初対面で「賢そう」と思われるのはなぜか
僕は、とくに子供の頃は、賢い子というイメージがあったそうです。
自分で言うのもなんですが。
小学生のとき、滅多に会わない母方の祖父に「へらこいやっちゃ」と言われました。「へらこい」は徳島の言葉で「かしこい」です。
ネットで調べると多少、悪い意味が書かれていますが、もう少し良い意味だと僕は思っていましたが、違うのでしょうかね?
賢そうと思われたエピソード
小学2年で転校して、新しい学校のクラスの子にも「賢そう」と思われていたようです。
それは何年か前の高校の同窓会のときに2人の同級生に聞かされて、びっくりしました。
中1のときの担任の女教師からは「貴公子」だと思われていたらしいです。
少し後でそのことを聞かされたときに、たいそう驚きましたが。
大学の頃の知り合いの女性に、社会人になってからの飲み会で
「あんたの顔はペテン師の顔やわ」
みたいなこと言われて、かなりショックでした。
そんなことを言われたのは最初で最後でしたが、意外に本質をついているのかも?と、しばらく噛み締めましたね。その言葉を。
後からもたびたび頭をよぎりました。
以上のようなことを総合すると、小さい頃はピュアで凛々しく、大きくなってちょっと曲者、のような自分のイメージが浮かび上がってきます。
30代までは賢いと自分でも思っていた
恋愛以外は、全てのことがうまく行った、30代までの人生ですので、自分でも賢いと思っていました。なんでも出来ると思っていました。
(本当は出来てないことが沢山あったことに後から気付きますが)
でも40代になると、出来ないこと、うまく行かないこと、他人から低い評価を受けることが生じてきて、その自信も揺らぎます。
初対面の人は信用する
もうだいぶトロンとしてしまって、かつての面影を見出すのが難しくなっている現在ですが、それでも初対面の人に信用されるという特性は、変わらない気がしています。
むしろそれは歳を重ねることでより強くなっているようにも思います。
特に、年上のおばさん。
それからおじさん。
僕自身がおじさんですので、そこから見ておばさんおじさんって、かなり年配の方ですね。
それから、小さな女の子。
数年前に頭が病気していた頃に、知り合いに会った際、その方がお孫さん(お嬢ちゃん)を連れてきていたのですが「一緒に遊ぼう」とか言って手をつないできたのですね。
トキメキますよね。
知り合いにも「子ども相手の仕事をしたらどう?」なんて言われたこともあります。全く考えられないですけどね。
ただ、初対面の同年代や女性には、比較的警戒される傾向があると思います。
それも自覚しています。
「賢そう」は良い面と悪い面がある
なんとなく信頼感はあるけど、信頼して騙されるのでは?
と思われがちな点ですね。
見透かされるような気がするのかも。
いい人だという印象を持ち、付き合ってみると実際は、意外と冷たかったり配慮が欠けたりすることで、裏切られたような気になる。
そう思ったのか、去っていく人もいます。
良さそうに見えて、実はそうじゃないと思ったときの残念さみたいなものを感じられやすいということでしょうか。
一昨年、母と多少ギクシャクしていた頃に
「あんたは賢そうに見えてアカンね」
と言われて、素直に納得してしまった自分が哀しいです。
でもそれで、ある意味吹っ切れました。
note は賢そうなキャラで行く!
とね(笑)
良いところは伸ばさないともったいないのです。