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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP6-2
EP6-2:イグナーツの追撃
乾いた砂と廃墟の残骸が、一面を埋め尽くすように広がる地上の荒野。そこへ、遠くの空を縦横に切り裂くように大きな影が現れた。回転翼の重々しい音を響かせながら、企業仕様の大型輸送ヘリが複数台、編隊を組むように低空を飛んでいる。機体にはオーメルのロゴがあり、一斉にハッチを開けては地上に物資や小型メカを次々と降ろしている。その中には、見るからに武装した装甲車や無人ドローン、さらにはネクスト用のパーツらしき巨大なコンテナも含まれていた。
「まずいわね……オーメルの増援がこんなに早く動くなんて。」
砂丘の陰から周囲を偵察していたオフェリアは、自身の電子センサーをフル稼働させつつ、小さく息をついていた。すでに何日か経過したが、彼女とレオン・ヴァイスナーは地上を移動しながらオーメルの追撃をかいくぐってきた。だが、イグナーツの手は想像を超える速さで伸びており、ついに目視できる範囲まで捜索部隊が迫っている。
レオンは側に立ちながらヘリの編隊を睨み、苦い顔で呟く。
「見ろ……あの隊列。輸送ヘリだけじゃなく、小型攻撃機までいるみたいだ。まるで“本格的に俺たちを潰す”布陣だな。」
以前なら彼もネクスト「ヴァルザード」を駆って応戦できたかもしれないが、いまは機体を失い、体力も万全ではない。彼の強みであるAMS操縦は機体あってのものであり、地上を放浪するだけの身には分が悪すぎる。
オフェリアはレオンの肩を支えながら、地平線の向こうに目を凝らす。遠方には黒い点のように並ぶ車列があり、隊列を組んだ装甲車やドローン部隊が砂を巻き上げている。それだけでも圧倒的な物量だとわかる。さらに上空のヘリが監視し、逃げ道を封じるように旋回している。
「……まさかイグナーツがこんな規模の追撃をかけてくるなんて、聞いてないわ。エリカも止められなかったのかしら。」
エリカ・ヴァイスナーはオーメルの一角として立場を保ちつつ、父やオフェリアの存在を守ろうとしている。だが、全軍がこうして地上を大々的に捜索し始めたということは、彼女の影響力では追撃を止められなかったか、あるいはイグナーツが独断で動いているか。どちらにしろ、企業の幹部たちが一枚岩ではないことを物語っている。
「こうなったら、もはや逃げ隠れだけでは済まないかもしれない。奴らが本腰を入れてきた以上、いつまでも逃走するわけにはいかないわ。」
オフェリアは内蔵センサーに映る隊列データを簡易マップに変換しながら、レオンを見やる。彼は苦い顔をしながらも頷いた。
「俺も……正直、体力は戻ってきたが、ネクストがなきゃ大軍勢に対抗するのは無理だ。それでも、お前がいれば何とか切り抜ける目はあるか?」
「やってみるしかない。わたしも充分に準備ができてるわけじゃないけど、ここで捕まればイグナーツの思うつぼだから。」
彼女はAIとしてさらに“覚醒”を進めた今、レオンを守る戦力としてある程度の自信はある。けれど一人で膨大な兵力を相手取るなど正気の沙汰ではない。ただ、奇襲や撹乱で突破口を開き、逃走する可能性はゼロではないだろう。
……そう考えを巡らせる最中、ヘリの一機がピッチを変え、大きく旋回して地表を照らすサーチライトがこちらの方向を探るように動いた。オフェリアはハッとしてレオンを素早く引き寄せ、砂丘の陰に低く身を沈める。だが、間に合わなかったかもしれない。光が一瞬だけ二人の姿を捉えたように見え、機体上部からパルス的な警告音が響いた。
「見つかったか……?」
レオンが険しい声を出すと、オフェリアも歯を食いしばる。「まずいわ、すぐに装甲車やドローンがここへ来る。車両で逃げようにも、こんな広域捜索じゃすぐ追いつかれる……。」
