あの日のベトナム~狂気のテーマパーク②
スイティエンパークは仏教をテーマに造られたのだという。
ベトナムは仏教徒が最も多いとされているが、日本でいうところの仏教とは異なり、儒教と道教(中国の民間宗教)の要素が混ざり合っているらしい。さらにカトリックや少数民族の信仰などが多数存在している。特に信仰心の強い国という印象はないが、国内には“仏教テーマパーク“や仏教関連エンターテインメントが複数存在するのだから、それなりの需要があるのだろうと思う。後に知ったのだが、スイティエン公園の面積は105ヘクタール(東京ディズニーランドは46.5ヘクタール)もあるのだそうだ。そもそも午後にふらっと立ち寄って回り切れる規模の施設ではなかった。そうとは知らず、どんどん奥へと進み深みにはまっていく。しばらくして、巨大な酒樽がモチーフの建物にたどり着いた。酒瓶のラベルの部分にはベトナム語のほかに英語で”The Best Herbal Wine Palace“とある。
建物の周りには掃き掃除をしているおじさんがひとり。それもすぐにどこかへ消えてしまった。受付も案内スタッフもいない。休止中かと思ったが明かりはついており、外に低く太い声で何かを話している声が繰り返し流れている。ベトナム語なので何を言っているかはわからないが、よくアトラクションで見かける、客寄せの効果音だろう。園内マップと見た目などから判断するに、どうやらここはお酒、ワインに関連する何かなのだろう。大きな酒樽の真ん中にぽっかり空いた入口。反対側には出口がある。ウォークスルー型のアトラクションかな?と思い、恐る恐る暗い館内へと入っていった。
館内はしばらく土蔵のようなトンネルが続いた。暗い。かまくらのようにところどころ足元に小さな光はあるが、まったくもって心許ない。トンネルは思いのほか長く、行けど歩けどまったく人に会わないのだ。ようやくやや広い空間に出ると、今度はガラス張りの向こうにたくさんのテーブルと椅子があった。椅子はすべて上げてあり、電気もついていないので薄暗い。片隅に醸造機のようなものがあり、その部屋の周りをぐるりと回って歩いていくスタイルだ。ガラス張りの外側の壁には何やら醸造技術の説明が書いてある。どうせ読めないので写真を眺めながら足早に歩きすぎた。このあたりですでに少しビクビクしていた私は、後ろを振り返ることも出来ずほとんど駆け足で前へと進んだ。
急に視界が明るくなり、瓶から吐き出されるように外に出た。
これはいったい、何だったのだろう。
おそらく、ワインの試飲ができる施設だったのだろうとは思うが、なぜここに、この佇まいである必要があったのか。入り口にはピンクの太ったおじさんの像、である。謎すぎる。酒呑童子に関連しているのかとも思ったが、真相は闇の中だ。
“何もない”が異空間になりうる魔境、スイティエンパークなのである。
気を取り直して歩き出すと、若い修行僧の集団が観光に来ていた。本物のお坊さんである。テーマパーク内には本物の寺院もあるのだ。糞掃衣に身を包み、手には最新のスマートフォンを手に歩く若い修行僧のグループは、このカオスな仏教テーマパークをどのように思っているのだろうと思いつつ後姿を見送った。
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