ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP3-3
EP3-3:敗北と捕縛
夜の帳が近づいているとはいえ、砂嵐と爆炎が入り混じり、空は赤黒いまま沈む気配を見せない。地上戦の激しさが最高潮に達し、砲火が絶え間なく閃光を放つ中、**ネクスト「ヴァルザード」**は最後の力を振り絞るように砂の海を駆けていた。
廃墟と化した建造物がまばらに点在するこの地域には、オーメルの大部隊が進出し、エリカ・ヴァイスナーが率いるアームズ・フォート「ブラッドテンペスト」を中心に包囲網を狭めようとしている。レオン・ヴァイスナーにとっては、すでに退路がどこにもない絶体絶命の状況だった。
深い砂煙と荒れ狂う風が視界を奪い、レーダーは断続的なノイズを拾っていた。数時間にもおよぶ戦闘で機体各所が損傷し、ヴァルザードの脚部フレームは悲鳴を上げている。コクピットの警告ランプが赤く点滅を繰り返し、レオンは操縦桿を握りしめながら歯を食いしばった。
「……ここまでか。くそっ、もっと早く撤退すべきだったか?」
その独白は後悔とも自嘲ともつかない苦渋の混ざった声。戦場では、これほどの混戦になれば孤立するネクスト1機の戦力には限界がある。加えて、先ほどまで共闘していたフリー傭兵・カラードランカーの多くが降伏か壊滅に追い込まれ、援護の目は期待できない。
(けど……逃げ場がない以上、やるしかないんだ。ギリギリまで抗う。)
それがレオン・ヴァイスナーの矜持。機体の動きが鈍ろうと、彼の目にはまだ闘志が宿っていた。
しかし、眼前に広がる敵影は圧倒的だ。重火力を誇る中量級ACと装甲車両が幾重にも囲み、上空には偵察ドローンが飛び回る。さらに、その背後からは巨大なフォート形態のネクスト――ブラッドテンペストが動き出す姿が見える。
「まるで防壁だな……。」
彼はこの機体を遠目に見ながら、かすかに唸る。ブラッドテンペストはエリカ・ヴァイスナーのネクストでありながら、アームズ・フォート並の装甲と指揮支援能力を併せ持ち、戦場を意のままに支配できる存在。その指揮下には、さらに多くの兵器が連なっていた。
コクピット内ではAIが無機質な声で警告を発する。
『包囲網が完全に形成されつつあります。脚部の損傷が大きく、長距離ジャンプは困難。現在の機体状態で脱出できるルートは、ほぼ皆無に等しいと推定されます。』
「言うなよ、分かってる……。」
長嘆の中に、まだ諦めきれない意志が混ざっている。ネクスト乗りとして積み重ねてきた経験が、最後まで抗うことを彼に示唆していた。もし1%でも突破の芽があるなら……と思わずにいられない。
だが、状況はさらに悪化する。砂煙の中から、オーメルの重装甲車輌が追撃してきて、ヴァルザードへ集中砲火を浴びせ始めた。遠距離からの砲撃が正確に着弾し、機体を揺るがす。
「くっ……!」
衝撃でコクピットが歪んだように感じ、レオンは歯を食いしばって操縦桿を操作する。もう回避機動を取るだけの余力はあまり残されていない。せいぜい、動き回って少しでも被弾を減らす努力をするしかない。
次の瞬間、脚部への直撃弾。大きく揺さぶられ、レオンは思わず息を呑む。
(ああ、脚が……!)
