【活動報告14】”LivingAnywhere”な生活:荒川上流部ウォーキング:4日目
2022年9月8日作成
本記事は、ランサーズ新しい働き方LABの「研究員制度」の活動の一環として、私個人が行う「働き方実験」についてまとめたものです。
LAC(LivingAnywhere Commons)を活用させていただく目的は、【実験計画書】にも記しましたが、
荒川・隅田川・神田川の水辺ウォーキング
荒川・隅田川でのカヤック一人旅
です。
「隅田川ウォーキング」については、起点(岩淵水門)から東京湾河口まで歩き、既に完了しました。(活動報告04~活動報告08)
次は、「荒川ウォーキング」となり、上流部にある白川橋を起点とし、東京湾河口まで歩きます。
ただし、途中で「隅田川カヤック下り」を入れます。
また、荒川ウォーキングを進めながら、カヤック一人旅の下見も兼ねています。
カヤックを川へ降ろせる地点や、漕いだ後の陸へ上がる地点を見出すのも、大事なミッションとなります。
さらに、美味しい酒と肴があれば、ぶらりと店に寄ってみて、特に筆者が大好きな日本酒を堪能しつつ取材したいと考えております。
1.荒川ウォーキングルート・日程
埼玉県大滝村にある甲武信岳を源流とする荒川を、右岸・左岸(*)交互に歩きながら、東京湾河口まで歩きます。
スタート地点は、上流部にある白川橋とします。
1-1.荒川の概要
荒川は、埼玉県・東京都を流れ、東京湾に注ぐ一級河川です。
荒川水系として、
流路延長:173km
流域面積:2,940㎢
最大川幅:2,537m(御成橋付近、日本最大)
となります。
源流は、埼玉県・山梨県・長野県が境を接する甲武信ケ岳です。
秩父山地から流れ出て秩父盆地まで東に流れ、秩父盆地から長瀞渓谷まで北に流れます。
そこから東に流れ、寄居町で関東平野に出て、熊谷市で南南東に向きを変え、川越市で入間川が合流します。
戸田市から東へ向きを変え、北区の岩淵水門で隅田川が分岐します。
1-2.荒川ウォーキングルート図
荒川上流部沿いを走る秩父鉄道の終点:三峰口駅から上流へ徒歩5分の箇所にある白川橋を起点として出発します。
基本的に荒川沿いを歩きますが、水辺に近づけない箇所が、特に上流部に数多く存在します。
その際は、荒川から少し離れた道路を歩き、下流へと向かいます。
1-3.荒川ウォーキング日程
荒川ウォーキングの日程ですが、1か月に3日ほど時間を確保して歩きますので、東京湾河口までは約1年間かける予定です。
荒川を歩きながら、寄り道を意図的に行うつもりですので、ゆったりとした日程を組みます。
荒川上流部ウォーキング第1節の3日間の日程は、下記の通りです。
1日目:三峰口駅を出発し、白川橋から日野鷺橋を通り、武州中川駅までの区間:2022年8月7日
2日目:武州中川駅を出発し、久那橋から巴川橋を通り、御花畑駅までの区間:2022年8月8日
3日目:御花畑駅を出発し、佐久良橋から秩父橋を通り、大野原駅までの区間:2022年8月9日
荒川上流部ウォーキング第2節の2日間の日程は、下記の通りです。
4日目:大野原駅を出発し、秩父橋から皆野秩父バイパス荒川橋を通り、皆野駅までの区間:2022年9月5日
5日目:皆野駅を出発し、皆野橋から金石水管橋を通り、野上駅までの区間:2022年9月6日
2.4日目:大野原駅を出発し、秩父橋から皆野秩父バイパス荒川橋を通り、皆野駅までの区間:2022年9月5日
4日目のルートは、下図の通りです。
2-1.秩父鉄道:大野原駅をスタート
4日目は、大野原駅からスタートです。
大野原駅から秩父橋へ向かいます。
2-2.秩父橋(ちちぶばし)、旧秩父橋(きゅうちちぶばし)
