学習の効率化に生成AIが今後は一役買うようになるだろうと言われています。これによって、階層型構造組織はより柔軟にプロジェクト推進を行えるようなフラットな組織に変化していき、ジョブタイトル・ポジションや年次ではなく保有スキルを会社としての評価対象とするようになっていくという話です。
本当にワークをスキルに分解することが可能で、そのモビリティを上げていくことが可能だとすると最大の人的資本効率を目指せる話のように聞こえます。
日本との比較としては、日本はある意味ずーっと昔からパーソンを起点とした仕事の形式をとっていると考えられます。総合職・技術職とある意味人を仕事人としてしか定義せず、その個別の能力向上やポジションを提供するというパーソンにフォーカスした仕事文化があります。国の文化として人を見ることに長けている、それを重んじてきたカルチャーがあるからこそ、共同体における個人の成果を最大化することには長けていると考えてもいいかもしれません。一方で、ジョブを定義したり、やるべき仕事を定義したりする筋肉はアメリカに比べるととても弱いので、Josh Bersinの言葉からするとワークを科学することには長けていないと言わざるを得ないでしょう。生成AIの活用において、どのワークをどう分配し合っていくのかは非常に重要な議論であり、その議論をこれまで当たり前のようにしてきたアメリカと日本では生成AIの短期的な効用には差分がありそうです。
4. 世界における日本の「機会」
HR Tech Conferenceにおいて語られた主要論点について簡単な日本との比較についても触れながら記載をしてきました。最後に、今回のカンファレンス参加を通じて感じた日本での機会についてまとめておきます。
1.生成AIエージェントは短期的な成果にフォーカスする
繰り返しになりますが、あらゆるツールが導入されきっているアメリカにおいてのAIエージェントの活用手法は日本ではまだ早いと言わざるを得ません。なので、特定の文脈にフォーカスした情報(社内・社外)の収集・学習をベースにした活用がまずはトライとして望ましいと思います。採用だけでなく福利厚生関連・人事制度関連等の文脈での活用ができそうですし、一部の大企業では独自AIエージェントの導入が進んでいるところもあると思います。正直、AIエージェントの性能はベースの生成AIの性能と、独自のデータおよび最適解等を引き出すプロンプトに依存していると考えられるので、企業のデータを簡単に活用でき、特定の文脈に合わせたプロンプトの生成と実行しやすいインターフェースがポイントになりそうです。
AIエージェントまではいかずとも、反復業務の代替は色々なポイントで可能だと思います。採用関連プロセスにおいては繰り返される文面作成業務が多いです。スカウト文面・求職者との日程調整のやりとり・求人票の作成・履歴書の作成など生成AIがすでに活用されている領域も結構あります。これらが共通しているのは、反復業務でありテキストの内容よりもタスクがdoneされることが大事(スカウトとかはそうとも言えないかもしれないですが)という側面があると思います。すぐに業務フローに大きく影響を与えるようなAIエージェント的活用を促進するよりは目先の業務効率化にもっと活用されるように動くタイミングだと思います。
弊社としても社内の業務を生成AIで代替しようと試みてみたり、実際にスカウト関連・求人票作成関連でテスト的にサービスを作ってみたりしてみました。当時は生成のベースになるデータセットを意味のある形で整えられなかったので、有意な差分を作ることが難しいと判断しましたが、それもデータと学習のさせ方に依存していると思っているので再度トライしたいと思います。その際に、実際に自社の業務で試してみる、成果を出してみることがスタートだと思うので、自社の業務を分解してみることからスタートだなと改めて感じました。
2.生成AIの登場を契機として改めてワークについて考える機会とする
広く人事的な意味合いでは、人間がやるべきことについての考えが進むきっかけにすべきだと考えます。今回のカンファレンスにおいても人員配置を生成AIが検討することで効率が上がった話や、コールセンターの自動化など国内でも事例はありますが多くの生成AI活用事例が生まれています。生成AIにやってもらうべきことを整理しつつ、社内のワークについて客観的に捉え、最大効率でワークが完了されるには?という視点を持つことでこれまでのやり方にとらわれずにワークの完了手法について検討する筋肉を鍛えていくことが肝要だと思います。政府が推進しているリスキリングやスキルアップに対しての助成も、こういった企業の変化に合わせる形で実行されることでより効果を生み出すと思いますし、LMS・スキル研修系のサービス提供事業者としても短期のブームに終わらないスキル獲得カルチャーを日本に根付かせることが事業者および業界にとっても大事だと思います。LMSや、コーチング・メンタリング系のサービスに生成AIがもたらすインパクトは、一つの転換点とも呼べそうです。