警告音が鳴り止まない。ヴァルザードの右脚部のフレームが完全に砕け、駆動制御不能となる。機体がかろうじてバランスを保とうとするが、損傷が限界を超えた。
のしかかる重力のなか、ヴァルザードは大きく横へ崩れ落ちる。コクピットに金属が軋む音が響き、画面が激しくぶれる。地面が迫り、砂と破片が舞い上がった。
「っ……が……!」
激突の衝撃で頭を打ち、意識が一瞬遠のきそうになる。必死に堪えるが、映像が歪み、感覚が遅れてくる。この状態で再起動は難しいだろう。敵は容赦なく追い討ちをかけてくるはずだ。
砂塵の向こうから、重々しい足音が響いてくる。巨大なフォートの形態とネクストの機動力を併せ持つ怪物――ブラッドテンペストが近づいていた。そのコクピットで、エリカ・ヴァイスナーは息を詰めながら事態を見つめている。
「敵ネクスト……倒れた。脚部に深刻な損傷を与えた模様です。捕縛できそうです、隊長!」
副官のグレゴール・シュタインが張り詰めた声で報告する。管制スクリーンにはヴァルザードが砂上に倒れ伏す様子が映し出され、オーメル側の装甲車両が周囲を取り囲むのがわかる。
エリカは短く命令を発した。
「他の残存兵力を排除して、ヴァルザードを確保するのよ。抵抗された場合は……仕方ない、撃破して。」
「了解! 隊長はどうされますか?」
「私も行く。……近くで確認する必要があるの。」
その言葉に、グレゴールは一瞬疑問符を浮かべるが、すぐに了解の返答。何も言わなくとも、彼女の目つきが尋常ではないことを察しているのだろう。
エリカはブラッドテンペストを歩行形態へ移行させ、砂の海を踏破しながら倒れたヴァルザードへと近づく。巨大なシールドとミサイルポッドを下ろし、部隊への指示を続けながら、内心の震えを抑えきれない。
(本当に、父さん……いるの……? こんな形で再会なんて。)
心の奥底に湧きあがる動揺を振り払うように、操縦桿を握る手が汗ばむ。これが任務だと自ら言い聞かせるしかない。あの男が実の父親かもしれないという事実を認めたとしても、オーメルの軍事指揮官である自分には、やるべきことがあるのだ。
コクピット内で頭を振って意識を繋ぎ止め、レオンは壊れかけの機体をなんとか動かそうと試みる。右脚部はもはや機能を失い、左脚でバランスを取るにも限界がある。重量の大半を支えられず、揺れながら膝をつきそうになっている。
「AI……どこまで動ける?」
『損傷率95%を超過。このままでは立ち上がるのは不可能です。射撃武装もライフルが弾切れ、プラズマブレードに微量のエネルギーが残るのみ。ただし、出力不足でまともな切断力を発揮できるか疑問です。』
「……そうか。」
彼は薄く笑うように息を漏らす。ここまで追い込まれたなら、もはや抵抗すら意味をなさないかもしれない。周囲を見れば、オーメルの装甲車がぐるりと取り囲み、砲口を向けているのが見える。遠方にはブラッドテンペストの巨体がゆっくり歩を進めてくる。
まるで、獲物を完全に追い詰めた捕食者の姿だ。戦場でジャイアントキリングを成し遂げたネクストも、結局は数と物量の前に屈するしかないという運命を示しているかのようだった。
「……負けた、か。」
レオンはシートにもたれ、はじめて大きく吐息をついた。父としての何かを失う前に、リンクスとしての誇りを懸けて戦い続けたが、ここで終わりが来る。諦観と悔しさの入り混じる感情が、彼の心を静かに揺らしていた。
けれど、その目はまだ死んではいない。最後の足掻きで、彼はプラズマブレードを起動しようとする。たとえ一人でも敵を道連れにするか、それとも奇跡的に脱出の糸口を作れるか――ほんの微かな希望だ。
「隊長、敵ネクストの反応がまだあります。落ちたように見えますが、ブレードが反応しているようです。」
「油断しないで。複数台の装甲車で包囲して、ネクスト搭乗ハッチの周辺を射撃で威嚇。抵抗をやめさせるのよ。」
エリカの命令に従い、オーメルの兵士たちが装甲車から降り、ネクストの外部ハッチ周辺にライフルやロケットランチャーを向ける。互いの位置を確認し合いながら、息を詰めて慎重に進む。
砂ぼこりが視界を遮るが、ネクストの大きなシルエットがうずくまるように倒れているのは明白だ。既に脚部から火花を散らしており、もう動けそうにない。しかし最後の抵抗を試みる可能性があるため、兵士たちは複数方向から攻める。
