見出し画像

再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 12-1

Episode 12-1:真理探究の徒の出現

日が沈みかけた夕刻の空は、オレンジから紫へ、そして夜の藍色へと移ろいつつある。焼け野原と化した街並みのあちこちには、かつてのビルの残骸や鉄骨が突き立ち、金属とコンクリートの廃墟に淡い光が射していた。人々は今、ESPという痛みを共有する仕組みを活用しながら、少しずつ再建を進めている。
 だが、街の空気にはどこか張り詰めた緊張感が漂う。ゼーゲが崩壊し、レナが散華した今、街を守る絶対的な戦力はない。兵士や市民は一丸となって警戒に努めているが、先日の〈ヴァルハラ〉の襲撃や、ネツァフの死骸を狙う不審者の影が完全に消えたわけではない。再生プロジェクトが少しずつ成果を上げているため、逆に欲望を抱く勢力が目をつけているのだ。

 そんな夕暮れの街の外れに、一隊の人影が現れた。白衣とローブを混ぜ合わせたような独特の装束に身を包み、手には書物や計測器を携えている。遠目には神官のようにも、学者のようにも見える集団――「真理探究の徒」と呼ばれる存在だった。彼らは先日、ネツァフの死骸で遭遇した小規模メンバーと同じ宗教・学問の混成組織であり、その本格的な“出現”が、今まさに街を揺るがそうとしていた。

 その集団は十数名からなり、男女入り混じっており、年齢層もさまざまだ。杖を携えた年配の男、白衣姿でタブレットを操作する若い女性、実験機材の箱を抱えた助手らしき者……それぞれが互いに言葉を交わし、やがて街の外縁部にある仮設集落へと足を踏み入れる。

 この仮設集落は、まだ街の中心部に家を得られない難民や避難者がテントや簡易建築で暮らしている場所だ。ESPを導入したとはいえ、資源不足は深刻で、住民たちは夕食の支度や水汲みに奔走している。そこへ見慣れない白衣ローブの集団が現れたため、住民たちはざわつき始める。

 「なんだあれは……?」
 「新しい宗教か? あるいは外から来た科学者?」

 住民たちは警戒混じりの好奇の眼差しを向ける。集落を仕切る木製の門を守っていた兵士が、見慣れない彼らを止めた。

「ここは許可なしでの立ち入りを禁じている。あんたらは何者だ? 用件を話せ」

 すると、隊列の先頭に立つ、白髪まじりの落ち着いた男――ハベルと名乗る人物が、一歩前へ進む。彼は先にネツァフの死骸で接触したメンバーよりも高位らしく、威厳ある雰囲気をまとっている。

「我々は“真理探究の徒”。ネツァフの死骸を“真理”と捉え、その研究と探究を目的とする者たちです……。以前、少数で街の外を訪れた際にお会いした者もいるかもしれない。今回は正式な手続きをもって、この街に協力を申し出たいのです」

 兵士は無線で指揮所へ連絡を入れ、混乱した声で現状を伝える。仮設集落に突如として真理探究の徒の大規模な隊が到着し、街との“協力”を求めているという。
 ドミニクは、それを聞いて目を細める。ちょうどセラやカイ、その他主要メンバーと共に再生プロジェクトや守備計画を話し合っていた最中だったが、この新たな事態に眉をひそめる。

「こないだはネツァフの死骸で遭遇したが、また来たか……しかも今度は大人数だと? 何を企んでる」

 セラは苦々しい表情で、先日の記憶を呼び起こす。「彼らは“真理”を研究すると言ってた……ネツァフの残留エネルギーやESPにも興味があるみたい。もし協力と称して街の技術を奪われたらどうするの?」

 カイも額に手を当て、意識通信の流れを感じながら意見を言う。「でも、一方で彼らはただの盗賊や敵兵とは違い、きちんとした研究団体かもしれない……。下手に追い返したら、また裏で暗躍される恐れもある」

 ドミニクは拳を握りしめ、結論を出す。「分かった。とりあえず受け入れるかは別にして、こちらの条件で会談の場を設けよう。相手が大勢いるなら、兵士を配置して厳重に監視だ。いいな?」
 セラとカイは頷き、「了解。衝突を避けつつ、彼らの狙いを聞き出そう」と意を合わせる。

 その日の夕暮れ、小さな会談用テントが急きょ設置され、街を代表するセラ、カイ、ドミニク、そして数名の兵士が周囲に警備として控える形となった。一方、真理探究の徒の代表としてハベルと数名の幹部がテーブルを挟んで座る。テーブル中央にランタンが置かれ、薄暗い照明の中で互いの顔が照らされる。