5.今回の参加を踏まえて感じたこと
1. 生成AIの時代とは言え、英語大事
前回HR Tech Conferenceに参加した時は、Expoでも自分で話しかける勇気を持てずで現地であった英語がネイティブな日本人の方に一緒に行ってもらったり、参加したセミナーでも結構どういうことかわからんみたいなところがあったんですが、今回は英語学習の効果もあり一人でたくさんの人とお話できたのが自分的にはとても良かったし、学びの深さ全然違うなっていう実感があります。セミナーは録音してClaudeにお願いしたらいいみたいなところもあるんですが、インタラクティブな会話ができるからこそサービスの深いところについて自分の観点で質問できたり、その担当者の人が考えているリアルなところも理解できたりするのを踏まえると、やっぱり英語力マストだなっていうことを感じました。昔の私のnoteで英語学習をしますと宣言をしていたのですが、その甲斐があったなと思いました。
2.新規事業に積極的な今だからこそ学習効率が高かった
今回の参加の目的は、弊社の新規事業・新規機能のための学びを得ることだったので、なおさら内容の理解に全力になれたなと思います。カンファレンスって出展者側じゃない限り目的を明確に持たないといい時間にできない印象が強いのでそもそもあまり参加をしてこなかったのですが、今回は明確な目的があったのでいい時間にすることができたと思っています。
改めてアメリカのサービスレベルと日本のサービスレベルには大きな差があるなと実感したとともに、このレベルまで成熟させるにはマーケットを拡大させないといけないなと感じました。マーケットが成長しなければ、企業が成長できないので、それ相応の体力を身につけることもできません。
生成AIの登場でアメリカのHRTechはかなりの盛り上がりを見せており、上場企業時価総額もHR関連銘柄は平均以上の伸びを見せています。
採用を変えていくことをミッションに掲げる我々としては、提案者として今回の知見と刺激をアウトプットに変えていきたいなと思っております。一緒にやりたい人はご連絡ください。
6. 番外編)面白かったサービス紹介
1.Visier
記事内にも記載した、AIエージェント『Vee』を提供しています。People Analytics 文脈の可視化を強みとしていて、使用方法としては、Veeに対して今後の退職率予測を職種ごとに出して、とか、エンジニアのキャリアパスのこれまでの軌跡をまとめて、とか組織に関するレポートを瞬時にVeeが求められているものを解釈して、過去データ等を踏まえての予測・示唆を出してくれるという形式。
デモを見た感じ、データの制御・成形と権限管理がかなりしっかりしていて、ユーザーの権限レベルに合わせて可視化がされること、Microsoft Copilot等の他のAIエージェントとも同居してVeeが回答をしてくれたり他のツールとの連携も力を入れている感じでした。
2.Paradox.ai
『Olivia』というチャットbotベースにした、採用サイト・ATS・CRM等のサービスを提供。このbotが社内の採用関係者・求職者の双方とコミュニケーションして、選考プロセスの効率化と求職者対応品質の向上を行います。求職者に対しては、採用情報に関する質問に回答したり、日程調整をそのまま行なったりすることで、エントリー促進・選考スピードの担保などの提供価値があります。また、彼らは採用サイト作成機能も提供していて、Oliviaとの会話の内容に応じて求人をレコメンドしたり、採用サイト自体のコンテンツマネジメントも行えるみたいです。実際にこの企業の採用サイトにEmmaという裏側がParadox.aiのチャットbotがいるので気になる方は試してみてください。(私も試してみましたが、日本語の精度はまだそこまで高くなさそう)
全てのサービスにConversationalという単語がついていて、ATS機能も、求人サイトにおいても会話を起点とした活用にフォーカスしています。
以上、感想がメインになりましたが、HR Tech Conference参加レポートでした。改めていい機会だったので、来年も参加予定です。
本noteおよびマガジンについては、これまで更新頻度がかなり落ちてしまっていましたが、直近研究しているサービスについて近いうちにまとめようと思っているのでそちらもお楽しみに。
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