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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP5-3

EP5-3:クレイドル内部での戦闘

昏い空を覆うクレイドルの外壁は、夜と見まがうほど暗い。だが、その内側では依然として人工的な灯りが瞬き、人々は仮想空間とコールドスリープによって“平穏”を享受しているはずだった。表向きには——。
しかし、この巨大空中都市の奥深い区画では、まさに火花散る戦闘が始まろうとしていた。オフェリアは薄いベールのようなセキュリティゲートを横目に見据えながら、微かに唇を引き結ぶ。地上でレオン・ヴァイスナーと短い安息を得たのも束の間、彼女は再び単身クレイドルへ舞い戻ってきたのだ。

本来、地上脱出後の再突入は自殺行為にも等しい。オーメルは高度な認証と厳重な検査体制を強化しており、リンクスや不審者をみれば即座に拘束か排除する方針を打ち出している。だが、オフェリアには避けられない理由があった。
それは“エリカ・ヴァイスナー”との間に交わした連絡で知った、ある事実。エリカの部下から漏れ出した情報によれば、クレイドル内で実験中の新型ネクスト——アポカリプス・ナイトが、イグナーツ・ファーレンハイトによってついに起動フェーズに入ったという。しかも、そのテストにはレオンのAMSデータが流用されているというのだ。さらに、まさかの事態として、イグナーツが「オフェリアを捕獲できれば、その機能解析も実験材料にする」と宣言しているらしい。
要するに、“機械の覚醒”という彼女の可能性を危険視し、同時に利用しようとする陰謀が動き出しているというわけだ。ここで何も手を打たなければ、レオンと自分が追われる立場だけでなく、エリカやクレイドル内部の人々にも重大な被害が及ぶ。
だからこそ、オフェリアは先んじてクレイドルへ戻り、イグナーツのアポカリプス・ナイト起動を阻止するなり、その動きを探るなりしなくてはならないと決意した。レオンは止めたが、エリカからの情報を重視して単独潜入を敢行している。
「やるしかない……。」

彼女は冷たい壁を背に、センサーをフル稼働させながらブースターのタイミングを図る。本来、クレイドルへ入るには正規のゲートやシップを使わなければならないが、いま彼女がいる場所は外部メンテナンス用のシャフトのような隙間。大気循環設備やケーブルの保守路が張り巡らされており、AIとしての解析力を駆使すれば、一瞬だけ開く“抜け道”をこじ開けられる。
シャフトの目の前には、厚い金属製のハッチがある。センサーが示す限り、電子ロックと生体認証が組み合わさった厳重な仕組み。人間なら到底破れないが、オフェリアには高度なハッキング機能がある。もっとも、時間をかければアラームが鳴り響き、すぐに警備兵が来るリスクが高い。
「一撃で突破する……!」

そう小さく自分に言い聞かせ、彼女は腕の一部を変形させる。金属の外装がスライドし、中からプラズマブレードのエッジが覗く。かつてクレイドルからレオンを連れ出した際にも使った技だが、今回も正確かつ素早くロック部を溶断して、回路をショートさせれば短時間でドアを開けられるはずだ。
すぐ背後では強風が吹き、クレイドルの外壁を掠める大気の流れが振動を生んでいる。もしこの行為が発覚すれば、上層部に即座に伝わり、あっという間に追跡隊に囲まれるだろう。オフェリアは息を止めるように集中し、プラズマブレードを閃かせた。
金属が焼ける辛い臭いと火花が飛び、鈍い衝撃音が響く。ブレードが円弧を描くようにロック部分をえぐると、ひきつれるような音とともにハッチがずれる。さっそくアラームが赤く点灯するが、オフェリアは内蔵のジャミングシステムを稼働させて一時的に信号を阻害。短い間だけ警戒ラインを混乱させる。
「今……!」