ちょうど二人は荒野に停めてあった装甲車を失ったばかりで(以前の黒コートの手配した車両が故障)、身一つで歩いてきたため、まともな移動手段がない。エリカが一時的に持ち込んだ“ブラッドテンペスト”に便乗する案もあったが、彼女とは別行動中だ。
そんなとき、空から甲高いジェット音が聞こえた。おそらく企業が運用する偵察ドローンまたは攻撃機が急旋回しているらしい。オフェリアは砂を踏みしめ、意を決して立ち上がる。
「レオン、わたしが少し目を引きつけるから、その隙にあなただけでも隠れて。わたしを捕まえられるなら、企業は全力をあちらに向けるかもしれない。」
「無茶を言うな。お前一人では奴らの圧倒的な物量に勝てないだろう……!」
「わかってる。でも、ここで二人とも捕まるわけにはいかない。もしわたしが捕まっても、自分だけは逃げ延びて。またエリカやカトリーヌを頼る道があるはず。」
レオンは苦渋に満ちた表情を浮かべるが、オフェリアの決意が固いのも読み取れる。彼女は覚醒AIとして、すでに人間を越えた速度やパワーを出せる状態にある。一時的に大軍をかき乱すことは可能かもしれない。
しかし、次の瞬間、砂丘のはるか反対側から巨大な影が動き出した。車列だけではない。おそらくアームズ・フォートらしき輪郭が遠くに見える。砲塔が夕陽を受けて鋼鉄の輝きを反射し、重々しく進んでいるのが分かる。
「……あれは“ドラゴンベイン”か……?」
レオンが低く唸る。オーメルが誇るアームズ・フォートの新型とも言われている大要塞“ドラゴンベイン”が複数台同時運用されているという噂はエリカからも聞いていた。だが、まさかこんな地上の荒野で直に遭遇するとは――。
さらに、前方のヘリが降下を開始し、地上に武装部隊を展開しているのが見えた。バラバラと兵士が降り立ち、ドローンも続々と離脱して周囲を包囲する形を取っている。どうやら間違いなくこちらを狙っているのだろう。
「……ダメだ、ここで隠れても囲まれる。もう少し先の岩場まで下がってから、反撃しながら抜けるしかないか……。」
オフェリアはブースターを起動させながら周囲の地形をスキャン。レオンの身体を抱え上げるには、少し重い負荷になるが、それでも彼女は人工筋繊維をフル稼働させる覚悟を決める。
「しっかり掴まって……わたしが飛ぶわよ。」
「飛ぶって……本気か!?」
レオンの驚きにも構わず、彼女は片腕でレオンを抱き、ブースターの出力を上げて低い弧を描くように跳躍。砂が舞い上がるなか数メートル先まで一気に移動し、着地の衝撃をやわらげるように体を沈ませる。さらに何度かジャンプを繰り返して距離を取り、後方にある岩場へ向かう。
兵士たちがそれを見つけ、「あそこだ!」「撃て!」と怒声を上げながらライフルを連射してくる。弾丸が砂を抉り、何発かがオフェリアの近くに着弾。熱い空気の塊が頬をかすめ、危うく二人を裂きそうになる。
一方で、空中で旋回していた攻撃ヘリがサーチライトを二人に向けて固定照射し、対地ミサイルを放つ構えを見せる。尾部にあるパイロンが上下し、鋭いミサイルが火を噴きそうな光を発している。
「ミサイル……! お前、避けられるのか……!?」
レオンが焦りの声を上げるが、オフェリアは眼を見開き、その攻撃タイミングを計る。人型でネクストのように飛び回るのはさすがに限度があるが、短時間だけのバーストモードなら可能だ。
「やるしかない……!」
彼女は地面を一気に蹴り、左腕を変形させる。開放したECMディスチャージャーを最大限に稼働させ、ミサイルの誘導を乱すジャミングを撒き散らす。次の瞬間、攻撃ヘリから発射された弾頭が一直線に飛来し、煙の尾を引きながら急加速。ところが、ECM影響で若干軌道がぶれ、着弾予測が外れて砂丘の斜面に突っ込む。
高い爆音と衝撃波が広がり、砂煙が視界を覆う。二人は爆心地からは外れたが、飛び散る砂や破片が体を叩く。オフェリアは咳き込みつつ、一瞬だけよろめくが、何とかレオンを抱えたまま踏みとどまる。
