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読書好きの私が観たミュージカル『ワイルド・グレイ』



どの角度から斬っても凄いぞ『ワイルド・グレイ』


舞台やミュージカルには詳しくないけれど(観るのは好きでも技術やら何やらは全く分からない)、本を読むのは昔からの趣味。
そんな私が『ワイルド・グレイ』を観て深く感動し、アンケートには書ききれなかった想いを綴りました。


プロの仕事に圧倒されるシナリオと演出


ストーリーや演出に関しては、ただひたすら「素晴らしい」としか言えません。
これぞプロの仕事……!
緻密な構成と流れるような場面展開に、終始引き込まれました。


どこを見ても目が嬉しい美術


セットデザインが圧巻。

当時の英国の洗練された美意識が舞台の隅々にまで行き渡り、眺めているだけで楽しくなります。
特に印象的だったのは、オスカーの書斎とボジーの部屋(裏返すと英国の街並みになる)という二つの美しいセットがくるくる回転しながら場面転換する様子。
まるで最高級のシルバニアハウス・サンリオ玩具のようで、思わずときめいてしまいました。


細部までこだわり抜かれたハイセンスな衣装


キャラクターごとにぴったり合ったデザインはもちろんのこと、色合いや小物のチョイスまで全てが完璧
メインキャラだけではなく、演奏家たちの衣装までくまなく魅力的で、目が離せませんでした。


落ち着いた色味や明度が心地よい照明


照明の使い方もとても好みでした。
シックで洗練された光の演出が、作品の雰囲気を一層引き立てていました。


圧倒的なクオリティの役者と音楽


出演者全員の総合力が高く、安心して物語に没頭できます。
さらに、生演奏による音楽も驚くほどハイクオリティで、劇場全体を包み込む幻想的な音が響いていました。

ただ、あまりにも美しい音楽と歌声、そしてシックな照明に包まれると、副交感神経が優位になり、眠りへと誘われそうになるのが唯一の困りごとかも?!


赤チームと青チーム・まるで別作品のような二公演


この作品は、赤チーム・青チームの二公演があり、私はどちらも観劇しました。
驚いたのは、同じ演目なのに全く違う作品のように感じられたこと。

それぞれの個性が際立っていて、甲乙つけがたいのですが……
個人的な印象としては、以下のようなイメージでした。

青チーム:「基本に忠実なアプローチ」
赤チーム:「独自の切り口が面白い」

どちらも違った魅力があり、満足度は非常に高かったです。

余談ですが……
「インフルにかかったボジーを懸命に看病したオスカー。しかし、その後インフル伝染されオスカーが寝込むと、ボジーはあっさり見捨てた」というウルトラ最悪エピソードは出て来ませんでした。


【青チーム】満足感ある芸術的な分かりやすさ


私は、オスカー・ワイルドに特別詳しいわけではなく、彼の名作を何となく読んでいる程度のライトな読者ですが……
青チームのキャストは、「何となく漠然と思い描いていたイメージ通り」でした。

役者の写真を数枚見れば、誰がどの役か分かるくらい配役が明確で、視覚的な説得力が凄い!
堂々とした美丈夫オスカーと、彼より細身で背の低いロスとボジー。
三者三様の個性が際立つビジュアルで、シルエットだけでも関係性が伝わる親切なキャラデザインだと思いました。

元ネタの雰囲気を損なわず、それでいてブラッシュアップされた魅力的な三人。
まるで上質な女性向け漫画になったような絵面で、オスカーたちを知らない人でも、彼らのキャラクターがすんなり理解できるのではないでしょうか。
分かりやすさは大事なので……。


平間ロス・理解者であり、未練を抱えた元恋人


ロスは、かつて恋人だったオスカーの創作活動を支える存在。
平間壮一さん演じるロスの振る舞いには、オスカーへの未練が感じられる瞬間が随所にあり、ただの「支援者」ではない、危うい心の内が見え隠れしていました。
理解者としてオスカーを支えつつも、彼への恋慕ゆえに感情を揺さぶられ、時に荒々しくなるロス。
その人間味がとても魅力的で、私の中のロス像と完全に一致しました。
実績ある役者さんの仕事は安心感が半端ない。
赤・青チーム合わせて六名のキャラの中で、個人的に、こちらの「観客に共感を抱かせる好感度高いロス」が最も好きだった。