 ドミニクが先に口火を切る。「ようこそ、“真理探究の徒”。お前たちは、街のネツァフ死骸やESPに興味があると聞いたが……今回はどういうつもりで大勢を連れてきた?」

 ハベルは落ち着いた口調で返答する。「今の時代、我々も一方的に行動すると警戒されるのは分かっている。そこで正式に挨拶をしたいと思ったのだよ。我々は争いを望まない。ネツァフをリセット兵器ではなく“真理”と捉え、その死骸から世界の根源的な法則を見いだそうとしている」

 セラは眉をひそめ、「“真理”……それは具体的に何を指すの? あなたたちがネツァフから得たいものは、再びリセットを起こす技術かもしれないし、新たな兵器を作るかもしれないじゃない」と詰め寄る。

 ハベルは微笑し、頭を小さく振る。「兵器は望まない。我々には科学者、哲学者、信徒が混在しているが、いずれも“人類の本質”を追究したいという思いが一致している。ESPを君たちが選んだように、我々も“意識エネルギー”に可能性を見ているのだ。ただ、ESPは足掻きや希望を重視する方向性だろう。ならば、ネツァフの残留データはもっと根源的な力を示すと考えている」

 カイは端末を叩きながら問い質す。「根源的な力、というのは結局何を狙うんだ。ネツァフの死骸を細かく調べれば、ESPを超える“精神エネルギー固定技術”を開発できるかもしれない……そういう話を聞いた。足掻きや希望、苦痛を共有する道とは違う可能性を追うつもりなのか?」

 ハベルは少し唇に笑みを乗せる。「さすが情報が早いね。確かに、ネツァフの死骸から得られる“精神エネルギーの結晶化”技術があると、我々は推測している。ESPがリアルタイムで意識を繋ぎ合うのに対し、“固定化”とは精神の一部を抽出し、永続的に保存・加工できる可能性を指す……。これは、個の死や肉体の限界から解放される道でもあるかもしれない」

 その言葉に、セラはドキリと胸を突かれる。「個の死から解放……まるでネツァフが人間を融合しようとしたのと同じじゃない! レナさんやあの少女たちの犠牲を繰り返すようなことは絶対に許せない……!」と強い口調で否定を示す。

 ハベルは静かな声で応じる。「ネツァフは“リセット”を目的としたが、我々は異なる。意識や魂を滅ぼさず、しかも肉体の死を超克できるかもしれない――そこに“真理”があるんじゃないかと思うのだ。これは足掻きの延長でもあり、否定でもあり得る……」

 ドミニクは堪えきれず、テーブルを拳で叩く。「ふざけるな。お前らの理屈は机上の空論だ。ESPですら、まだ街に定着して間もないのに、余計な技術を持ち込まれて混乱されちゃ敵わない!」
 兵士たちが緊張を走らせ、ハベルの仲間たちも身構えるが、ハベル自身は落ち着いたままだ。

「懸念は承知している。我々も街を乱す気はない。むしろ“協力”を申し出たいのだよ。ESPを否定はしない。だが、そこからさらに“精神エネルギー固定化”の可能性を探りたい。我々が研究を進めるのを認めてくれれば、街の再建へ必要な物資の調達や技術協力も惜しまないつもりだ……」

 カイが目を見開く。「物資の調達……? そちらにはそれほどのパイプがあるのか?」
 ハベルが頷く。「戦乱で散逸した各地のネットワークを我々は利用している。医療品や食糧、建築資材も独自に手配可能だ。街が求めるならば、一定の支援をしよう。当然、見返りとして“研究の場”を提供してほしいのだが」

 セラは深く息を吸い、ハベルに問いかける。

「要するに、あなたたちはこの街に“研究施設”を作り、ネツァフの死骸やESPを利用して“精神エネルギー固定技術”を開発したいわけね。それを街の人たちの前で堂々とやるなら、反発も出るわ……どう説得するつもり?」

 ハベルは謎めいた笑みを浮かべ、「説得をするつもりはないよ。人々の苦痛を減らしたいという点ではESPと同じ方向性だ。もし実現すれば、肉体の死や痛みを超越できるかもしれない。それを“危険な夢”とみるか、“足掻きの延長の救済”とみるかは、君たち次第だ」と返す。