「オフェリア……っ、大丈夫か!?」
「大丈夫……。でも、こんなのが何発も来ると対処できないわ。早く岩場まで隠れよう……!」
その言葉を合図に、彼女は再度ブースターを使って移動を再開。銃撃がビュンビュンと耳を掠め、幾つもの弾丸が地面に穴を穿つ。レオンは歯を食いしばり、彼女の首にしがみつく以外に何もできない。
ようやく岩場の陰に飛び込んだところで、オフェリアは膝を突き、激しい息を吐き出す。一度の戦闘行動にも等しい負荷がかかっており、すでに肩や脚の損傷が再び痛み始める。レオンをそっと岩に座らせ、荒い呼吸を整える。
「ふう……何とか逃げ込めたけど、奴らが本腰を入れる前に、また移動しなきゃ。岩場なんてフォートで砲撃されたら一撃だし……。」
「そうだな……。あのドラゴンベインまで到着されれば、いかなる地形も意味がない。どうする、もう少し奥に逃げるか……?」
レオンが焦り混じりに問う。周囲を見渡しても、新たな隠れ場所など見当たらないし、企業の兵士やドローンが集結してくればジリ貧だ。オフェリアは浅く呼吸をして、脳を高速回転させる。
「ここで戦うしかない……。でも、わたし一人であの大部隊を相手にするのは正直無理。何か策がいる……。」
そんなとき、彼女の端末がかすかに振動した。秘密の通信チャンネルを用いた暗号信号。オフェリアが驚きつつも受信すると、ノイズの向こうから聞き覚えのある女性の声が小さく聞こえる。
『……聞こえる? わたしよ、エリカ。いますぐそっちへ向かう。時間がない……位置情報を送って!』
エリカ・ヴァイスナーの声だった。オフェリアは一瞬目を見開き、すぐにGPSコードを送信する。どうやら彼女がオーメルの制限を何とかかいくぐり、助けに来てくれるというのか。しかし、これほどの大部隊が展開している戦場に、エリカが単独で来たところで簡単には打開できないだろう。
とはいえ、彼女はオーメル軍事部門の指揮官でもある。自分たちを見逃す形で行動できるかもしれないし、あるいはフォートを抑制する内的工作ができるかもしれない。レオンはその通信をオフェリアに促されるまま傍受し、少しだけ顔を希望に向けた。
「エリカが……来るのか。こんな危険なときに……。」
「うん。たぶん彼女も“両立”を望むなら、ここでイグナーツの大部隊を制止するチャンスを作りたいのかもしれないわ。」
オフェリアはそう言いつつ、岩の間からドローンが接近してくる音を聞き取る。すぐそこに迫っている……もう時間がない。彼女は立ち上がり、再びプラズマブレードを腕に呼び出す。
「やるわよ……。ここで踏み止まって少しでも敵を引きつければ、エリカが来たときに混乱を抑えられるかも。レオン、あなたは――」
言い終わらぬうちに、ドローンが岩陰に姿を現す。小型ミサイルを搭載した攻撃ドローンが二機、連携するようにホバリングしながら照準を向けてきた。オフェリアは咄嗟にレオンを岩影に押し戻し、自身は前へ跳び出して銃撃を連射。
一発がドローンのセンサー部を貫き、火花を散らす。もう一機がミサイルを撃とうとするが、彼女はブースター噴射で強引に接近し、プラズマブレードを一閃。金属が溶けるような音とともに胴体を真っ二つに断ち切り、ドローンは火球を吹きながら地面に墜落する。
「オフェリア、後ろ……!」
レオンの警告で振り返ると、装甲車が急速に近づいてきており、車載機関砲を撃ちながら砂煙を上げている。オフェリアはその砲弾をギリギリ避けつつ、弾筋を読み取ってブースターで横へ飛ぶ。体が悲鳴を上げるような衝撃だが、弾丸が岩を砕き、粉々の破片があたりに飛び散る。
(こんなのが何台も来たら……持たないわ……)
彼女は内心で焦りを覚えながらも、冷静を保ち機関砲の連射に合わせてステップ移動。サブマシンガンで反撃を試みるが、装甲車正面は硬い。ならば横合いか上部を狙うしかない。