廣瀬オスカー・肉体的にも強さを感じる理想のヒーロー


廣瀬友祐さんのオスカーは、ビジュアルからして強そう
ジョン(ボジーの父)の公演妨害があっても肉弾戦で無双しそうだし、刑務所の重労働も余裕でこなしそう?!
元恋人のロスと戯れたり、ボジーを愛しながらも、彼らそのものではなく「彼らを通して美そのものを愛している」ように見えたのが印象的でした。
いわゆる「スパダリ」っぽく、なのにダークで繊細な側面も併せ持つ、まさに社交界で注目を浴びるにふさわしい魅力たっぷりなオスカーでした。
女性はもちろん、男性が理想像的なノリで憧れる感じのオスカーだったような気がするけど、どうなんだろう……?
もしオスカー本人がこの舞台を観たら、このキャラ設定とキャラデザに喜ぶような気がする……根拠はないけど……。
何というか『ハーレクイン』系のコミックに出てくるイケメンヒーローみたいだった(詳しくないので違ったらすみません)。


福山ボジー・内面に傷を抱えた妖しい策士


史実のボジーは、なかなかにヤバい人物……
でも、福山康平さんによるボジーの解釈は見事でした。
内面に傷を抱えた妖艶な策士として、計算ずくでオスカーを誘惑する様子は圧巻。
「これぞ大人の表現!」と膝を打ちました。
因縁を背負いながら生きざるを得ない悲しい青年でもあり、オスカーを創作と破滅の双方へと導くオムファタールでもある。
そのどちらの側面も納得感があり、キャラクターとしての完成度が高い!
まさに「いい仕事してますねぇ……」と唸るような演技だと思いました。
これほど素晴らしい俳優さん、どんな方なのだろう……とパンフレットを読んだ所、「とても寿司が好きな人なのだな」という謎の印象が強烈に残った。


分かりやすく、それでいて濃厚な三角関係


カッコいいオスカーを巡って、ロスとボジーが火花を散らす三角関係。
でも、オスカー自身はその渦中に巻き込まれるというより、彼らとの関係を通して美学を見つめているように感じました。

オスカーにバックハグする際、うっかり想いが溢れてしまうロス。
オスカーとボジーが情熱的に踊るシーン。
彼らの愛情表現は、ギスギスドロドロしつつもスタイリッシュで、圧倒的な魅力がありました。


洗練された「痒いところに手が届く」三人


青チームは、「欲しいと思ったものが、適切な形でそこにあり、しかもカッコよく表現されている」舞台だと私は思いました。
ハーレクイン系のBLレーベル的なブランドがあったら、この青チームの「上品な大人の男たちによるホロ苦いロマンス劇」のような作風が似つかわしいはず(もし既に存在してたらすみません)。

原作への忠実さと芸術性、そして分かりやすさを兼ね備えた内容が本当に素晴らしい。
例えるなら、「出汁のきいた喉越しの良い蕎麦を食べたい」と思った時に、たまたま入った蕎麦屋で、想像を超えた最高の蕎麦が出てきたような満足感。
そんな「そうそう、これが欲しかった!」と思えるものが出てきた時の嬉しさが詰まっています。
思わず「主人、また来るよ」と言いたくなる、そんな出来栄えだと思いました。

オスカーたち本人の史実として残っている濃厚な人間臭さを一旦忘れ、品位高く、華麗でありながら悲しい「物語」として純粋に楽しむことができたような気がしました。


【赤チーム】新たな視点を提供する「人間のままならなさ」


くり返しになりますが、私はオスカー・ワイルドについて詳しくないので、キャラの解釈はあくまでイメージに過ぎません。
それでも、赤チームのキャラクターデザインは少し意外でした。