「降りろ! 武器を捨てて出て来い! さもなくば、ここで撃ち抜くぞ!」
そんな怒号が複数の拡声器から響き渡る。レオンはコクピット内で苦笑する。無理もない。自分が抵抗すれば確実に撃たれて終わりだ。
通信チャンネルを開こうかと思ったが、彼はやめた。下手に交渉しても容赦なく捕らえられるだけだろう。逃げ道がないなら、せめて最後に一矢報いるか――。そんな危険な考えが頭をもたげる。
「……ああ、もういいか。」
しかし、操作パネルを見つめると、もう何もかもが限界だ。ブレード出力すら維持できないと悟る。彼は苦い顔をしながら操縦桿を放し、コクピットの非常用ハンドルを引く。
外では、兵士たちが警戒を強めている気配がする。コクピットハッチが僅かに開き、レオンは両手を上げる形でゆっくりと降りようとした。
「撃つな……降参だ。」
言葉は小さく、しかし周囲の兵士たちには十分伝わる。ライフルを構えたまま数人がレオンに近づき、強く腕を掴んで拘束する。彼は抵抗せず、頭を下げるようにうなだれた。
「よし、動くな! いいか、こちらの指示に従え!」
鋭い声が響く。強引に手錠のような拘束具を嵌められ、レオンは地面へ膝をつかされる。周囲ではいくつもの銃口が彼を取り囲んでおり、まさしく絶望的な捕縛の光景だ。頭上にはブラッドテンペストの巨大なシルエットが近づいてくるのが見える。
(そうか……これで“終わり”か。やはりエリカ・ヴァイスナーの部隊には勝てなかった……。)
顔を上げると、複数の兵士が吐き捨てるように囁いているのが聞こえる。「こいつがベヒモスを仕留めたって噂のリンクスか……」「大したもんだが、結局は企業の足元にも及ばないってわけだな」など。屈辱的だが、相手の立場になれば当たり前の戦勝感情だろう。
重い足音が砂の上を踏みしめる。見上げれば、そこにいたのは若き指揮官、エリカ・ヴァイスナー。艶やかな茶色の長髪が軍帽に収まり、軍服の上からは階級章が見て取れる。その目は鋭さと、わずかな動揺が混じり合っていた。
兵士たちが敬礼し、エリカに通路を開けるように退く。彼女はレオンの目の前まで来て立ち止まり、視線を落とす。
レオンは抵抗を示さず、ただ相手をまっすぐ見返した。砂嵐でほとんど顔が隠れているが、彼女の瞳に揺れる感情ははっきりと読み取れる――迷い、怒り、悲しみ、様々な情が交錯しているようだった。
「あなた……やはり、レオン・ヴァイスナー……なのね。」
か細い声で問いかける。部下たちが不審そうに振り向くが、エリカは意に介さず言葉を続ける。
「……本当に“父”なのか……どうして、ここで戦わなきゃいけないのよ。」
最後のほうはほとんど呟きに近い。しかし、耳に届くには十分だった。レオンは唇を引き結び、少しだけ苦い表情を浮かべる。
兵士たちの視線が明らかに困惑している。「隊長? 今のは……」と囁く声が聞こえ、エリカが手で制止した。誰も勝手に口を挟むことは許されない。
レオンは傷だらけの顔を上げ、苦しげに笑うように言葉を放った。
「久しぶり……か……こういう形でしか会えないとはな……娘、か。正直、実感が湧かないが……」
そう口にした瞬間、エリカの肩が微かに震えた。彼女が父と呼びたかった相手に、こんな戦場の形で向き合うことになるとは、想像すらしていなかっただろう。
けれど、オーメルの隊長としては、私情に流されるわけにいかない。エリカは強く目を閉じ、呼吸を整えると、再び冷たく毅然とした声を出した。
「……今さらそんな言葉を交わす必要はないわ。私の名はエリカ・ヴァイスナー。オーメル軍事部門の指揮官。あなたは、企業に仇なすテロリストであり、ネクスト乗りとして危険人物。以上。」
「危険人物、か。まあ、そうだろうな。」
レオンは微苦笑を浮かべる。娘である彼女が、こうも毅然と敵対心を剥き出しにせざるを得ない立場にいるとは、皮肉というほかない。
周囲の兵士が「捕虜として連行しますか?」とエリカに問う。彼女は少し唇を震わせてから、短く頷いた。
「捕虜としてクレイドルへ移送する。クレイドル内部には拘束施設があるわ。抵抗すれば、その場で処理して構わない……。」
淡々と言い放つ言葉の裏に、本人の痛みが透けて見える。だが、誰にもそれを口にすることはできない。