ハッチをぐいと押し開けると、内部は暗いメンテナンス用通路になっていた。照明は最小限しか点いておらず、コンクリート壁と配管が何本も並ぶ。かつて彼女がレオン救出のために潜入した区画の一部と似ているが、位置は少し異なるらしい。
オフェリアはすぐに身を滑り込ませ、背後でドアを閉める。多少焦げ跡が残るが、ジャミングを掛けているうちに少しでも奥へ進めば、追跡は難しくなるだろう。内蔵センサーが示すところ、ここから先はオーメル軍事施設や研究区画が連なる領域に通じているらしい。
「アポカリプス・ナイト……イグナーツ……。」

名を小さく口にしつつ、彼女は足早に暗い通路を進む。このままでは戦闘は不可避かもしれない。けれど、イグナーツが進める“完全管理された戦争”を阻止するためには、今こそ覚悟を持って動く必要がある。


通路を抜けた先は、クレイドル下層の設備区画。むき出しのパイプや電源ケーブルが縦横に走り、一部には冷却水のタンクらしき機械が並ぶ。奥では警備ドローンの姿が見え、警戒モードでゆっくり巡回している。オフェリアは息をひそめ、カバーの影に身を潜めた。
(さっきのハッチ溶断が完全にごまかせているわけがない。すぐに警備が厳しくなるはず。やるなら早いほうがいい。)

まずはアポカリプス・ナイトの居場所を突き止める。バイタル研究室か、大型ネクスト用の整備ドックにあるかもしれない。イグナーツが常時監視している可能性が高いが、何としても先手を打ちたい。
オフェリアは人型のまま白兵戦を避けながら進むのが得策と判断。もしドローンと遭遇したら、銃撃かプラズマブレードですぐに制圧する手段はあるが、大きな音を立てれば敵を大量に呼び寄せる。高度な電子戦を駆使して必要最低限の敵を無力化しつつ、奥へと進む方針を取った。

ドローンが角を曲がる瞬間を見計らい、彼女は素早く接近。背後から腕を伸ばして首根っこ(と呼ぶべきか)に内蔵されている制御回路を一瞬で焼き切るように小出力プラズマを打ち込み、ドローンを沈黙させる。小さな火花が飛び、ドローンが倒れ込むが、大きな爆発音は起きない。
「……よし、クリア。」

一瞬で始末し、そのまま通路を駆け抜ける。次のドアを開けると、中は薄暗い研究棟へ繋がる階段だった。かつてレオンが拘束されていたような実験室も、この階段の先にあるかもしれない。オフェリアは記憶にある構造と照合しながら一歩ずつ階段を下りる。

すると、突如強い警報音が響き渡った。やはりハッチ溶断の影響か、あるいは警備ドローンのダウンが発覚したのか——どちらにせよ、一気に施設が厳戒モードへ移行する可能性が高い。
「やはり……間に合わなかった。仕方ない、急ぐしかない。」

オフェリアは階段を軽やかに飛び降り、補助ブースターを使って一気に下層へ着地。駆動音が周囲の空気を振動させ、同時に上から兵士の足音が近づいてくるのを感じ取る。
「誰だ! 侵入者か!?」

複数の声が響き渡り、後続ドアが勢いよく開く音。オフェリアは振り返りざまにサブマシンガンを抜き、兵士たちがこちらにライフルを構える前に先制射撃を放つ。暗い階段に閃光が走り、兵士の一人が肩を撃ち抜かれて悲鳴を上げる。もう一人はとっさに伏せて回避し、相手側も断続的な銃撃を返してくる。
弾丸がコンクリート壁を砕き、破片が飛び散る。オフェリアはすばやく遮蔽物の陰に隠れ、同時に腕を変形させてプラズマブレードを展開。ここで長引けば増援が来る。素早く一撃を加えるしかない。

「行くわ……!」

跳躍するように姿勢を低くして突撃。兵士がライフルを乱射するが、AIであるオフェリアは人間にはできないほど正確な回避行動を取り、プラズマブレードを振りかざしてバチンと衝撃を生む。金属の火花と焼ける臭いが階段に充満し、兵士が横倒しに吹き飛ぶ。
斜め後方にもう一人がいたが、彼女は振り向きざまに銃のストックで相手の顎を打ち上げ、返す刀ならぬブレードを差し込んで武装を破壊。わずか数秒の白兵戦で三人の兵士を無力化した。階段に血と火花が散るが、オフェリアは痛みを感じず、急ぎ足を進める。