初めて赤チームを見た時、「オスカー役は福士誠治さんに違いない」と思ったけれど、全く間違っていた。
けれど物語が進むにつれ、「確かに、こういう三人もあり得るのかも……?」と考えが変わったり……。
まるで噛めば噛むほど味が出る、スルメのような奥深さがありました。


赤チームのキャラバランス


オスカー・ワイルドたちの実年齢は、オスカー >> ロス ≧ ボジー
しかし赤チームでは、福士ロス > 立石オスカー > 東島ボジーという年齢順になっています。

見た目の印象も、
☆福士ロス … キリッとした渋おじ
☆立石オスカー … 宝塚男役風
☆東島ボジー … 男の子らしい爽やか少年

という彼らの一般的なイメージとは少し違う感じで「誰が誰の役だっけ?」と戸惑ってしまったり……
なのに観進めると、キャラとしての説得力が増して行くのが素晴らしかったです。


福士ロス・精神的に大人な堅実パートナー


福士誠治さん演じるロスは、青チームの心ゆらめく共感型ロスとは違い、甘い感情をあまり匂わせない抑制的な大人の男
一段高いところから冷静にオスカーを支えている印象でした。
ボジーとのやり合いも、激情をぶつけるのと同時に「精神的に脆い彼を諭す大人」 として接しているようにも見えました。
この知将のごときロスだったら、現実のオスカーも破滅を回避できたのでは……? と思ってしまうほど。
また、落ち着きのあるロスのおかげで、オスカーとボジーの破天荒な気質がより引き立ったような気がします。
そして活動歴の長いベテランなので、安心安全の演技力です。


立石オスカー・掴みどころのない美学の鬼才


立石オスカーは、天然で浮世離れした芸術家気質が際立っていました。
ユーモラスな面も意外と強く、何となく志村っぽい雰囲気すら感じる瞬間も……
しかし『エリザベート』ルドルフ王子など「悲劇の渦に巻き込まれてしぬ」役が上手い立石俊樹さんは、幾重にも深いオスカー像を提示してくれます。
カッコ良さより「美を求めるがゆえに破滅へと突き進んでしまう業の深さ」 が強調されていたように思いました。
『銀魂』空知英秋先生が「キャラの魅力を出す為に敢えて悪い所を描く」みたいなことを言っていましたが、弱点が見えるからこそ良さが出る感じ。
そしてボジーへの熱情はひときわ強く、ロスへの想いはほぼ無糖?!
あと独唱でも素敵な歌声だけど、誰かと一緒に歌うと相手の声を引き立てる気がする。


圧巻の演技力と歌唱力・東島ボジー


代役とは思えないほどクオリティ高い演技で、観客の話題をさらった東島京さんのボジー。
爽やかビジュアルの裏に、ボジーの持つ地雷臭や、手馴れた誘惑のエグ味を見事に落とし込んでいました。
だけど後味はスッキリ爽やかで、青く繊細で共感を呼ぶような魅力あるキャラになっており実に見事。
家系の問題や、運命の渦に巻き込まれる悲劇性を感じさせる演じ方で、歴史に記録されていない「ボジーのアナザーストーリー」を見せてくれたように思います。
とにかく素晴らしい東島ボジー
その秀逸な才能で作品全体を引き締め、「代打で満塁ホームラン」レベルの大活躍を見せてくれました。

と同時に、青チームの狡猾でセクシーな大人のボジーを観て、当初、絵師の後藤大さんがキャスティングされていた意図も何となく理解できた気がしました。


三角関係は控えめ


赤チームは、青チームのように 「オスカーとロスの元恋人関係を匂わせる絡み」 があんまりないかも……?!
オスカーはロスを仲間・友人として大切にしているものの、ロスの想いに応えることは特になく、ひたすらボジーにデレデレ
ロスとボジーがぶつかる場面も、青チームのような火花散る対決というより、ロスが 「大人としてボジーを諌める」 構図になっていたような……?
そのため、元ネタを知らないと 「オスカーとロスが恋人だった過去」 は少し分かりにくそう??