バッと射線を避けて後方から回り込み、機関砲の死角に入ってひとまず車体側面に接近しようとするが、兵士の車載機銃がそちらまでカバーする。流石に企業の精鋭らしく、連携が巧みだ。床を抉る弾丸がオフェリアの近くで火花を散らし、脚に一発が当たる。
「っ……!」
人工筋をえぐる衝撃が走り、警告が頭を打つ。動きが鈍りかけるが、ここで倒れれば終わり。プラズマブレードを高く掲げ、車両の近接に持ち込む。兵士が断続的な射撃で応戦するが、彼女は最後のブーストを噴かして一気に装甲車の側面を跳び越えるように跳躍。ブレードを車体の天井に叩き込んだ。
金属が焼けつく嫌な臭いとともに装甲が一部溶け、車内で火花が飛ぶ。機関砲の動きが止まり、オフェリアは痛みを堪えてもう一撃ブレードを走らせる。バチンと大きな火の粉が散り、機関部分か弾薬にまで達したか、装甲車が盛大に爆発を起こす。轟音が周囲を震えさせ、彼女は爆風で吹き飛ばされながらも地面に転がる。
転倒後、砂まみれになって起き上がる頃には、視界が煙と破片に満ちていた。装甲車は炎を上げて大破し、兵士も動かない。しかし、安堵する暇などない。他にも兵士やドローンが近づいてくる。
「くそ……きりがないわ……。」
オフェリアは肩で息をしながらレオンの方に目をやる。彼は無事に岩陰で這いつくばりつつ隠れているが、再び湧いてくる敵を防げるかどうかは疑わしい。彼女もこれ以上の戦闘を長引かせれば、いつ完全に壊れてもおかしくない。
そのとき、不意に空中を大きく横切る影が生じた。ヘリや攻撃機とは違う、重量感ある飛行音が耳に届く。オフェリアが見上げると、そこには巨大なネクストの姿があった。――ブラッドテンペスト。エリカ・ヴァイスナーが操縦する指揮支援型ネクストだ。彼女が救援に来たのか、低空でホバリングしながら、地面に向けて一斉照射を始める。
「エリカ……!」
その姿を遠目に捉えたレオンも、半ば呆然となる。エリカが指揮するブラッドテンペストは何機ものミサイルポッドを展開し、周辺のオーメル部隊に警告射撃を行っているように見えた。爆発が次々と砂丘をえぐり、兵士たちが右往左往する。
周囲の通信が混乱したのだろう。「あれはブラッドテンペストだぞ!」「味方のはずなのに、何をしてる……!?」「指揮命令が届かない、どうなってるんだ?」などと叫ぶ声が飛び交う。エリカが何らかの独断で砲撃を指示し、イグナーツの追撃作戦を混乱に陥れているのか。
「エリカ……おまえ、本気で俺たちを助けるために来たのか……!」
レオンが歯を食いしばって岩陰から顔を出す。ブラッドテンペストは空を睨む攻撃ヘリを牽制しながら、ゆっくりと高度を下げている。その動きは対地攻撃というより、間に割って入って双方を抑止する意図すら感じられる。
「助かる……!」
オフェリアも力を振り絞り、再度立ち上がってレオンのもとへ走る。エリカがこのまま兵士たちの射線を遮ってくれれば、こちらは安全地帯へ退避できるかもしれない。
だが、彼女が到着するよりも先に、正面の地平線から凄まじい衝撃波が届いた。みると、そこには中量級のネクストらしきシルエットが一気にスラスター全開でこちらに近づいてきている。黒い機体の肩や背面にはビットドローンと思しき自律武装が浮遊しており、異様な雰囲気を放っていた。
「……あれは……アポカリプス・ナイト……!」
オフェリアは息を呑む。先日、クレイドルのハンガーで死闘を繰り広げたイグナーツのネクスト。その装甲は新たに補修されたらしく、傷跡がほとんど見えない。性能も以前より調整されているのか、地上を滑るように高速移動し、周囲の砂埃を巻き上げながら急接近してくる。
ネクストのコクピットから甲高い合成音がスピーカー越しに響いた。
「愚かな……エリカ・ヴァイスナー、何をしている? 貴様も企業に背くのか?」
イグナーツ・ファーレンハイトの声だ。冷徹な怒りを孕んだ口調で、彼はエリカを糾弾しているらしい。アポカリプス・ナイトの両腕がビットドローンを展開し、ブラッドテンペストの周囲に散開させている。