レオンは拘束された状態のまま立ち上がるよう命じられ、装甲車まで引きずられる。動けないヴァルザードは残され、オーメルの回収部隊が慎重に機体を取り囲んでいる。ある者は分解を検討し、ある者はそのまま運搬する手段を検討している。
連行される最中、レオンは一度だけ足を止め、エリカの方向を振り返った。彼女はコクピットハッチから見下ろすように立っている。その表情は硬く、兵士たちに厳しい指示を飛ばしていたが、どこか視線が合った気がする。
ほんの刹那、親子としての言葉を交わしたい感情が込み上げた。しかしレオンはそれを呑み込み、兵士の突き放すような声に背中を押される。
「さあ、行くぞ。変な真似をするな。」
レオンが抱いた感情を読み取ったのか、エリカは視線を外し、別の部隊へ命令を与えるふりをした。部下たちに弱みを見せるわけにはいかないし、何より自分自身の心を守るためでもあった。彼女は決して父に対する情だけで行動するわけにはいかないのだ。
結局、レオンは車両に押し込められ、しっかりと拘束される。やがてその車両隊は砂漠を出て、オーメルが管理する拠点都市へ向かい、最終的に上空のクレイドルへ移送される運命にあった。まさに捕虜として囚われることになるわけだ。
砂塵の舞う戦場に残ったのは、破壊し尽くされたベヒモスの残骸と、散乱するカラードランカーの車両群、そしてネクストヴァルザードが横倒しのまま放置されている光景。オーメルの兵士たちがその回収作業を進める一方で、エリカはブラッドテンペストのコクピットに戻り、静かに眼を閉じた。
(父さん……あの人が、本当に私の。)
混乱が頭を支配しそうになるが、指揮官としての意識がそれを上回る。上層部に報告しなければならないし、この捕虜が貴重な研究サンプルやネクスト操縦者としてどのように扱われるか、イグナーツをはじめとした幹部からの干渉も予想される。
しかし、今はとにかく作戦が成功した――敵ネクストを取り押さえ、ベヒモス残骸も制圧した。企業側から見れば大きな功績だ。エリカはその功績の代わりに、胸の奥に痛みを抱えることになった。
「……報告して、終わりにするだけ。私には、オーメルに仕える義務がある。」
そう自分に言い聞かせながら、彼女は通信機を開き、上層部への連絡を入れる。乾いた声で説明を行うが、その裏でどうしようもない感情が押し寄せる。先ほど交わした“短い言葉”――「父……」という存在を認めたくない気持ちと、認めざるを得ない現実が衝突し、心が千々に乱れているのだ。
砂漠の夕闇が近づき、火照った大地が冷え始める頃、オーメル軍の部隊は撤収準備に取りかかった。大半の装甲車やACが隊列を組み、エリカのブラッドテンペストを先頭に、安全地帯へ戻っていく。負傷した兵士や捕虜も何台もの車両に分散して乗せられ、厳重に護送される。
そう、捕虜の中には“父”と名乗るレオン・ヴァイスナーがいる。彼を待ち受けるのは、企業の厳しい尋問か、あるいは利用価値があれば再びネクストを操らせるという残酷な運命かもしれない。
ヴァルザードは損傷した状態のままコンテナに積み込まれ、上空のクレイドルへ移送される段取りになった。ネクスト技術の解析を行うために、企業はその遺産を見逃さない。
こうして、レオンは捕えられ、エリカはその作戦を成功に導いた形になる。周囲からは「隊長、さすがです!」と称賛が上がり、彼女も「よくやった」と淡々と返す。しかし、その瞳に映る夕焼けの光はどこか淀んでいた。成功とはいえ、どうしてこんなに息苦しく、痛みを感じるのか――彼女自身に答えは出せない。
一方、捕虜となったレオンは輸送車両の中でただ黙りこくっていた。自分の“娘”に敗れたという事実を、どう消化すればいいのか。混乱と不思議な安堵、そして絶望が同居している。いずれイグナーツら企業幹部の前に引きずり出されるのは間違いない。
そして、その先には、彼が自由を取り戻す術などないと思われた。ネクスト乗りとして失ったプライドよりも、娘の前で敗北し捕縛された事実が、胸に突き刺さる。
(……俺はずっと独りでいいと思ってた。機械だけを信じていればいいと。それが、こんな終わりを迎えるとはな。)
窓のない輸送車両で、レオンは浅い呼吸を繰り返す。目を閉じれば、かつての記憶が断片的に蘇る。オーメルの研究者だった頃、機械にばかり打ち込み、結局は家族を顧みなかった自分。自由を得るために、妻と娘を置いて独立した結果が、こういう形で戻ってくるのだろうか――。