赤チームが描く「人間のままならなさ」


赤チームの物語には、オスカーだけでなく全体的に「人間の悲しいサガ」 が深く描かれていたように感じます。
ボジーのワガママでハチャメチャな行動から垣間見える、複雑な生い立ちと生育環境。
オスカーの作品の行間から滲み出る、芸術家ならではの面倒臭さ。
これらのキャラ描写が「人間のままならなさ」を感じさせ、新たな視点を提供してくれるようでした。
唯一、元ネタがマトモなロスは、ややカッコよく描かれていた気がします。


作品の結末に対する新たな理解


観劇前、私はこう思っていました。
「ボジーむかつく」
「オスカーに生存ルートはなかったのだろうか?」
「しごできロスを選んでいれば、オスカーは長く活動できたのでは?」

しかし、赤チーム公演を観た後、
「彼らの個性ゆえに、あの結末にならざるを得なかったのだ……」
と思い至りました……。

破滅へと向かう性質のオスカーだからこそ、あの名作たちを書くことが出来たのではないか……?
もし彼が安寧の道を選ぶような性格なら、あの卓越した才能自体を持っていなかったかもしれない……?!

赤チームの公演は、そんな 「オスカーの才能と破滅衝動は表裏一体だったのではないか?」 という思索へと導いてくれました
青チームのヒーローっぽさとは異なる「人間の儚さと罪深さ」 を描いた舞台だったと思います。


両チーム観劇後の感想


一般教養として元ネタを知っている程度の、ごく浅い知識しかない私ですが……
「まず基本に忠実な青チームを観て納得」した後、
「様々な可能性が垣間見える赤チームを観て考えを深める」
この順番で観ると、色々と腑に落ちる気がしました。

複雑でドロドロしつつも、由緒正しき伝統的な、分かりやすく美しい三角関係がしっかり描かれる青チーム。
ボジーの魅力に爆速で惹き付けられ、破滅フラグに猪突猛進するオスカーが「ボジーはヤバいけど、やっぱりオスカー自身がメチャヤバい」と気付かせてくれる赤チーム。
私は逆の順番で観たのだけれど、基礎(青)から応用(赤)の流れだと分かりやすそう(個人の感想です)。

また、赤チームのオスカーのみ「美しいオジサン」 を自称していましたが、青チームのヒロイックでスパダリ感のあるオスカーは、あえて自分で「美しい」とは言わなさそうな気もしました。
実際の理由は分からないけど……。


両チームを観て完成する舞台?!


こうして両チームを見比べると、それぞれの解釈や演出の妙を楽しむことが出来ます。
青チームで「そういえば、こういう話だったな」と納得し、赤チームで「なるほど、こういう見方もあるのか」と思索を深める
この二段階の観劇体験は、とても贅沢なものだと思いました。

両チームの大きな違いは、何よりも、裁判以降のオスカーの選択や態度
迷いつつ悲劇に向かう「ワシの懊悩は108式あるぞ」な廣瀬オスカーと、ボジーへの愛に「もう迷いはない」立石オスカーの対比が非常に興味深い。
私が観た公演では、ラストのオスカーの重要なシーンが真逆だったのですが……
ソワレ公演の最後で、まさかのオスカーの決断の違いにうおおおおおおひええええええこう来たか……と昂ってしまった……
私の見間違えだったらすみません……


観劇前・観劇後の三人に対する印象の変化


うっすらとした一般知識としてしか彼らを知らなかった私が、観劇を通して彼らに対する印象がどのように変化したのかを振り返ります。

《観劇前の印象》

ロス…しごでき堅実
オスカー…才能のあるヤバい奴
ボジー…相当ヤバい奴

《青チームの印象》

ロス…心の奥でオスカーを愛しつつ彼の仕事を支える、誠実で悲しい元恋人
オスカー…芸術を追い求める故に破滅へ進んだ孤高のヒーロー
ボジー…妖しく野心的にオスカーを愛する、傷ついたオムファタール

