Anita B./アニータ・ビー(3)
(前回のつづき)
戦後ヨーロッパで彼らは再び難民となったのだろうか。
この点について言えば、戦後たくさんの東欧のユダヤ人たちが、落ち着き先が決まらず移動の途上にあったようだ。しかもポーランドでは、あろうことか戦後になってもポグロムが再燃し、この迫害を逃れて多くのユダヤ人が自国を脱出した。彼らの多くはチェコスロバキアを経由してひとまず西(とりわけドイツ、オーストリア、イタリア)を目指し、その後パレスチナ(あるいはアメリカなど)へと向かっていく。
ところで、彼らの追い求める「約束の地」パレスチナは、当時イギリスの委任統治下にあった。イギリスはすでにパレスチナへのユダヤ人の流入を制限していたため、多くのユダヤ人は船で秘密裏にパレスチナへ渡らなければならなかった。この映画に出てくるパレスチナからやってきたユダヤ人、サーラのような人が、この渡航計画の一端を担っていたようだ。
パレスチナへの渡航状況について、アーロン(A)とヤコブおじさん(J)が話す場面がある。
A: パレスチナへの渡航はうまくいっていますか?
(Come stanno andando le partenze per la Palestina?)
J: あまりうまくいってないよ。
(Non troppo bene.)
A: イギリス人たちは我々の船を妨害しつづけているのですか?
(Gli inglesi continuano a bloccare le nostre navi?)
J: 我々はイギリス人たちが立ち去るまであきらめないだろう。遅かれ早れ、 イギリス人はいなくなるだろうから。でもアラブ人たちはそうはいかない だろう。
(I nostri non molleranno finché gli inglesi non se ne saranno andati.
Presto o tardi gli inglesi se ne andranno, gli arabi no. )
このヤコブおじさんのセリフからもわかるように、イギリス統治下のパレスチナでは、急増するユダヤ人に対して、アラブ人の怒りが限界に達し、ユダヤ人とアラブ人の間で対立が激化していた。
映画の中で、縫製工場でアニータ(A)とダヴィド(D)の間に次のような会話が交わされる場面がある。
D: ヤコブおじさんがこの仕事を僕にも世話してくれたよ。
(Zio Jacob ha procurato questo lavoro anche a me.)
A: それで、あなた嬉しい?
(E sei contento?)
D: パレスチナへ出発する時が今よりもっと嬉しいさ。
(Lo sarò di più quando partirò. Per la Palestina.)
A: あなた恐くないの? ヤコブおじさんが言うには、むこうでは戦争をやって るって。イギリス人は私たちの行く手を阻むし、アラブ人は私たちに来て欲 しくないのよ。
(Non hai paura? Zio Jacob dice che là c’è la guerra. Gli inglesi ci bloccano e gli arabi non ci vogliono. )
D: 僕はここに残ることの方が恐いよ。ここでは僕たちは歓迎されてない。本 当のことを言うと、パレスチナがどんなものかはわからないけどね。
(Io ho più paura a restare, qui non ci amano. Per la verità non so come può essere la Palestina.)
映画の登場人物たちが「パレスチナ」と口にするとき、まるでそこが「牛乳と蜂蜜の流れる土地」だと言わんばかりの響を持って発せられるが、実際にはその土地で大量の人間の血が流れていた。
ユダヤ人とアラブ人の抗争に収束の兆しはなく、問題の解決にはイギリスの手に余った。結局、パレスチナ問題は国連へと引き継がれることになる。
イギリスの委任統治が終了した1948年5月14日の午後にイスラエルの独立宣言が発表され、事実上ユダヤ人の国が誕生する。ところが、ユダヤ人の勝利を象徴するこの日は、アラブ人にとってはナクバ(アラビア語で「大惨事」の意)の始まりの日であった。迫害された歴史を持つユダヤ人が、今度は、パレスチナ・アラブ人たちを大量に虐殺し迫害するのである。
ところで、この映画終盤に「ユダヤ人難民センター」(il centro per i rifugiati ebrei)なるものが出てくるが、回を変えてこのセンターについて書いてみたい。