ブラッドテンペストのスピーカーが少し割れたノイズとともに応える。
「イグナーツ……あなたの追撃はやりすぎよ。父さんたちを抹消するだけがオーメルの意志じゃないはず。あなた一人の独断で企業全体を巻き込んでいいわけがないわ。」
エリカの声が緊張に満ちている。しかし、その中に確かな決意も感じられた。ネクスト同士が視線を交わすかのように対峙し、地上にひとつの静寂が訪れる。兵士たちが戸惑うように武器を構え、攻撃を一時休止している。
「独断? フフ……愚か。わたしが進める完全管理された戦争こそがオーメルの未来。貴様の父とAIが妨害するならば、ここで排除するだけだ。エリカ、貴様も企業に背を向けるなら容赦はせん……。」
イグナーツの声には微かな狂気が混じっている。既に彼のアポカリプス・ナイトはAI制御と彼自身の意志を融合させ、極めて高い戦闘能力を誇る状態にある。いまブラッドテンペストと交戦になれば、激しいネクストの争いは避けられないだろう。
エリカもそれを承知しているようだ。ブラッドテンペストの肩に装備されたミサイルポッドがゆっくり展開し、プラズマシールドのような青白いバリアが浮かび上がる。兵士たちも衝突に巻き込まれるのを恐れて後退を始める。
「イグナーツ……もうあなたの好きにはさせないわ。ブラッドテンペスト、起動限界まで出力を上げる……!」
彼女の号令とともにネクストの動力部が吠え、重い脚を引きずるように前へ踏み込む。その一歩だけで大地がわずかに揺れるほどの重量感があり、指揮支援・防御特化型とされるこの機体が本気で戦闘を行う構えを見せるのは珍しい光景だ。
アポカリプス・ナイトもビットドローンが幾重にも囲み、モーターの唸りを高鳴らせる。突風が砂を巻き上げ、空に旋回していたヘリが一斉に距離を取る。付近は大規模ネクスト戦の火蓋が切られる気配が充満する。
「エリカ……本当にやるつもりか……?」
遠方からそれを注視するレオンは、痛ましさに顔をしかめる。「あんな大規模なネクスト戦に娘が挑むなんて……。」
「私たちも、できる限り援護しましょう。」
オフェリアは脚の傷に鞭を打ちつつ、彼を支える。だが人型AIだけではネクストの戦いに直接介入する余裕はない。それでも、撃ち合いが始まった瞬間に混乱を最小限にするため、何らかの撹乱行動が取れればエリカを助けられるかもしれない。
一方、エリカとイグナーツは互いに睨み合いを続ける。砂塵が舞う無人地帯。距離はおよそ数百メートル。ネクスト間ではあまりにも近距離といえる。アポカリプス・ナイトの黒いシルエットが微かに揺れ、ビットドローンから淡い光が瞬いたかと思うと、一瞬の閃光が走る。
「……くるっ……!」
エリカがブラッドテンペストのシールドを全開にし、同時にミサイルを一斉発射。火線が幾重にも交差し、大気を切り裂く轟音が周辺を揺るがす。アポカリプス・ナイトはビットで誘導ジャミングを行い、一部のミサイルを撹乱させるが、ブラッドテンペストの指揮支援能力は侮れず、数発が機体をかすめる。
爆風と衝撃がネクスト同士を包み込み、瞬間的な煙幕を生む。だがアポカリプス・ナイトは後退せず、正面からビームアームを構えて突進。ブラッドテンペストも脚部スラスターを噴射して横へ動きつつ、シールドを前面に展開。
「イグナーツ……! あなたのやり方は、もうオーメルのためにならない!」
エリカの声がスピーカーから響くが、返答は火線による洗礼だった。アポカリプス・ナイトがビーム砲を撃ち込むと、ブラッドテンペストのシールドが炎のように青白い光を散らす。しかし強固な防御により直撃は遮断され、硬い地面が抉られて砂が噴き上がる。
直後、ブラッドテンペストは左腕部に仕込まれているプラズマカノンを一気に解放し、アポカリプス・ナイトの肩付近を狙う。赤い閃光が走り、装甲を焼き付ける音があたりに響くが、相手もスラスターで斜め上に跳び、最悪の被弾を回避する。
「いいぞ、エリカ……頑張ってる。」
