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星降る夜のセレナーデ 第35話 DTM

中島さんと小池さんが部屋へ入って来た。俺は少し緊張している。

「白河先生、お久しぶりです。彼が噂のお弟子さんですね、エンジニアの小池です」ニッコリと握手をもとめてきた。

「浅見真人です、よろしくお願いします」俺は頷いて握手に応じる。

コーヒーが運ばれて来たので4人は飲みながらしばらく世間話を始めた。

「どうですか、秩父の山里は?」中島さんがメガネを曇らせながらコーヒーを飲んでいる。

「最高ですよ!水や空気は美味しいし、人も温かいですからね」一樹さんはニッコリ親指を立てた。

「僕も白河先生のプライベートスタジオが見たいなあ」小池さんは興味ありげに聞いている。

「古い機材ばかりのアナログスタジオでね………だから今回お願いしたんだ、真人くんにD T Mを教えていただこうと思ってね」

「もちろん喜んで」そういうと俺を見て席を立った。

「じゃあ真人くん、早速こちらへどうぞ」そう言って別の部屋へ案内される。

部屋に入ると、殆ど何もなく、机の上には小さめの鍵盤とパソコンと、モニター、スピーカーが2台置いてある。
小池さんは俺を横の椅子に座らせると、パソコンの電源を入れた。
画面が立ち上がってくると、マウスをコチコチと鳴らして説明してくれた。

「この画面が録音するトラックだけど解ります?」

「スタジオのテープレコーダーってことですか?」

「そうです、この番号がトラックの数です」

「沢山トラックがあるんですね、ウチのスタジオは16トラックしか無いですけど………」

「さらにこの画面はMIDIトラックと言って自動演奏のトラックが別にあります。そして楽器の音源も入ってます」

小池さんは目まぐるしくマウスを動かして画面にさまざまな楽器の音源を表示させた。

「これがドラムの音源です」そう言ってキーボードを叩くとドラムの音がする。

ドラムの音をMIDIで記録するとコピーして貼り付けあっという間に16小節出来上がった。

「これにベースやピアノを記録します」そう言って次々に音を重ねていく。

「う〜ん………」俺は目を丸くして唸った。

「これに生のギターや歌を録音できます、そしてミックスも出来ますよ」小池くんはミキサー画面を立ち上げる。

スタジオのミキサーをグラフィックな画面にしたようなミキサー画面が表示された。さらにエコーなどのエフェクターも立ち上げてエコーをかけて説明してくれた。

俺は腕を組んでしばらく考え込む。

「これが使いこなせたら、一樹さんは………いや先生は随分楽になるだろうなあ…………」改めてパソコンをじっくり見た。

「これマックって言うんだよ、欲しくなりましたか?」小池さんはニッコリした。

「はい、凄く興味が湧きました、でも値段はどれくらいするんでしょうか?」

「そうだね……ソフトや付属品も合わせると80万位かなあ………」

「そんなに高いんですか?だと俺は買えないなあ………」

「先生に買って貰えばいいじゃないですか」小池くんは意味ありげに笑った。

「俺はまだ駆け出しなんで、そんな事言えませんよ」俺は笑い返した。

「真人くんって音楽の経験は?」

「下手なパンクバンドのドラマーでした」俺は恥ずかしそうに俯く。

「正直なんですね真人くんは………何故弟子を取らないはずの先生が君を弟子にしたか、なんとなく分かった気がします」

優しい目で俺を見ると一冊の本を手渡してくれた。

「この本にD T Mの事がしっかり書かれてるからあげるよ」

「えっ!頂いていいんですか?」

「もちろん、お近づきの印ってことで」ゆっくり頷くと微笑んでいる。

「ありがとうございます、俺頑張って勉強します」ペコリと頭を下げた。

「真人くん、機械や技術がいい音楽を作るんじゃないんだ、あくまで手段でしかない。白河先生は本質をちゃんと分かってる人だから安心してついて行って良いと思うよ」

「はい」俺はしっかりと頭を下げた。

「僕は弟子になれた真人くんが羨ましいよ…………それから皆んなの前では決して一樹さんと呼ばないようにね。さっき言いかけたでしょう」笑いながらパーティへの心配りをしてくれた。

そこへ一樹さんと中島さんが入って来る。

「どうだい?少しはD T Mが理解できた?」

「いえ、この短い時間では………」俺は頭をかいた。

「そりゃそうだ、こんな短時間で理解できたら天才だね」一樹さんは笑った。

「真人くんは若い頃の先生に少し似てませんか?」中島さんが不思議そうな表情をしている。

一樹さんはニヤッとした。俺はなぜだか分からず、眉を寄せ首を傾げた。

「さて、パーティへ行きましょうか」中島さんが手を出口の方へ向ける。

4人は少し離れたビルのパーティ会場へと向かった。

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