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90分走ると、乳酸性閾値のランニングスピードはどれぐらい落ちるのか?

以前、今年(2024年)発表されたとある論文をもとに、『1時間走ると、最大酸素摂取量やランニングはどれぐらい落ちるのか?』というnoteを記しました。


今回はそれに近い話題として、『90分走ると、乳酸性閾値のランニングスピードはどれぐらい落ちるのか?』というタイトルで、また別の論文を見ていきます。

最初に前提知識のおさらいです。
乳酸性閾値のランニングスピードとは、
・最大酸素摂取量
・ランニングスピードエコノミー
・乳酸性閾値の酸素摂取水準(%VO2max at LT)
の3つによってほぼ決まるパフォーマンス指標です。
話が逸れますが、よくランニングパフォーマンスを決める3要因の1つとして、最大酸素摂取量、ランニングエコノミーと並ぶ1要因として乳酸性閾値が挙げられることがありますが、その単位がランニングスピード(例:km/h)の場合、その認識は明確に間違いです。

話を戻します。
この論文では、31名(男性:16名、女性:15名)の一般ランナーを分析対象として、第一の乳酸性閾値(LT1)の90%のランニングスピードで90分走(以下、90分低強度走)をする直前・直後に最大下漸増負荷試験を実施することで、非疲労条件と疲労条件のLT1のランニングスピードを定量しています。
次の図を見ると実験のイメージが沸きます。

実験プロトコール
Nuuttila, OP., Laatikainen-Raussi, V., Vohlakari, K. et al. Durability in recreational runners: effects of 90-min low-intensity exercise on the running speed at the lactate threshold. Eur J Appl Physiol (2024). https://doi.org/10.1007/s00421-024-05631-y (CC BY 4.0)


なお、LT1の90%のランニングスピードを求めるために、このトライアル以前に漸増負荷試験も行っています。
また、この論文におけるLT1とは、試験中の血中乳酸濃度の最小値に対して、0.3mmol/L上昇したポイントです。
また話が逸れますが、一口にLTと言っても、具体的な定義は個々の研究によって異なります。
そのため、自分が想像している閾値に近いものなのか確認する工夫が大切です。

早速主な結果を見ていくと、男性、女性ともに90分低強度走後のLT1のランニングスピードが減少しました(男性:-5.3%、女性:-5.8%、平均値)。
この90分低強度走というのは、そんなに速いペースとは言えませんが、それでも5%程度パフォーマンスが落ちるというのは注目ポイントでしょう。
そういったトレーニングをする人は少数派かもしれませんが、例えばスピード練習の日にメインメニューの直前に90分低強度走をする場合、スピード練習の設定ペースを普段に比べて落とさないと、相対的な負荷も見誤る恐れがありそうです。

非疲労条件(Pre)と疲労条件(Post)における第一の乳酸性閾値のランニングスピード(左が女性、右が男性)
Nuuttila, OP., Laatikainen-Raussi, V., Vohlakari, K. et al. Durability in recreational runners: effects of 90-min low-intensity exercise on the running speed at the lactate threshold. Eur J Appl Physiol (2024). https://doi.org/10.1007/s00421-024-05631-y (CC BY 4.0


また、この研究では、90分低強度走中の生理学指標も経時的に評価されており、心拍数、ランニングエコノミー(酸素摂取量、エネルギー消費量)、呼吸交換比には有意な変化が認められました。
ただし、その変化の程度とLT1のランニングスピードの変化の程度を見ると、統計学的に有意差が認められたものはありませんでした。

強いて言うと心拍数との間に弱い相関関係が認められています(r = 0.316, p = 0.083)。
これは、90分低強度走中に心拍数が過度に上昇した人では、ランニングパフォーマンスが悪化した傾向があったことを意味します。
論文の著者らは、統計学的に有意ではない理由は、外れ値の人が1名いたためであり、心拍数をモニタリングする有用性を示唆しています。

その他、有意な変化が認められなかったHR-derived detrended fluctuation analysis alpha 1 (DFA-a1)もLT1のランニングスピードの変化との間に統計学的に有意な相関関係が認められています(r = 0.463, p = 0.013)。

こういった長時間の運動中における生理学的指標、パフォーマンス指標の変化のしにくさを「Durability」(耐久性)、「Physiological resilience」(生理学的レジリエンス)と呼び、最近のスポーツ科学におけるホットトピックです。
実際、私自身も主にフルマラソンにおけるレース中の心拍数をもとに、この分野に関する研究を複数発表しております。
特に一番上の論文(大学院時代の後輩が筆頭著者の論文)は日本語で読める上、(英語版もあります)、トレーニングの方向性も示唆しているので、興味のある方は是非お読みください。


この記事は、「Nuuttila, OP., Laatikainen-Raussi, V., Vohlakari, K. et al. Durability in recreational runners: effects of 90-min low-intensity exercise on the running speed at the lactate threshold. Eur J Appl Physiol (2024). https://doi.org/10.1007/s00421-024-05631-y」を改変したもので、CC BY 4.0 で使用されています。

※CC BY4.0
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/


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髙山 史徳/Fuminori Takayama
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