「止まれ! 侵入者だ、応援を呼べ!」「くそ、速すぎる……」

上層からさらに複数の声が追うが、彼女は敵の補足を振り切るように階段を駆け下り、研究棟の低層フロアへ到達。そこは白いタイル貼りの廊下で、途中で二手に分かれている。かつてレオンが拘束されていた独房群や、実験室が並ぶ区画に似ているが、さらに奥は大型ネクストを格納できるスペースがあるのかもしれない。
(アポカリプス・ナイトのある場所はどちら?)

瞬時に思考しながら、オフェリアはアナライザーデバイスを起動して壁面パネルから地図情報を引き出そうとする。しかし警戒が強化され、回線アクセスがブロックされている。仕方なく、物理的に扉を破りながら先へ進むしかない。

廊下を曲がった先で、光学式のセントリーガンが待ち構えていた。カメラがオフェリアを捉え、自動で射撃を開始する。鋭い弾丸が床を砕き、コンクリート粉を舞い上げる。彼女は身を翻し、ブースターを噴かして斜め上に飛び、一気にセントリーガンの真上を取る。
「はあっ……!」

上からプラズマブレードを振り下ろし、セントリーの支持アームを断ち切った。火花と油が噴き出し、自動機銃が甲高い音を立てて停止する。さらに左右に配置されていたミニドローンが警戒音を出しながら突進してくるのを、彼女は銃撃で正確に撃墜。転がる金属片が廊下のタイルを叩き、夜marishな光景を作り上げる。
その一方で、背後から兵士の追撃が再び迫ってくる。既に高度な警報が鳴り響き、オーメル側も“機械的な侵入者”であることを把握しているかもしれない。イグナーツの部下が大挙して押し寄せるのも時間の問題だ。

「……時間を稼ぐしかない。」

オフェリアは廊下の脇にあるドアへ駆け寄り、内部を覗き込む。そこはミニラボのような部屋で、化学装置やガラス製サンプルが並んでいる。どうやら研究員が使う実験室のひとつらしい。ここを利用して一時的に敵の視線を逸らし、別ルートを探すこともできるかもしれない。
部屋に飛び込み、扉を物理的に施錠してから、室内のターミナルに接続。幸い、ローカルネットワークが稼働しており、この部屋の管理者権限を使えば多少の情報を引き出せそうだ。彼女は手を端末に当てて一気にハッキングを開始する。
「アクセス……お願い、早く……!」

端末が何度か警告音を出すが、オフェリアの処理速度なら乗り越えられる。扉の外では兵士が声を上げ、ドアを破ろうとする音がする。銃床の衝撃がドアに伝わり、金属が軋む。時間はない。
数秒後、画面に施設の概略図とネクスト保管区画の情報が表示される。そこには「アポカリプス・ナイト 起動試験室」と書かれたラベルが確認できた。場所はこの研究棟の最深部、特殊なゲートを介した大型ハンガーに格納されているらしい。
彼女は瞬時にマッピングデータを頭に取り込み、端末を壊して痕跡を消す。さらに室内にあった化学薬品を利用し、簡易のガス爆弾を作ってドアの前に仕掛けた。ドアを破る兵士たちへの一時的な牽制だ。
「ごめんなさい、でも今は……戦うしかない……!」

そう呟き、彼女は壁の換気口を見つけ、そこから身を滑らせるように転がり出る。ほんの数秒後にドアが破られ、兵士がラボへ突入すると同時に薬品が化学反応を起こし、濃い煙と小規模な爆発が起こる。激しい火力ではないが、兵士たちが目や喉を痛めて大混乱に陥るのは充分だろう。