《赤チームの印象》

ロス…色々事情もある男だが、しごでき堅実
オスカー…才能のある相当ヤバい奴
ボジー…事情や傷つきを抱えたヤバい奴

《観劇後、彼らの資料を読んでみた上での感想》

ロス…色々事情もある男だが、基本的にしごでき堅実
オスカー…才能のある相当ヤバい奴
ボジー…事情や傷つきを抱えた相当ヤバい奴


劇中でロスが言っていた通り、聖書のエピソードを元に『サロメ』を書くのは、大変ヤバい行為だと思わずにはいられない……。
現代でも面倒な界隈に絡まれそうなのに、あの当時の英国で発表するとなると……。
聖書って、他宗教の日本人からすると「二次創作がセンシティブな人気原作」みたいなもの。
オスカーがそれを元に前衛的な作品を生み出したのは、本当に大胆で危険な行動なのですよね……。

ちなみに私の『サロメ』感想は、「何でもあげるから裸踊りしろと義娘に命じたヘロデ王はこの時点でイカれてるのに想定外の頼みが来たら反故にしようとしたり挙句ころしてやるとキレたり軽率にも程がある全部テメーのせいだよ後悔するなら最初からキッショいこと頼むな少しは反省しろ」でした。


青チームは、史実を元に丁寧に作られ、ややヒロイックな面が強調された大河ドラマやヒーロー時代劇のような満足感を与えてくれました。

一方、赤チームは、実在した人物の複雑さやしんどさを描いたような出来。『ペリリュー楽園のゲルニカ』に登場した「敵陣に攻撃し戦死したと報告された兵士が、実は一人で転んで死んでいた」話のような人間の無常を見るような印象があり、登場人物たちの背景や思惑が等身大の姿として感じられました。

どちらが良いというより、両方とも必要な視点であることを実感しました。
そのため、両チームの公演を観ることができて本当に良かったと思っています。


こんなのも観てみたい


赤チームと青チームは、同じ内容ながら違いがかなり大きいため、チームを分けずに演目をやるのは難しいと感じました。
しかし東島京さんの話によると、彼は一度だけ青チームに合流し、ボジー役として稽古したことがあるそうです。
彼は廣瀬友祐さんに憧れており、廣瀬オスカーを「理想のカッコ良いオスカー」みたいな感じで語っていました。
英国紳士って感じの容姿同士の廣瀬オスカーと東島ボジーの組み合わせも、ちょっと見てみたくなりました。
他方の、立石オスカーと福山ボジーだと、少し大人っぽくセクシーな雰囲気が漂いそうです。

他の方の感想を検索していたら、立石俊樹さんはボジー役が似合うのでは……と言っていた人をそこそこ見かけました。
いにしえの少女漫画だとフェミニン系妖艶男子は必ずボジー枠だし、確かに見た目のイメージは「自称オジサン」より美青年なんだよね……
でも廣瀬オスカーと身長はさほど変わらないし、元ガテン系のはず……
と思ったのですが、偶然『太平洋序曲』時の廣瀬・立石ツーショットを見つけて「二人のオスカーは並ぶとかなり違うのだな……」と納得しました。


映像や音源でも観たい聴きたい! けれど……


元ネタを知らなくても多分それなりに楽しめるだろうし(特に青チームは初見に優しいはず)、知っているとその奥深さを感じることができる、素晴らしい作品でした。
まぁ、オスカーの代表作「ドリアングレイ」「サロメ」の二作は知っておくと理解が早く便利だとは思う。
そういや多くの人は知っているだろう幸福の王子は特に出てこなかった。

観劇後の満足感は大きく、地方公演の各チーム一公演ずつだけでは物足りなくなり、また観たいと思うほどの素晴らしい演目でした。
そして、韓国の名優が演じたオスカーたちもぜひ観てみたいと思っています。

ただし、今回の『ワイルド』は、映像化や音源化の予定はないそうで……。
映像は九回観たいし、音源は今すぐ欲しい……。
再演してくれたら今度は通います……何卒……。

あと作中でオスカー自身が言っていましたが、彼ほどの大作家でも、商業出版だと、作家が思う通りに作品を書けることはあんまりないのよね。
作品=作者の意図だと思われることは多いのですが、商業出版だと間に挟まるものが多いので……色々と厳しいよね……。
それでも『ドリアングレイ』は超名作だと思うけど……。


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