 ドミニクは居心地悪そうに身じろぎし、低く言葉を吐く。

「……この街はレナの散華を経て、ようやく再生の道を歩み始めてる。今さら余計な実験台にされてたまるか。もし協力を強要するなら、俺たちは容赦しないぞ」

 ハベルは両掌を広げ、「強要はしない。あくまで提案だ。我々が街を助ける代わりに、研究の自由を一部保証してほしい。それだけだよ」と穏やかに語る。

 長時間の会談の末、街の指導部は「真理探究の徒」の提案を即座に受け入れることは避け、まずは限定的な交流から始めることを決定する。具体的には、ネツァフの死骸付近の一部調査を共同で行うかもしれないが、研究施設の設置については保留。物資支援についても、細かい条件を詰める必要があり、正式な合意は先延ばしになった。
 ハベルは結果に不満を覚えつつも、表情を変えずに対応する。

「これでいい。焦らずに一歩ずつ前に進めよう。足掻きを選んだ街と、真理を求める我々とが、どこまで歩み寄れるか……楽しみだね」

 ドミニクは険しい顔のまま、「軽く言うな。街には大勢の命が懸かってる。お前たちの“理想”のために犠牲を出すつもりはない……」と釘を刺す。
 セラとカイも複雑な思いを抱えながら、会談を一旦打ち切る形で席を立った。

 翌日、真理探究の徒のメンバーたちは街の郊外、廃墟の一画を借りる形で大きな白いテント群を設営し始めた。半ば強引に荷物を運び込み、独自の仮拠点を築く様子は、住民たちにさらなる不安を与える。「何をする気なんだ」「また兵器が生まれるんじゃないか」と噂が広がる。

 しかし、ハベルとその仲間は礼儀正しく行動を取り、地元民に穀物や薬品を配るなど融和策を実行。ESPに接触して“痛みを共有する”体験を実際にしてみようという者も現れ、思いのほか交流がスムーズに進む例もあった。
 セラはこれを遠巻きに見つめながら、(本当に彼らは協力的なの? それとも下心がある?)と危惧しつつ、今はまだ動向を見守るしかないと判断する。

 一方、街の中には真理探究の徒への強い反発を示す人々もいる。特に懐疑派や従来の反対派兵の一部は、リセット計画に苦しめられた過去のトラウマがあり、ネツァフの研究に執着する集団を許せないという声が上がる。
 ある兵士がドミニクに直言する。

「奴らは科学か宗教か知らんが、ネツァフの亡霊を再び起こす気じゃないのか? こんな連中が街にいるだけで胸糞悪い……」

 ドミニクはため息をつき、「だからこそ、俺たちが監視してるんだ。奴らに街で勝手をさせないためにも、こちらが目を光らせる必要がある。下手に追い出すと裏で暗躍される可能性もあるからな」と渋々なだめる。

 そんな折、エリックはたまたま街の郊外を巡回していた際、真理探究の徒の一団と出くわす。彼らはテントで雑談しながら、どこか学術的な雰囲気を漂わせていた。エリックが警戒しつつ挨拶を交わすと、彼らは興味深そうにエリックの顔を見つめる。

「あなたは……かつてリセット計画を拒んだ代表だとか?」
 エリックは苦い顔で頷き、「もう昔の話だよ。今は家族を守るため、この街で生きることを選んだだけだ」と返す。

 それを聞いた真理探究の徒のメンバーの一人が瞳を輝かせてこう言う。

「リセットを拒んだ男……あなたは人間の“個”を信じたということか。“痛みなく消す”の選択ではなく、足掻きを選んだ……。興味深い。私たちも“個の意志”と“真理”の関係に強い関心があるんですよ。もし時間があれば、ぜひ対話したいものですね」

 エリックは困惑しつつ首を傾げる。「意志……真理……悪いが、その辺の概念論は苦手でね。俺はただ、家族が消えてしまうのが嫌だっただけで……」
 しかし、真理探究の徒のメンバーはやけに感嘆した表情を浮かべ、「素晴らしい。本能的な選択が世界を救ったという説もある。もしよければいつでも来てください。私たちのテントで議論しましょう」と誘いかける。

 エリックは戸惑いながらも、彼らが今のところ敵意を向けていないことに安堵する。しかし、何か妙な吸引力を持った集団だと肌で感じ、複雑な思いを抱えたまま立ち去る。

 夜、仮設指揮所でドミニクとセラがさしで話し合う。真理探究の徒が街の外縁に拠点を築き、各地で物資支援をしながら住民に接触している状況が続いている。セラは落ち着かない様子で口を開く。

「ねえ、ドミニク。もし彼らがネツァフの死骸や再生プロジェクトに手を出して、街を混乱に陥れたらどうするの? 私たち、対処できる?」

 ドミニクは苦い顔で静かに言う。

「正直、難しい。ゼーゲもレナもいない今、街の防衛力は限られてるし、〈ヴァルハラ〉の脅威もまだ残ってる。だけど、だからといってあいつらを追い出すのも得策じゃない。今は下手に敵を増やさず、状況を見極めるしかない……」

