鬼とチョコレート
2月14日だというのに、家の前にはまだ節分の鬼がウロウロしている。
不審者なら警察に通報すればよいのだが、相手が鬼だとそうもいかない。
というのも、法律の適用外なので、警察も退去を命じたり逮捕したり出来ないのだそうだ。
どうしたものか。
私はときおり鬼がよそ見をしているタイミングを見計らって、ベランダから豆を投げた。
すると何度か鬼に命中したものの、彼がここから立ち去ることはなかった。
不思議に思いインターネットで調べてみると、過去に同様の悩みを抱えていた人の書き込みがあった。
「鬼は外!」と言いながら投げないと、効果はありません、と。
それからは「鬼は外!」と叫びながら、豆を投げている。
しかしその声のせいで、鬼は私に気がつき、さっと豆を交わす。
筋肉は隆々としていて体は重そうなのに、動きは俊敏だ。
さらに、私は私なりに作戦を立て、まず「鬼は外!」という台詞を叫び、鬼をこちらに注目させてから思い切り豆を投げた。
その瞬間、鬼はニヤリと笑い、さっと交わした。
次に私は「鬼は外」「鬼は外」と叫び、投げるふりをした。
フェイントだ。
そして鬼の動きを先読みし、二方向に豆を投げつけた。
すると鬼は、大きな金棒をメジャーリーガーのように構え、力強く打ち返してきた。
たちまち我が家の壁に、豆がめり込んだ。
大した鬼である。
これまで地獄や鬼ヶ島でのトレーニングで、いくつも修羅場を乗り越えてきたのだろう。
たまに上げるうるさい雄叫びも、だんだん格好良く思えてきた。
感心している場合ではない。
家の外に鬼がいるのだ。
こいつのせいで私は会社に行けないし、妻も買い物に行けない。
娘は学校を休んでいる。
クロネコヤマトのお兄さんも返ってしまった。
まさに持久戦である。
立てこもりがこんなにしんどいとは思わなかった。
しだいに食料は少なくなり、我々の唯一の武器である豆も残り少なくなってきた。
そして迎えたバレンタインデーである。
私や妻は特に意識してなかったのだが、娘が癇癪を起こしてしまった。
というのも、学校の好きな人にチョコを渡したかったのだそうだ。
もうすぐ相手は卒業してしまうらしい。
困った。
行かせてやりたい。
しかし、玄関の扉の向こうでは獰猛な鬼がうろうろしている。
娘が行動を起こしたのは、昼過ぎだった。
台所に立ち、用意していたチョコレートを溶かし始めたのだ。
そしてブツブツとお経のようなものを唱えながら、余っていた豆を練りこんだ。
近づくと、血走った目をして「鬼は外」「鬼は外」と言っていた。
豆チョコはそれから急速冷凍させられた。
そして、完成。
娘はキレイにラッピングし、ベランダから鬼に箱を投げつけた。
鬼は驚いていた。
始めて豆じゃないものを人間からもらったからだと思う。
そして手を震わせながらラッピングを解き、中を覗く。
取り出したハート型のチョコ。
鬼は少し匂いを嗅ぎ、食べ物だと認識したのか少し噛んだ。
その瞬間だった。
大声でわめき、むさぼり、走り出した。
地獄には甘いものなどないのであろうか……。
これで我が家はようやく鬼から解放された。
驚いたのはホワイトデーの日。
また鬼があらわれたのだ。
彼はスーツを着て、ネクタイを締めていた。
人間の文化を調べ尽くしたのであろう。
手にはコウモリの皮らしきもので作ったキーケースを握っていた。
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