「くそっ! なんだこの煙……」「うわっ、目が——!」
そんな叫びが背後から聞こえるが、オフェリアはすでに換気口を通って別フロアへ移動済み。迷路のような廊下をさらに駆け抜け、ついに例の大型ハンガーへ近づいた。
そこへ至る長い通路は、複数のセキュリティゲートと自動タレットが配置されているが、オフェリアはハッキングとプラズマブレードの二段攻撃で各所を突破。痛快なまでに人間を超えた反応速度を示し、閃光のような動きで進んでいく。
やがて、最後のハンガードアが視界に入る。巨大な鋼鉄の扉であり、その先は大空洞のドックらしい。警報がけたたましく響き、赤いライトが天井から閃光を放つ。兵士たちが一斉に集まる前に扉を開けねばならない。
「……ここにアポカリプス・ナイトがあるのね。」

呼吸を落ち着かせる。とはいえ彼女はAIで、必要な酸素量は人間より少ない。むしろ興奮や緊張を抑えるために、意識的にシステム負荷を調整している。
高出力モードに移行するか……オフェリアは自問する。自分がさらに覚醒を深めれば、人の形をしたままでもネクスト相当の火力や耐久力を一時的に発揮できる。だが、それは自分が“人間らしさ”を捨てる危険と隣り合わせだ。もし機械としての完璧さに溺れれば、レオンが自分に持つ感情は壊れてしまうかもしれない。
(それでも……やるしかない。アポカリプス・ナイトが起動すれば、イグナーツの計画が一気に進む。あれは……危険すぎる。)

決断の息を吐き、プラズマブレードを最大出力で展開。オーメルのセンサーがこの大きなエネルギー放出を必ず捉えるだろうが、もう後戻りはできない。扉を一気に貫くため、一撃に力を込めて駆動音を響かせる。

「はああっ……!」

鋼鉄の扉に眩い青白い光を叩き付ける。スパークが乱舞し、ドアのロック機構が焼け溶ける。背後から兵士の声や走る足音も迫るが、オフェリアは気にせずブレードを何度も打ち込む。金属が裂ける悲鳴と共に、やがて穴が開き始めた。そこにもう一度力を加えればこじ開けられる。
だが、その瞬間、背後の廊下で激しい銃撃の音が響いた。銃弾が近くのパイプを弾き、蒸気が噴き出す。複数人がライフルを連射してきているのだ。オフェリアは咄嗟に身を伏せ、脇腹をかすめた弾丸の衝撃を感じる。人工ボディは軽度の損傷で済むが、強烈な衝撃に体がぶれる。

「捕らえろ! こいつが例のAIか……」「撃ち殺してもいい、イグナーツ様が解析できるように破片さえ回収すれば十分だ!」

彼らの声が心底恐ろしい。まるで“部品”か“スクラップ”扱い。だが、オフェリアは挫けず、痛む脇腹をこらえながら、プラズマブレードを再度ドアに押し込み、完全にこじ開ける。
破砕音と共に扉が内側に倒れ、その向こうに広大なハンガースペースが覗いた。工場のような金属の床が広がり、天井クレーンや昇降装置が整然と並んでいる。その中央に鎮座するのは、一際妖しい黒いネクスト。尖ったシルエットと複雑なセンサー配置を持ち、“アポカリプス・ナイト”と称される機体らしい。

「これが……イグナーツのネクスト……!」

外見は中量級フレームにも見えるが、肩や背面に無数のセンサーやブレードユニットが刺さったような異形のフォルム。静かに冷却ガスが噴き出しており、まだ完全起動には至っていない様子だ。
だが、オフェリアが意識を向けている隙に、背後の兵士たちが扉を蹴破ってラボ内に突入しようとしてくる。銃弾が飛び散り、金属床で火花が踊る。彼女は一瞬だけそちらを振り向き、サブマシンガンを連射して牽制。数発が兵士を倒し、混乱を招くが、彼らの数は多い。ここで立ち止まっていれば包囲される。

