浅草寺 「ほうずき市」 (四万六千日の縁日)について
今年、7月9日・10日、浅草寺境内を彩るほおずきの屋台は、浅草の夏の風物詩である。
この両日は四万六千日の縁日であり、縁日にともなってほおずき市が催される。
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■歴史
平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。
功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。
功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。
このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれている。
この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。
46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」とも言われている。
四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着して、「われ先に参拝しようという気持ち」から、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。
このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至った。
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四万六千日にともなう「ほおずき市の起源」は、明和年間(1764〜72)とされる。
四万六千日の縁日は浅草寺にならって他の寺社でも行なわれるようになり、芝の愛宕神社では四万六千日の縁日に「ほおずきの市」が立った。
「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(なかなか治らない持病)を切り、子供は虫気(腹の中にいると考えられた虫による腹痛など)を去る」という民間信仰があり、ほおずきを求める人で賑わったそうである。
その愛宕神社のほおずき市の影響を受け、四万六千日の大本である浅草寺にもほおずき市が立った。ちょうどお盆の季節でもあり、ほおずきを盆棚飾りに用いる方も多い。
9日・10日の両日、いなせな恰好の売り子たちが声をあげてほおずきを売り、境内は朝から晩まで参拝者で埋まる。
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■浅草寺「ほうずき市」 写真ギャラリー
参照元: 「あさくさかんのん 浅草寺」Webサイト
以上