秩父橋に到着しました。
秩父橋は、荒川上流部ウォーキング3日目にも通過しました。
この橋を渡り、荒川左岸を下流へ向けて歩きます。
ちなみに、上流側の斜張橋が、秩父橋
下流側の工事中の橋が、旧秩父橋です。
旧秩父橋から荒川下流側を撮影しました。
荒川左岸沿いの道路を、ひたすら下流へ向け歩きます。
2-3.和銅大橋(わどうおおはし)
次に現れる橋は、和銅黒屋橋です。
和銅大橋の側面を写真撮影するポイントがなく、舗装面だけの写真となりました。
和銅大橋の中央から上流側を撮影しました。
和銅大橋の中央から下流側を撮影しました。
和銅大橋を荒川左岸から右岸へと渡り、右岸沿いの道路を下流へと向かいます。
2-3.秩父鉄道:和銅黒谷駅(わどうくろやえき)
中間地点の和銅黒谷駅に到着しました。
ここで、しばし休憩
レトロ好きの鉄ちゃんが、喜びそうな駅舎のたたずまい。
もちのろん、無人駅。
和銅黒谷駅を後にし、荒川右岸を下流へと向かいます。
2-4.和同遺跡(わどういせき)
荒川右岸沿いの道路を歩いていますと、和銅遺跡の看板が現れました。
ここでしばし、「和銅遺跡」にお付き合い。
和銅遺跡は、慶雲5年(西暦708年)、武蔵国秩父郡から銅が献上され、これを喜んだ朝廷が年号を「和銅」に改元し、日本最初の貨幣「和同開珎(わどうかいちん)」を発行しました。
和銅が採掘された跡が、今もなお秩父市黒谷の和銅山に残されていることから、この一帯を和銅遺跡というみたいです。
ちなみに、和銅は精錬を要しない自然銅のことらしいです。(「へ~」)
この和銅により、唐の「開元通宝」を模して
「天地和同」
「万物和同」
などの目出度い言葉を基にして名付けられて「和同開珎」が誕生したらしいです。(2度目の「へ~」)
年号は「和銅」
銭貨名は「和同」
と厳然と区別されているらしいです。
日本最初の通貨が発行された土地に遭遇するとは、俺って持っているなあ!と痛感(自画自賛)
和銅遺跡を後にしました。
2-5.石灰岩を運ぶ列車
荒川右岸沿いの道路を下流へ向けて歩いていますと、石灰岩を運ぶ列車に遭遇しました。
道路は、秩父鉄道とも並行しています。
筆者が宿泊している横瀬町には、武甲山という山の周辺にセメント精製工場があります。
石灰岩を原料として、セメントが造られますが、おそらくその工場群に運ばれるものと思われます。
なお、武甲山につきましては、下記の記事をご覧ください。
2-6.皆野・秩父バイパス荒川橋梁(みなの・ちちぶバイパスあらかわきょうりょう)
次に現れたのは、皆野・秩父バイパス荒川橋梁です。
皆野・秩父バイパス荒川橋梁の舗装面です。
街路と有料道路が並行しています。
皆野・秩父バイパスの中央から上流側を撮影しました。
有料道路が上流側を走行しており、人は立入禁止になっているため、上流側に近づけず、荒川水面は見えませんでした。
皆野・荒川バイパス荒川橋梁から下流側を撮影しました。
皆野・荒川バイパス荒川橋梁から見た武甲山です。
皆野・荒川バイパス荒川橋梁を後にし、荒川右岸を下流へ向かいます。
2-7.秩父鉄道・皆野駅(みなのえき)
本日のゴール地点である皆野駅に到着しました。
3.まとめ
以上
秩父鉄道:大野原駅をスタート
秩父橋・旧秩父橋
秩父鉄道:和銅黒屋駅
和銅遺跡
石灰岩を運ぶ列車
皆野・秩父バイパス荒川橋梁
秩父鉄道:皆野駅
と巡りました。
和同開珎を製作していた歴史的な地点に遭遇できたことは、ラッキーでした。
「これで金運も上がる」と、勝手に思い込んでいます。
明日は、長瀞を歩きます。
川下りをやっていればよいのですが!
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