トップランナーの最大酸素摂取量は50歳近くまで維持できる?
パリ五輪の男子マラソンは、長年にわたりマラソン界を引っ張ったエリウド・キプチョゲ選手(39歳)が途中棄権に終わり、40歳以上の世界最高記録を持つケネニサ・ベケレ選手(41歳)も39位に終わりました。
このように、競技者としては比較的高齢の選手の競技成績が振るわないレースがあると、「年齢には抗えないのか」という声を耳にしますが、マラソンで優れたパフォーマンスを発揮するには、充実したコンディショニングが不可欠であり、実際には年齢以外の要因が影響していた可能性も考えられます。
また、こういった大きな大会のエピソードをもとにした洞察は面白いものの、トレンドや流れがあり、ある大会では「年齢には抗えない」、また別の大会では「年齢に抗った」といったように、真逆の意見が行ったり来たりします。
要するに、そこに本質はありません。
そこで少し冷静に、マラソンのパフォーマンスを決める3つの要因(最大酸素摂取量、ランニングエコノミー、酸素摂取水準)をもとに考えると、実際には45歳を超えてもチャンピオンスポーツの世界でハイパフォーマンスを発揮できる可能性があると私は考えています。
その理由は、マラソンのパフォーマンスを決める3要因のうち、ランニングエコノミーと酸素摂取水準の2つは加齢によるマイナスの影響をあまり心配しなくて良いこと(実際には、ランニングエコノミーはキャリアの蓄積に伴い向上が期待できる)に加え、最大酸素摂取量は他の持久系スポーツのトップアスリートを対象とした事例研究に基づくと、少なくとも40歳までは維持し続けられることです。
この加齢に伴う最大酸素摂取量の変化に関する興味深い報告として、世界で初めて2時間10分を切り、1967年から1981年にかけて世界最高記録を保持したトップランナー、デレク・クレイトン氏(自己記録:2時間8分33秒)が27歳、49歳、77歳のときに測定された最大酸素摂取量が発表されました。
Foulkes, S. J., Haykowsky, M. J., Kistler, P. M., McConell, G. K., Trappe, S., Hargreaves, M., Costill, D. L., & La Gerche, A. (2024). Lifelong physiology of a former marathon world-record holder: the pros and cons of extreme cardiac remodeling. Journal of applied physiology (Bethesda, Md. : 1985), 137(3), 461–472. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00070.2024
そのうち、トレッドミルでのランニングによって測定された27歳と49歳の最大酸素摂取量を見ると、ほとんど同じで加齢による減少は認められませんでした。
具体的な数値は、27歳が69.7ml/kg/min (5.09L/min)、49歳が68.1ml/kg/min (5.13L/min)です。
この結果は、当時世界で最も速いランナーであっても、約50歳まではエネルギーを産み出す最大能力を維持できることを示しています。
もちろん、これはその時点での彼のトレーニング状況(中程度から高強度の運動で週10-15時間)があったからであり、誰もが努力なしで50歳近くまで最大酸素摂取量を維持できるわけではありません。
また、あくまでも最大酸素摂取量を維持できていただけで、マラソンのタイムを49歳までキープできていたわけではありません(彼の競技成績を見ても、35歳以降の戦績は残っていないようです)。
こうした注釈はあるものの、加齢に伴うパフォーマンス悪化の最も大きな影響は最大酸素摂取量の減少(より詳細に言うと、最大酸素摂取量を決める因子の1つである最大心拍数が加齢によって直線的に減少すること)にあることは、スポーツ科学で合意形成のとれている見解です。
したがって、デレク・クレイトン氏の最大酸素摂取量が49歳まで維持されていたというのは、非常に意味のある知見です。
ここからは私が書いた書籍、コラムの紹介です。
自著の電子書籍では、ランナーの加齢について、包括的に説明しています。
本記事で軽く触れたトップランナーのパフォーマンスに関しては、3章末尾の「筆者の見解:チャンピオンスポーツで何歳まで勝負できるのか?」で多角的な考察も行っています。
加齢と向き合うエッセンスを学びたい方は是非お読みいただければと思います。
また、このように40歳を超えてもハイパフォーマンスが期待できるマラソン競技において、日本の女子マラソンでは、今日に至るまで40歳代のみならず、30歳代で日本記録を作った人がいない現状を洞察したコラムも書いています。