「転向は絶望していないと出来ない」藤井猛ー佐藤天彦対談
超豪華!藤井猛九段と佐藤天彦九段によるスペシャル対談企画
約4時間の動画から、特に印象に残った部分を編集してご紹介します。なお、以下の内容は主に藤井先生の発言をベースに構成していますが、文責は私個人にあります。
主に藤井先生が、これまでと現在の将棋について鋭く独自の考えを展開していますが、まさにここでしか聞けないような面白いエピソードもふんだんにあり、貴重な奨励会時代のお話など特別な数々のお話を聞かせていただきました。
残念ながら割愛したエピソードも多数あり、将棋ファンであれば一度ご覧になると、きっと満足いただけると思います。
1. 奨励会時代について
奨励会入会当初は「後手三間飛車は駄目」、「プロなら相穴熊は恥ずかしい」、「矢倉は先手有利」というような、多くの固定観念が残っていた、狭い世界だった。左美濃(天守閣美濃)は穴熊じゃないから怒られなかった。
当時の振り飛車は、大山先生こそ50代のうちは居飛車穴熊に組ませても勝っていたが、他はほとんど振り飛車党のプロが活躍しておらず、絶望的な気持ちだった。応援していた先生が皆負けてくじけそうになる中、よく四段昇段まで頑張れた。
杉本(昌隆)先生は美濃で四段になったが、藤井先生はそれでは勝てなかったので振り穴を使った。
2. 序盤について
藤井システムがいける感触を得てから、2年間研究期間に費やした。今はAIがあるから、そんなに時間をかけられない。
藤井流矢倉は、当時の46銀37桂にすんなり組ませる後手矢倉(サービス矢倉)の指し方に対するもの。どうせなら自分なりの先手必勝矢倉を作ろうと思った。
角交換振り飛車は、三浦先生と順位戦で当たるにあたって考案したもの。最初は後手から角交換する形ではなく、33角と上がる形。後手がわざわざ手損して角交換するのは馬鹿にしていたが、自動的に居飛車穴熊を防げるのは大きい、と認識を改めた。藤井システム(居玉)を何年もやり続けた身からすると、自然に美濃に囲えるのはありがたい。
自分の考案した角交換振り飛車でタイトル戦に出て、羽生先生に勝つという夢が叶った。
3. AIについて
振り飛車をするとAIの評価値がマイナスに出て、それがアマチュアに対しても「振り飛車はダメな戦法」というメッセージになってしまっている現状には腹が立っている。人はそれぞれの実力に合った自分の評価値を持つべきで、人間より遥かに強いAIや、プロの研究とは訳が違う。AIの基準を一般論にしない、アマに押し付けないこと。初段は初段の価値を持てば良い。
AIは人間が持っていた固定観念を覆し、それはとても素晴らしいことだが、それ以上に「AIの評価値が絶対」と洗脳されている人が多い。
4. 転向することについて
転向は絶望していないと出来ない。
A級順位戦で変な将棋を指すとへこむ。開幕2連敗した時に、いつか落ちると確信した。
今が最悪で、転向して今までの何十万手の研究を捨てると分かっていても、それでも今よりマシだと思わないと出来ない。
天彦先生も、得意としていた横歩取り等が行き詰まり、「自分は何も指せない」と絶望して、JT杯の渡辺戦で振り飛車を採用した。ボコボコにやられたが、元に戻そうとは思わなかった。
5. 今後の戦法、アマへのアドバイスについて
四間飛車の中でもA・B・Cと戦法のバリュエーションを持つと良い。天彦流72金とか、ミレニアムとか。
ゴキゲン中飛車について、超速はプロが100通りの変化を全て覚えているから良くできる戦法で、初段くらいならノリで56歩を突けば勝てる。
角交換振り飛車は、62玉型とか、居飛車に戻すとか、無限の可能性があり、まだまだこれから。AIもまだ進出できていない分野。居飛車右玉をやる人からすれば、角交換振り飛車は玉が堅いという利点もある。これから指すプロも増えるのではないか。
まとめ
藤井猛×佐藤天彦という、現代振り飛車をリードする2人のトッププロによる長時間(4時間!)の対談。期待以上にディープかつ色々な話題を聞けて、大変満足しています。
個人的には「AI絶対主義の風潮への強い拒否感」と、「使用する戦法を転向することの覚悟」について聞けたことが、お二人の本心がストレートに伝わってきて、本当に良かったです。
後、本編では割愛しましたが、冒頭の「振り飛車は気分が乗らないと勝てない。途中で嫌になるとまず勝てない。」という発言は、振り飛車党あるあるとして、大変面白く聞けました。