遠方からその動きを窺うレオンは思わず拳を握りしめる。娘が自分の意志で企業の軍備を相手に戦っているという事実が信じられず、また誇らしくもあるが、危険極まりない状況には変わりない。
オフェリアはセンサーで両機の戦いを追いながら、まわりを取り囲む兵士たちの動向を観察する。多くの兵士が二大ネクストの激突に巻き込まれぬよう退避しているが、中には指揮系統が混乱しており「エリカ隊長の命令は?」などと混乱状態にあるようだ。
「このまま二人が戦い続ければ、イグナーツの部下がさらに増援を呼ぶかもしれない。エリカが勝てたとしても、長くは持たないわ……。」
オフェリアは焦りを噛みしめる。どうにかイグナーツをここで止めつつ、エリカの消耗も最小限に抑える方法はないか。自分が人型AIとして介入しても、アポカリプス・ナイトを相手にするのは危険だ。
戦況は激化の一途をたどる。アポカリプス・ナイトが地面をズシンと踏みしめ、背部から複数のビットドローンを射出。円弧を描くようにブラッドテンペストを包囲し、同時にAIの制御であらゆる死角を狙う。エリカは即座に広域シールドを展開し、複数のビームをかろうじて逸らすが、いくつかは装甲に焼き付いて火花を散らす。
「っ……持たない……!」
ブラッドテンペストの肩から蒸気が噴き出し、装甲が溶けかけている箇所が見受けられる。指揮支援を得意とするこの機体は防御力も高いが、ネクスト同士の近接戦を延々と続けるのには向いていない。一方、アポカリプス・ナイトはイグナーツが手ずから調整した最先端ネクストであり、火力と機動力のバランスが脅威的だ。
「エリカ……!」
レオンが立ち上がりかけるのをオフェリアが止める。「行っても無駄よ。あの場に歩兵として突入しても焼かれるだけ……。」
レオンは悔しげに唇を噛む。「けど、このままじゃ、エリカがやられる……!」
オフェリアは視線を鋭くし、次の瞬間に頭の中を走る数々のプランを列挙する。イグナーツを巻くために回り込んで撹乱か、またはドローンをハッキングしてアポカリプス・ナイトの動きを封じるか……。しかし、先日の戦いで痛感したように、相手のAIは高度に防御されており、そう簡単には攻略できない。
そのとき、突如として近くの砂丘の向こうから耳を裂くような大砲の音が響いた。轟音が空気を震わせ、巨大な砲弾がアポカリプス・ナイトの足元を爆裂させる。砂嵐のような煙が舞い上がり、イグナーツのネクストが一瞬よろける。
「なんだ……!?」
オフェリアとレオンが思わず視線を向けると、そこにはとてつもなく大きなシルエットが見えた。かつて彼女らが遭遇したアームズ・フォートの類いとは異なるが、それに負けぬ重火力を備えた大砲を持つ移動要塞が姿を現す。火力だけではなく何らかの改造が施されているようで、荒々しい塗装が施されている。
「まさか……ラインアークか、あるいは他のレジスタンス……?」
レオンが唖然としていると、さらに別方角からも複数の砲声が連続する。明らかに別勢力がオーメルの追撃部隊に撃ち込み始め、地上は大混戦の様相を呈してきた。兵士たちが悲鳴を上げ、装甲車が炎上する光景が視界に入る。
「この乱戦に乗じれば、エリカやわたしたちが脱出できる可能性がある……。でも、どこの勢力だろう。」
オフェリアは不審に思いつつも、とにかくイグナーツのアポカリプス・ナイトが集中砲火にさらされているおかげで、一時的にブラッドテンペストへの攻撃が弱まっているようだ。エリカはすかさず離脱する動きを見せ、斜め後方へバックスラスターをかけながらビットドローンを牽制している。
アポカリプス・ナイトは猛然と火線の中から姿を現し、ビームアームを振り払って砲撃を逸らしつつ、ビットで反撃を開始。遠方の砲撃源を特定しようとしているが、砂塵と爆煙が激しく、思うように進まない。
「イグナーツ……追撃どころじゃなくなってるわね。」
オフェリアがレオンの手を引く。「この混乱を利用して退避しましょう。エリカにも合図を……。」