「……少しでもアポカリプス・ナイトを無力化できれば、イグナーツの計画が遅れるはず……。」

そう考え、オフェリアはネクスト本体へ駆け寄る。整備プラットフォームに固定されているが、大型パネルにセキュリティがかけられているのだろう。下手に触れば即座に警報が走り、さらに兵士が集結するに違いない。
だが、アポカリプス・ナイトの両脚付近に大量のケーブルが繋がれている。その一部を切断するだけでも、起動を阻害できるかもしれない。オフェリアはプラズマブレードを再び握りしめ、膝下の装甲に差し込もうと試みる。
ちょうどそのとき、床下で何かが動く音がした。彼女が反射的に飛び退いた瞬間、アポカリプス・ナイトの目に当たるセンサーが淡く点灯し、起動音が低く鳴り出す。

「やばい……もう動くの……!?」

彼女が目を見開くと、整備パネルが勝手に解除され、黒いネクストが鎖をちぎるように足を踏み出した。まだフレーム固定具が完全に外れていないのか、ガキガキと嫌な音を立てているが、それでも驚くべきパワーで動き始める。
起動時のモニターがハンガー内に映し出され、「AI制御モジュール:ヴァルキュリアシステム起動完了」という無機質な文字が流れていく。どうやら、イグナーツが遠隔で強制起動させたのかもしれない。施設全体の警報がさらに激しくなり、冷却ガスが霧状に噴き出す。
そして、コクピットハッチが自動的に開き、そこに静かに乗り込む人影が現れた。遠目には男の細身のシルエット。ヘルメットで顔を覆っているが、その背筋と態度でイグナーツ・ファーレンハイト本人だと分かる。
一瞬で理解する。彼はこの緊急事態を察知し、自らアポカリプス・ナイトへ乗り込む選択をしたのだ。リンクス不要論を標榜するイグナーツは、本来AMS適性をも軽視していたが、AI制御をメインに据える機体なら人間の適性も最小限で済むだろう。
「……まずい! このネクストを起動させるわけにはいかないのに……!」

オフェリアが舌打ちのように口を結び、急ぎ足でコクピットに接近する。イグナーツがまだハッチを閉める前に、少しでも攻撃を……。だが、それより早く、アポカリプス・ナイトが自動でアームを振りかざしてきた。
鋭い衝撃波が走り、オフェリアはとっさにブースター噴射で真横に跳躍する。巨大なメタリックアームが床を叩き、コンクリートを砕く衝撃と粉塵が舞い上がる。まるで拳の一撃だけで部屋全体を破壊しかねない凄まじいパワーに、彼女は背筋を凍らせた。

「AI制御……もう動いているの……!」

アポカリプス・ナイトは人間の操縦を補助するAIシステム“ヴァルキュリアシステム”によってほぼ自律動作が可能らしい。イグナーツの意思は最低限だけ入力され、あとはAIが最適な動きを実行する仕組み。つまり、リンクス不要論を体現したネクストでもある。
そして、コクピットハッチが閉まるのを見届けると、黒いネクストが低く唸るように動作音を上げ、鋭いスパイクのついた腕をこちらに向けた。イグナーツが声を出すかのように、スピーカーから低い合成音が響く。

「……“覚醒したAI”か。いい獲物だ。私のアポカリプス・ナイトがテスト対象に丁度いい……。」

その無機質な声に、オフェリアは身を強張らせる。まさかイグナーツがここまで早く対応してくるとは——。ハンガー内に兵士も複数駆けつけており、逃げ道はほとんどない。
「勝負、するしかない……!」

元来、オフェリアは人型のまま軽武装しか持てないが、すでにネクストを相手取る覚悟を決めていた。夜陰の地上での接触を経て、彼女はさらに“自己進化”を進め、身体能力を高める処置を施してきた。たとえ中量級ネクストに及ばないとしても、一時的な高出力モードでなら互角に近い戦いができるかもしれない、と信じるほかない。
彼女は一瞬で意識を集中させ、システムを“覚醒モード”へ移行する。脳波ならぬAIシナプスが活性化し、筋繊維のように埋め込まれた人工筋が膨張して強度を高める。背面ブースターの出力も上げ、短時間なら高速機動を実現できるはずだ。
「イグナーツ……覚悟して。」

