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2024/3/27旅立ちの春についての私見

SNSを見ていると、友人・知人の周りでは「子どもが進学、就職のために上京」的な投稿に溢れている。
「あの時のあの子が・・・」とか「こないだまで部活や修学旅行って言ってたのに・・・」と思っていたが、ただでさえ歳をとると時が経つのが早いのに、よその子どもの成長はそれよりも早く感じてしまいます。

自分が進学のために家を出たのが、高校卒業時。
進学に、新生活にとまとまったお金が必要だった両親は大変だったろうと今更ながら感謝する。
これまでは家事一切を親に任せ、自分の部屋の整理整頓ですらできていなかった私を送り出す親、特に母親は寂しさもありながら大きな不安を抱えていたのではないかと推察する。

もう誰も朝起こしてはくれない。
もう誰も整理整頓や片付けはしてくれない。
もう誰もご飯を作ってくれたり、片づけたりしてくれない。
(当時は携帯電話もネットもなく、固定電話すら持っていなかった。)
実家へのコンタクトは私が公衆電話から電話をするしかなかったが、それもお金に困ったら「金がなくなった」と無心するだけの電話だった。

そんな両親も私に連絡する手段がないため、たまにアパートを訪ねてくれても不在ですれ違う事もあり、ドアに差し入れの入ったビニールがかけてある事があった。鍵は持っているのになぜ家の中に置いて行ってくれなかったのだろう・・・と今は思う。

昨日書いたビリギャルの終盤もそうだ、愛知県から慶應義塾大学に進学する娘の支度をする両親も私の両親と同じような思いだったのだろう。もちろん有村架純の部屋は整理整頓でききており、無謀だと言われていた高い目標をクリアする自律した考えの持ち主なので、今後の生活に置いての心配は私より少ないだろうし、携帯電話も持っている。金が無い時にだけ連絡してくる以外連絡する手段がない訳ではないので親も安心だろう。

ただ親の世代からの小言として記しておけば、
やはり離れて暮らす親は寂しいし、心配だ。
どれくらい心配かと言えば、何かあったら自分の命さえいらないと思うほど心配だと言えば分かるだろうか。
ドラマや映画のヒーロー、ヒロインではなく、ずっとそばにいてくれた親がそう思うのである。そんなこと言いそうにない普通の、何なら他の親より頼りなく思えてしまうかもしれない自分の親がそう思っている。そしてどの親も思う事はきっと同じである。

期待に応えなくてもいい、無事に幸せにいきてくれれば、と。