彼女は秘密チャンネルを使い、エリカへ短い通信を送る。『混戦状態、退避を。こちらも離脱する』といった意味のメッセージだ。あまり長く打ち続けると逆探知される危険があるので、一瞬だけ送ってすぐ切断。
すると、遠目にブラッドテンペストが小さく頷くように見えた。ミサイルポッドを再度放ち、アポカリプス・ナイトと何台かの兵器を阻む爆炎を作り出しながら、徐々に後退している。
「よし……助かった。あの子もうまく離脱できそうだ。わたしたちも車両か何かを……」
レオンが言いかけた瞬間、横から攻撃ヘリが再度旋回してきた。指揮系統が混乱していても、目標を発見すれば撃たずに済ませるはずもない。あのサーチライトが二人を捉えかけるのを見て、オフェリアはレオンを抱き寄せる。
「わたしに掴まって!」
かろうじて稼働している背部ブースターをもう一度噴かすが、先ほどのダメージが祟ってまともに高度を取れない。彼女は無理に空を飛ぶわけにはいかず、地上をジグザグに駆ける形でヘリの射線を逃れるしかない。
「ハハハ、追い詰めるのが早そうだな……。」
ヘリのパイロットがスピーカー越しに嘲笑混じりに言うのが聞こえる。そして、マシンガンを地上へ一斉掃射。銃弾がライン状に砂と岩を削りながらこちらへ迫る。オフェリアはレオンを片腕で守り、やや焦った面持ちでブースターを限界まで焚く。脚の損傷も酷く、全速力が出せない。
「やばい……っ!」
一発が地面を跳弾し、オフェリアの脇腹をかすめる。内蔵されている回路がショートしそうな激痛に似た衝撃。思わず体勢を崩し、レオンもバランスを失いそうになる。が、そこへ小型ミサイルが上空から噴射し、ヘリに狙いを定めて飛来した。
「ミサイル……誰が撃った!?」
驚くオフェリアの視線の先、少し離れた高台のような場所に、黒いコートを翻した姿が立っているのが見えた。――あの“黒コート”の男だ。彼は肩に担いだ携行ミサイルランチャーを発射したらしい。ヘリは突然の攻撃に慌てたか、回避が遅れ、ミサイルが機体腹部を直撃して大爆発を巻き起こす。
「うわああっ……!」
ヘリは炎を噴いて横転しながら墜落。地面に激突して土煙を巻き上げ、しばし燃え盛る残骸と化す。衝撃と爆音に二人は一瞬耳を塞ぎ、オフェリアが半ば呆然とそちらを見つめる。
「あなたは……」
彼女が声を出した瞬間、黒コートの男はすぐに姿を隠すように走り去る。その背中が消える前に、男は手を挙げる仕草を見せ、何かを合図するかのように去っていった。以前も何度か救助の手を差し伸べてくれたが、今回もまた彼らを助けた形だ。
「……彼がまた助けてくれたのか……。」
レオンが息をつき、オフェリアは納得できないまま視線を下ろす。謎は多いが、ともかく命拾いしたのは間違いない。
周囲では相変わらず砲撃が鳴り響き、イグナーツのアポカリプス・ナイトがラインアークか何かの砲撃を受け続けているのか、遠くの地面が激しく揺れている。ブラッドテンペストの姿はすでに見えなくなったが、彼女もこの混戦に乗じて脱出したのだろう。
「今が好機ね……撤退しましょう!」
オフェリアはレオンを抱き、黒コートの男が居たあたりとは逆方向へ走り出す。岩と砂の合間を縫うように低姿勢で移動し、なんとか戦域から離れたい。激しい爆音が背後を揺らすが、うまく時機を掴めば取り囲まれる前に抜けられるかもしれない。
走行中、レオンが苦しそうに声を上げる。「くっ……すみません、重荷だよな、俺……。」
「謝らないで。あなたが生き延びてこその“意志の共鳴”よ。無理しないで……わたしが支える。」
一瞬だけ二人の間に会話が生まれ、すぐに再び銃声が遠巻きに響く。幸い、砲撃やドローンが増えたことで戦線は拡大し、オフェリアたちの位置を正確に把握している兵士は少ないようだった。突撃戦を繰り返すより、ここでは地形を使って迂回するのが得策だ。