 セラは深く息をつき、「わかる。でも、どうしても引っかかるの。彼らはネツァフの亡霊を大事に崇めてるような感じだし……。レナさんが死んで、足掻きを続ける人々の苦しみを軽視してるみたいで嫌だわ」と不満を口にする。
 ドミニクは苦い眼差しを向けながらも、「そう思うなら、なおさら俺たちがしっかり監視して、連中が変な行動を起こさないようにするしかない。レナが守った街を、俺たちが守り抜くんだよ……」と力を込めて語る。

 数日後、真理探究の徒はさらに動きを広げ、街の各所で小さな集会を開き始めた。「ネツァフの真理を学ぶ講演」や、「精神エネルギー固定化の可能性」と題した勉強会を開催し、ESPに疲れた者や、家族を失った悲しみを抱える者の一部を取り込もうとしている。
 彼らは決して強制はせず、あくまで自由参加だと謳っているが、ソフトな口調で「自分たちの研究に協力してほしい」と勧誘を進めている。特に重度の負傷者や心を病んだ人々に対して「もし精神エネルギーを固定化できれば、苦痛から解放されるかもしれない」と甘い言葉をかける。

 セラやカイはこの動きを警戒し、市民に向けてアナウンスを行う。「真理探究の徒は危険な研究をしている可能性があり、彼らの協力者になるなら十分な情報を得てからにしてください」という注意喚起だ。だが、市民の中には本当に救いを求めている人も多く、一定数が興味を示してしまう。

 一方、再生プロジェクトを進める研究者のミラが、セラとカイに新たな懸念を伝える。真理探究の徒が、「ネツァフ由来の有機サンプルを使った土壌改良は不十分だ。さらに深い解明が必要だ」と言い出し、こちらの実験データを共有するよう要求しているというのだ。

「彼らは“真理”の名の下に何でもやりそうな勢いです。もし土壌改良の技術やネツァフ細胞の特性を悪用されたら、再生どころか新たな破壊兵器を生む恐れがあるのでは……」
 ミラは疲れた顔でそう訴える。セラも険しい表情で、「そんなの絶対に嫌。レナさんが守ろうとしたのは、足掻いて自分たちの手で生き抜く世界だもの。彼らに明け渡すつもりはない」と決意を述べる。

 カイは理性的に考えつつも、ため息をつく。「しかし、こちらも彼らからの支援がゼロだと、物資面や防衛の負担が大きい。悩ましいところだ……。無下に拒否して、裏で活動されても困るしね」

 そんななか、街の内情は依然として不安定であり、ESPで痛みを共有する仕組みも完全ではない。ある夜、懐疑派の若い兵士が、真理探究の徒のテント群に侵入し、嫌がらせを行う事件が起きる。「リセットの亡霊を呼び起こす連中など潰してやる」と独断で行動してしまったのだ。

 物音に気づいた真理探究の徒が騒ぎ出し、両者の間で一触即発の状況に陥る。ハベルや仲間たちは落ち着いて兵士を説得しようとするが、逆上した兵士は銃を乱射しかける。そこへドミニクが駆けつけ、「やめろ! 勝手に街の方針を無視するな!」と怒声を上げ、間一髪で大事には至らなかった。

 しかし、この事件をきっかけに、真理探究の徒は内心で街を警戒するようになり、ドミニクやセラたちも、いずれ大きな衝突が起きかねないと肝を冷やす。ハベルは公には態度を崩さないまま、「私たちも身を守る体制を整えないといけないかもしれない」とささやいているという噂が流れる。

 エリックは街に戻り、家族を安心させられる住居を確保できたが、相変わらず罪悪感と迷いを抱えていた。そんな彼に、真理探究の徒の一人が接触してきて、「リセットを拒んだあなたこそ、“個の尊厳”を知る人。ぜひ対話したい」と誘いをかけることが増えている。一方で反対派兵の仲間からは、「あいつらと関わるな」とクギを刺され、板挟みに陥る。

 エリックはコートの襟を直しながら暗い路地を歩く。夜風が微かに冷たい。心中で「家族の安全を守るには、街が分裂せず、一丸となるのが一番……。でも、真理探究の徒を敵に回せば戦火が拡大するかもしれない。かといって彼らを野放しにすれば、ネツァフの技術が再び世界を滅ぼすことになるかもしれない……」と苦悩を深める。

