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コッペパン、子猫、女学生
こんにちは。福です。
断片的に世界を嗅ぎ取ったとある一日をあえて文字にしようかなと。
最後にはぼくの表現作品も載せているのでよかったら見ていってください。
朝食
艶やかな夜も明け、よどんだ空気に朝日が差し込む。一斤で買ったパンの端切れにバターをひとかけら落とし、グリルで焼いた。添えるのは水出しコーヒーと自家製ヨーグルト。ねぼけまなこのまま、身体に染み込ませるように口に含める。
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秘境の村について書かれた本を読み、しばらく時を過ごす。霧がかった山々の峰に住む人々の暮らしを思う。みな元気にしているだろうか。
窓辺のコッペパン
「もうこんな時間」
昼に以前から気になっていたコッペパン専門店に。変に気取りすぎず、小綺麗な店内。気さくな町のパン屋という感じ。就労支援らしい。
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中身の具材を選ぶと注文してから挟んで出してくれた。ごぼうサラダ、ナポリタン、練乳クリーム、そしてぼくの大好きなりんごのペースト。
4種のコッペパンを注文し、イートインスペースへ。いつもなら窓際のカウンターを選んだだろうな。でも今日は奥にあるソファに腰掛けた。窓の外に紫陽花を見つけたから。
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オレンジ色のガラスに囲まれた吊り下げ照明の暖かさも手元にまで届きそう。小さな幸せだね。社会に馴染めずにいるぼくも、数百円さえあればこんな幸せと出会えてしまう。悔しいけど、これがお金の力なのかもしれない。「お金きらい」っていってるぼくが、きっと誰よりもお金のことに敏感なんだ。まぁ、あまり深く考えないで、パンを口いっぱいに頬張る。どこか懐かしい味わいが心を包み込む。雨上がりの町並みと紫陽花を眺めているうちに思考の渦もじんわりと溶けてゆく。
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雨に耐え忍んで咲くことから。
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今では小さな花が集まる様子から「家族団欒」の象徴とも。
ぼくは後者の解釈、微笑ましくて気に入ってる。
襲われた子猫
家に帰りゆっくりしているとベランダの外で子猫の鳴き声がする。体を乗り出して外を見ると母猫と子猫たちが大行進をしているところだった。のてのて歩いては母の姿を追ってゆく。なんとも可愛らしい光景。
だがそんな景色もすぐに一変してしまう。歩き疲れた子猫ちゃん2匹が道端のブロック塀にもたれかかってしまう。母猫はそれに気づかずどんどんと進んでいってしまった。にゃーにゃーとか細い声で呼ぶも、もうそこに一行の姿はない。子猫数匹取り残される。突如としてカラスの大群が子猫たちを襲う。じりじり近寄ってくちばしで突き始めた。ぼくはいても立ってもいられず、咄嗟に玄関を駆け出し、ベランダから見えていた路地へ向かった。カラスは道にも塀にも家の屋根にもそこらじゅうにいて、取り残された子猫を狙っていた。ぼくは走りながらタオルをぶんぶん回してなんとかカラスを追っ払った。
しゃがみこんで子猫を見ると細い前足が小刻みに震えていた。まだ何も知らぬ目、尻尾、肉球。か弱きものはかくも愛おしい。まじまじと見つめるぼくにも怯えたようで、とうとうどこかへと走り去っていった。子猫の行方は、誰も知らない。
いつも自然を愛して、美化された世界をどこか斜に構えて見ていた。だけどぼくは目の前で繰り広げられた弱肉強食の世界をただ見つめ続けるなんてことはできやしなかった。町の猫という存在そのものも本来はとても不自然だと思う。けど勝手に情を移してしまう。なんともいえないね。
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その後、女学生
咄嗟に外に出たからマスクもつけてなかった。黒いシャツの顎髭男がタオル片手に立ってるなんて、不審者みたいじゃないか。急に我に返る。
と道の向こうから下校中の女学生ふたりがこちらへ歩いてきた。通報されないようにと目を逸らして道の端を歩いて家へ引き返す。するとふたりは談笑をやめ、こちらを見て、何を思ったか「こんにちは」と挨拶をしてくれた。不意をつかれたぼくは驚きながら少し照れくさく、「こんちは」と返した。
人間との関わりを断絶し続けていたぼくも、最近になって社会に心を開き始めている。ミサンガが結ばれている足首を覗くと、ぼくの足も子猫のようにか細く震えているような気がした。
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コッペパン、子猫、女学生。
コッペパン、子猫、女学生。
そうそれは優しくはかない日々の断片。
起承転結。もちろん子猫が「転」で。
最近いろんなことが頭を「交叉」している。
山奥の秘境の研究のこと、今の暮らしのこと、食と料理、自給自足について、将来について、お金について、社会との向き合い方、自然とは何か、フランスと東欧と東南アジアについて、愛と距離について。。。
そのどれもが全く異なる事象でいて、それでも核心に迫るほどひとつの物事と向き合っているように感じる。そうそれはまるでいくつもの線が交叉するかのように。
あるいは、いくつもの色が混じり合った末に黒になるように。
この混沌からあえてある一日を抽出したときに浮かび上がったキーワード。
それがコッペパン、子猫、女学生だった。
付け足しはせず、ひたすらに削ぎ落として、それで残ったこの三つ。
それ以上でも、それ以下でもない。
コッペパンと子猫と女学生。
この何気ない空気感の中に、きっとぼくの世界が広がっている。
きっと、ね。
だからこの文章をここまで読んでくれた人がいたなら、あなたは少しだけぼくの世界に飛び込んでしまっている。そして一旦は理解したつもりになって、だけどどこか腑に落ちずに沼にはまってしまうんだ。
なんで知ってるかって?
それはぼく自身がこの沼の第一犠牲者なんだもの。
表現作品
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