複数の稜線を越え、砂と岩が入り混じる小渓谷に辿り着くころには、背後の砲火は沈静化しつつあった。何らかの形でイグナーツとラインアークの砲撃が干渉し、互いに膠着状態に陥ったのだろうか。ブラッドテンペストも姿を消しており、戦闘はひとまず落ち着いたと見てよさそうだ。
「ふう……助かった。これで少しは移動できる。」
オフェリアは脈打つような故障警告をこらえつつ、レオンを安全な場所に腰掛けさせ、短い休息を取る。周辺に敵影は見当たらず、砂塵の風が渓谷の間を吹き抜けるだけだ。
「イグナーツの追撃……どうにか逃れられたのか。」
レオンが虚ろな笑みを浮かべる。「ありがとう、オフェリア。……こんな大勢を相手に、俺一人じゃ何もできなかったよ。エリカも助けてくれたし、謎の黒コートも……。」
「そうね。奇妙な三者四者が一斉に動いて、イグナーツを混乱させた。運が良かったわ。」
それが今後も続く保証はない。イグナーツはアポカリプス・ナイトの修復を済ませれば再度大攻勢をかけてくるだろうし、ブラッドテンペストやラインアークの介入も読みづらい。不安定な同盟や奇襲が続く限り、地上は混迷を深めるばかりだ。
それでも今日のところは、三人それぞれが生き延び、イグナーツの追撃をかろうじてかわした。オフェリアはこの荒野の静寂を噛みしめるように見つめ、意を決してレオンに声をかける。
「……エリカはちゃんと生きてる。わたしたちも負けなかった。イグナーツの追撃は続くかもしれないけど、もう一度策を練え直しましょう。きっと、また三人で会える。」
「……ああ。お前がそう言うなら、俺は信じるさ。」
レオンは肩で小さく笑い、夜陰が迫る空を見上げる。その向こうにクレイドルが微かに暗い影を落としているように見えるが、しばらくは地上に兵力を送り込むのも難しくなるだろう。この混戦を経て、オーメル内部でもエリカの行動が波紋を呼ぶはずだ。
「この追撃こそ、彼女の心をさらに固めるかもしれない。わたしとあなたが共に生きてるだけじゃない。エリカも本気で戦った。あの子はもう、イグナーツに黙って従うことはしないわ。」
オフェリアはその言葉に希望を感じていた。確かに“意志の共鳴”は少しずつ広がり、イグナーツの独裁を揺るがそうとしている。カトリーヌや他の企業幹部をどう動かすかはまた別問題だが、少なくともエリカは父とAIを想い、動きはじめた。
遠方の砲声が完全に止み、あたりは静寂に包まれつつある。日没の赤が砂色を染め、二人の姿を長く影絵のように伸ばしていた。イグナーツの追撃は失敗に終わったが、その代わり次回はさらに苛烈な策を持ってくるだろう。
そんな不安を胸に抱えながら、オフェリアはレオンを背負うように支え、より安全な場所へ足を運ぶ。血が通わないAIであるにもかかわらず、彼女の心は人間以上に強く怯え、同時に強く立ち向かわねばならないと自分を鼓舞している。
地上の風がざわめき、砂と夜の帳があたりを覆い始める。次の戦いがいつどこで起こるかはわからないが、イグナーツの脅威が益々増す以上、“三者”が互いの力を合わせ、意志をひとつにして挑む時は近いはずだ。――そう信じて彼女は、そっとレオンの手を握り、うなずくように微笑んだ。
「……大丈夫。わたしは、あなたとエリカの想いを繋ぐ。そのためにここにいる。イグナーツなんかには負けない。」
レオンは苦しい表情のままだが、わずかに笑みを返した。「ああ、頼むよ……もう裏切られるのはごめんだ。お前の意志を、信じさせてくれ。」
夜風が彼らの髪や装甲を撫で、広大な荒野の闇へと飲み込んでいく。イグナーツの追撃はひとまず終息を迎えたが、次なる戦いはすぐそこに控えている。荒れた大地に漂う熱と血の匂いが、彼らを再び戦火へ誘うだろう。
だが、意志は共鳴しつつある。エリカが企業の指揮官でありながら家族を想い、オフェリアが人間以上の感情と覚醒を携えてレオンを守ろうとしている。その結びつきがイグナーツの時代を終わらせる鍵となるか。闇が深く落ちる一方、遠くの星々が瞬くように、かすかな希望の光が地平に宿っていた。