「……意外と、悔いはないのかもしれない。こうして結末を迎えるなら……。」
苦笑を浮かべる口元がかすかに震える。もし今後、エリカやオーメルがどんな扱いを彼に与えるかは知らない。自分が再びネクストに乗れる日が来るかもわからない。それでも彼は、どこか吹っ切れたような感覚に包まれていた。
後方では、日没が近い荒れ果てた地上を、オーメルの大軍団が悠然と進んでいく。カラードランカーやラインアークのレジスタンスが抵抗しても、これほどの兵力に対抗するには限界がある。エリカの命令によってさらに戦域が拡大されるのは時間の問題だ。
夕闇が落ちきる頃、エリカ・ヴァイスナーはブラッドテンペストのコクピットを降り、基地の簡易司令室で報告書をまとめていた。周りの兵士が「隊長、お疲れさまです」「今回の作戦は大成功ですね」と口々に称えるが、彼女の表情は硬いままだ。
すでに上層部への速報を送信し、レオン・ヴァイスナーを捕虜としてクレイドルへ移送する手続きも始まっている。やりきったはずなのに、胸に重く沈む思いが消えない。あの一言、あの視線をどう受け止めればいいのか――答えは見つからない。
(私が“敗北させた”……実の父を。だけど、指揮官としては勝利。これでいいはず。だけど……。)
葛藤を振り払い、最後の書類へサインを入れる。これで全てが終わるわけではないが、少なくともこの戦場での大きな衝突は一段落する。彼女は部下たちに短く指示を出す。
「捕虜は厳重に管理して、物資や補給ルートも確保しておいて。クレイドルへの戻り次第、私が直接監督するわ。フォートやネクストの回収が済み次第、この地帯を後にする。」
誰も異論を挟まない。若き指揮官の声にはいつも以上の張り詰めた緊張感があった。
エリカは深く息を吐いて立ち上がる。ウィンドウの外には、砂漠の夜風が吹き荒れ、さっきまでの戦火の残骸が暗い影を落としている。その一角に捕えられた父――レオンが存在する。
「私も、彼も、どうなるんだろう。」
小さく、誰にも聞こえないくらいの声で自問する。返ってくるのは虚無だけ。どちらも企業の歯車となるか、あるいはまた相い争うか――見通しは不明だ。
夜陰が深まり、周囲では撤収作業が粛々と行われる。カラードランカーの捕虜や人員は厳重に連行され、ヴァルザードは巨大輸送機に乗せられて上空のクレイドルへ移される準備が整いつつある。
レオンは車両の中で、これから始まる厳しい尋問や拘束生活を想像しながら、やりきれない思いとともに眠りへ落ちそうだった。一方、エリカはオーメルの指揮官として、自分の任務を完遂した達成感と、どうしようもない喪失感に苛まれている。
おそらく、二人にとってこの捕縛は一つの転機にすぎない。オーメルを率いるイグナーツ・ファーレンハイトや上層部が、今後どのようにレオンを扱い、エリカを含むネクスト研究にどう関わらせるか――その先にはさらなる葛藤や衝突が待っているに違いない。
だが、いまはただ、この荒野の深い闇が彼らを包み込む。エリカは遠くの星空を見上げながら、自分が勝者なのか敗者なのか、ひどく曖昧な感覚を抱いていた。
(私は……何を手に入れ、何を失ったのだろう。)
答えは風の中で消えてゆく。そう、実の父を倒してまで勝ち取った「企業の信頼」は、彼女にとってどんな意味を持つのか――夜の静寂だけが、その問いかけに反響するかのように思える。
そして、“孤高のリンクス”として名を馳せたレオン・ヴァイスナーは、拘束されたままその場を去る。ネクストを失い、自由を失い、あとに残るのは企業の鉄鎖で縛られた運命だ。ジャイアントキリングの英雄さえも、戦場の歯車として粉砕されていくのかもしれない。
こうして、激闘の砂漠に沈んだ結末は、レオンにとっては悔やみきれない敗北であり、エリカにとっては形だけの勝利。しかし、長い物語を見れば、これが本当の終わりではない。まだ物語の幕は下りておらず、企業戦争の渦はさらに大きな流れを巻き起こしている。
だが、今この瞬間だけは、静寂と薄暗い夜の冷気が、捕虜となった父と娘の宿命を静かに包み込んでいた。地上には潰えたヴァルザードの残骸と、胸に大きな傷を負ったネクスト指揮官の影が、血と砂の匂いを漂わせて動かなくなっている。
“敗北と捕縛”――それがジャイアントキリングの後日譚として、戦場に暗い余韻を残したまま、夜の帳が降り始めるのだった。