 ある夕方、真理探究の徒が提案した「公開セミナー」が街の広場で開かれることになった。議論の末、市民の自由意志に任せる形で行うことが容認されたわけだ。彼らがネツァフの研究内容をどこまで明かすか、セラやカイは固唾をのんで見守る。兵士たちは厳戒態勢を敷いている。
 ハベルを中心に十数名が壇上に立ち、ローブに白衣姿という不思議な集団が市民を迎える。初めは冷たい視線も多いが、会場には大勢が集まっており、その中には足をケガしている者、絶望に苦しむ者、単なる好奇心の者も混じっている。

 ハベルが穏やかに挨拶し、ネツァフが生まれた経緯を哲学的に語る。「かつて世界はリセットを夢見たが、拒絶された結果、足掻きの時代を迎えた。それは素晴らしいことでもあり、痛みの連鎖でもある。だが、ネツァフにはまだ多くの秘密が眠っており、我々はそこにこそ“人類の新たな境地”があると考えている……」
 その奥深い話しぶりに、一部の聴衆は引き込まれていく。セラは人々の中に戸惑いや期待、苛立ちが混在しているのを感じる。カイは端末で壇上を録画し、何かあったときのために証拠を残す。

 講演が進むうち、ハベルは徐々に核心に迫る言葉を口にする。「ESPが苦痛を和らげているのは紛れもない事実。しかし、それだけでは人類の“真なる救い”には至らない。肉体が衰え、死が訪れる限り、苦しみは永久に巡るからだ。だが、ネツァフの死骸には“魂を固定する鍵”が隠されているかもしれない……」

 会場からざわめきが起きる。「魂を固定……?」
 ハベルは不敵に笑い、白衣の仲間たちがスライドを操作する。そこにはネツァフの断片的な細胞構造の写真が映し出される。「この細胞はリセットのために作られたが、逆に言えば“完全に消滅させる”力を有していた。それを逆転させれば、“完全に留める”力が得られるのではないかと、我々は考えている……」

 セラは椅子から立ち上がりそうになるが、カイが腕を掴んで止める。聴衆の多くが唖然としている中、一部は興味に目を輝かせる様子を見せる。「死を克服できるのか……?」「もしこれが本当なら、子どもや年寄りを救えるかも……」などの囁きがあちこちで交わされる。

 聞きかねたドミニクが、壇上の脇から低い声で警告を発する。

「そろそろやめろ……これ以上の“固定化”技術の話は街を混乱させる。お前たちは研究をしたいだけだろうが、街の人間を幻想で惑わせるのは許さんぞ!」

 ハベルは笑顔を保ったまま、ゆったりとドミニクを見遣る。

「幻想かどうかは、いずれ明らかになるでしょう。私はただ、世界が“足掻き”に留まるか、“真理”へ進むか……選択肢を示しているだけだ。どちらかを押し付ける気はないよ……」

 会場の雰囲気が張り詰め、兵士たちはすぐに演説を打ち切らせるべく動き出す。真理探究の徒のメンバーは抵抗せず、「では本日の講演はここまで。興味ある方はいつでも我々のテントへ」と宣言して引き上げる。

 聴衆の間には熱狂した声や戸惑いが残り、セラはその光景を見て嫌な予感を拭えなかった。

 ネツァフの死骸やESPによる痛みの共有を巡り、新たな勢力として本格的に姿を現した真理探究の徒。彼らの掲げる“精神エネルギー固定化”や“魂の留め方”という概念は、多くの市民に興味と畏れ、そして希望めいた幻想を与える。一方、街の守護者であるドミニクやセラ、カイたちは、再生技術の芽を守りながら、彼らをどう扱うか苦悩を深める。
 エリックもまた、家族を抱えつつ、この真理探究の徒に興味を示すかもしれず、懐疑派兵の中には彼らを排斥すべきだと声を荒らげる者も出始めている。足掻き続ける人々が辿る道は、ネツァフという亡霊を越えたはずなのに、まだ新たな闇を孕んでいるのだ。

 「ネツァフが消えた今もなお、世界は理を求め、痛みを分かち合い、足掻きの先を探す――その果てに真理探究の徒は何をもたらすのか?」
 誰もまだ答えを知らない。だが、レナの散華を経て、この街には一つ確かな思いがある。どんな危機が訪れようと、“足掻き”を捨てずに生き抜く。それがレナの意志であり、セラたちの誇りであるのだから……。

 黄昏が深まる街の空に、真理探究の徒の白ローブが細く透ける。彼らが運んでくる物資と理論の数々が、街に希望をもたらすのか、それともリセット以上の破滅を呼ぶのか――次なる波乱の幕は、もう上がっている。

いいなと思ったら応援しよう!