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【短編小説/ADHD児の母/アオキ】






プロローグ: 心の中に吹く風


夜の静寂が街を包み、月明かりが薄く差し込む部屋の中で、少年・悠太はベッドに横たわりながら窓の外を吹き抜ける風の音を聞いていた。

その音はまるで、彼の心の中を吹き荒れる感情を映し出しているかのようだった。外の世界はいつも彼にとって速すぎる。

音も色も形も、自分だけがそのリズムに乗り遅れているような感覚に囚われていた。


「なんで僕は、みんなみたいに普通にできないんだろう…」悠太は目を閉じ、心の中で何度もその問いを繰り返した。

だが、その答えは風に流され、彼の手の中には何も残らなかった。





第一章: 幼い頃の傷


悠太がまだ幼かった頃、母親・美香は彼が他の子供たちとは違うことに気づいていた。

彼の動きは常に落ち着きがなく、じっとしていられない。

そして、言葉や行動もどこかぎこちなかった。

彼女は息子が健診でADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断された日、その言葉がまるで冷たい刃物のように胸に突き刺さるのを感じた。


診断を受けた日の夜、美香は、息子の寝顔を見つめながら、その言葉が現実のものとは思えず、まるで夢の中にいるような感覚に包まれていた。

学校からは特別支援学校や支援級を勧められ、まるでそれが当然のように話されるたびに、美香は現実感を失っていった。


「この子が、特別支援学校に…?」美香は、まるで誰か別の人の話を聞いているかのように、その提案を客観的に捉えていた。

彼女の心は宙に浮いたままで、話している相手の言葉は遠くから響いているように感じた。


「そんなところに行かせたら、この子の将来はどうなるの…?」美香は何度もその思いを胸の中で繰り返し、強い拒否感を覚えた。

この子には普通の学校生活を送ってほしい、何も特別扱いされるようなことはさせたくない。彼女の心は必死にそう叫んでいた。






第二章: 教室の片隅で


悠太が小学校に入学すると、その違いは一層顕著になっていった。

彼はじっとしていられず、授業中でも思い立ったように突然立ち上がり、教室の中を走り回ることがよくあった。

先生が彼を注意しても、その場でじっと座っていることが難しかった。


「悠太、座りなさい!」先生が厳しく声をかけても、悠太はしばらくしてまた立ち上がり、教室の後ろにある物を触り始める。

彼の手はいつも何かを触れていないと落ち着かず、集中力を保つのが難しかった。


クラスメートたちはそんな悠太を「変わり者」と呼び、遠ざけるようになった。「ねえ、また走り回ってるよ!」休み時間、教室の隅で自分のノートをいじっている悠太を見つめながら、同級生の一人が囁いた。


悠太はその声を聞いても、ただノートに書き殴るように線を引き続けた。彼はじっとしていることができず、動き続けないと自分の心が爆発しそうな気がしていた。

ノートには意味のない線が無数に走っていたが、彼にはその乱雑な動きが必要だった。

じっとしていると、自分の中に溜まったエネルギーが制御できなくなるような感覚が彼を捉えていた。


その日の帰り道、悠太は母親にそっと尋ねた。

「お母さん、どうして僕はみんなと違うの?」

美香は一瞬言葉に詰まったが、優しく彼の肩に手を置きながら答えた。
「違うことは悪いことじゃないわ。悠太には、悠太にしかできないことがあるのよ。」


しかし、悠太はその言葉にどこか違和感を感じた。

母親の声は穏やかだったが、その奥には何か押し殺したような感情が垣間見えた。





第三章: 母親の葛藤


悠太がADHDと診断された日から、美香の生活は大きく変わった。

彼女は息子のために最善を尽くしたかったが、何をどうすれば良いのか分からなかった。

様々な放課後等デイサービスに通わせたが、どれも「改善」を謳いながら、実際には何も変わらないことに気づいたとき、美香の心は次第に疲弊していった。


「本当にこれでいいのかしら…」美香は、ある日の夜、夫に呟いた。彼女の目には疲労の色が濃く浮かんでいた。

「発達障害の治療と言っても、どこも結局はビジネス。悠太に本当に良いものはないのかしら…」


放課後等デイサービスに通うたび、美香は若い先生たちがまるで小さな子供に接するかのように悠太に話しかけるのを見て、苛立ちを覚えた。

「うちの子はそんなに幼くない!ただちょっと違うだけなのに…」と心の中で叫びたくなった。


「これで本当に良くなるの?」と、何度も自問自答しながらも、実際にはただお金を取られるだけではないかという疑念が胸に渦巻いていた。

施設を出るたびに、美香は心の中で「この人たち、ただの金儲けがしたいだけじゃないの?」と叫びたい気持ちに襲われた。

しかし、それでも他に選択肢がないことに、彼女は絶望を感じていた。





第四章: 母と子の対立


ある日、学校から帰宅した悠太は、苛立ちを抑えられずに母親にぶつけた。

「なんで僕は、こんなにおかしいんだ!全部お母さんのせいだ!お母さんが僕をこんなふうに生んだからだ!」


その言葉に、美香の心は鋭く痛んだ。

彼女は何も言えずに立ち尽くし、ただ悠太の怒りを受け止めることしかできなかった。


悠太は涙を浮かべながら続けた。
「みんなに笑われて、嫌なことばかりされるのも、お母さんがこんな僕を作ったからだ…」


その時、美香の胸の中にあった感情が溢れ出した。

彼女はかつて、まだ赤ん坊だった悠太を胸に抱いて、夜泣きをあやしながら泣き続けた日々を思い出した。

その時も、今日も、彼女は息子を守ることができないという無力感に押しつぶされそうだった。


「悠太…お母さんもあなたと同じくらい苦しいの。あなたがどれだけ辛いか、私は全部わかってる。だけど、どうしてあげたらいいのかわからないのよ…」美香の声は震えていたが、その言葉には愛情が溢れていた。






第五章: 愛と希望の記憶



怒りのあと、母子の間に沈黙が流れた。

美香は静かに悠太の手を取り、公園に連れ出した。
夕方の柔らかな陽光が二人を包み込む中、美香は悠太と手をつないで歩いた。


「悠太、覚えてる?あなたがまだ赤ちゃんだった頃、私たちはよくこの公園に来ていたの。あなたが泣き止まないとき、ここに来ると不思議と落ち着いてくれたわ。」美香は遠くを見るように目を細めた。


「お母さん、そんなこと覚えてないよ…」悠太は小さく答えたが、その声には少しだけ柔らかさが戻っていた。


「あなたが初めて笑ったのも、この公園だったわ。あの時、あなたの笑顔を見て、私はどれだけ救われたか…。悠太、あなたがいるから私は生きているのよ。」美香はそう言って、優しく彼の髪を撫でた。


その言葉に悠太は何かを感じ取り、無言のまま母の手を握り返した。
彼の心の中にあった怒りは、ゆっくりと溶けていくようだった。



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