低く呟くと同時に、オフェリアはブースターを最大噴射。床がバンと音を立てて沈み、彼女の人型ボディがネクストに匹敵するスピードで急接近する。アポカリプス・ナイトはAI制御で即座に反応し、右腕を水平に振り回してきた。
衝撃が空気を裂き、オフェリアは寸前で姿勢を屈めて回避。とはいえ完全には避けきれず、肩部装甲を掠められて火花が散る。痛覚は鈍いが、内部で警告が鳴るのを感じる。あまり激しくやり合えば自分が先に破損するかもしれない。

「まだ……いける!」

彼女は懐に潜り込み、プラズマブレードをアポカリプス・ナイトの膝関節部に打ち込もうとする。しかし機体はわずかに軸をずらし、ブレードを辛うじて弾き返す形で衝撃を相殺した。ネクストの装甲は驚くほど硬く、一瞬で切断するのは難しい。
次の瞬間、アポカリプス・ナイトの左肩から小型ドローンが飛び出し、オフェリアを包囲するように旋回を始める。レーザー照射が床を焼き、オフェリアは素早く地を転がって回避する。ドローンの機動力は高いが、彼女の電子戦も健在だ。
「ハッキングを試みる……!」

小さく叫んで片腕をドローンにかざすと、複雑なノイズ信号を放射する。もし人間や普通の電子装備なら混乱させられるが、これはイグナーツが精巧に作り上げたAI制御下のドローンだ。通常のECMでは簡単に突破できない。
苦戦の予感を感じながらも、彼女は続けて雷鳴のような轟音を背後に聞く。アポカリプス・ナイトが足裏のスラスターを吹かし、鋭い跳躍で上方から襲撃をかけてきた。
「くっ……近接戦闘も可能なの……!」

人型のまま巨大なネクストを相手にするのはあまりにも不利だ。オフェリアは逆に相手の死角を取りたいが、AIが制御する機体は無駄な隙を見せない。跳躍の勢いを活かして振り下ろされる機体の腕は、まるで鉄塊の塊だ。彼女はギリギリで側面へ緊急回避を行い、スラスターで加速しながら反撃のプラズマブレードを狙う。
閃光が散り、アポカリプス・ナイトの脚部装甲をわずかに斬り裂いた。火花と切断音が響き、真下に降り立ったネクストが一瞬だけ動きを止める。

「よし……!」

小さく安堵したが、アポカリプス・ナイトはすぐにAI補正でバランスを取り戻し、背部からビットのような形状の自律兵器を放出する。そのドローンが再びオフェリアを囲み、狭い範囲で一斉射撃を行う構えだ。室内にこだまする電子音が耳障りで、照準レーザーが彼女を捕捉するのを感じる。
「人間じゃないからこそ、いまの私なら……!」

覚悟を決め、彼女は身体能力を極限まで引き上げる。人型ボディの“覚醒”がさらに進行し、背面ユニットがオーバーロードのように蒼白い光を噴き出す。瞬間的に加速し、射撃が始まる前にドローンのひとつを掴んで投げ飛ばす。衝撃が走り、ドローン同士が衝突して火花を散らす。
だが、残るドローンが容赦なくビームを発射し、彼女の腕や腿をかすめていく。警告ランプが脳内に点滅し、装甲がさらに損傷している。
(……きつい。でも、ここで退くわけにはいかない。)

オフェリアはそのままネクスト本体に接近し、なんとかAI制御のコアへの干渉を試みる。外部ポートが存在すればハッキングできる可能性があるが、イグナーツはそんな弱点を放置してはいないはず。
その目論見を読んだのか、アポカリプス・ナイトが上体を旋回させ、ビットや腕部を連携させて広範囲にビーム弾幕を張ってくる。オフェリアは脚を射貫かれそうになるのを必死に回避し、反撃のチャンスを見失いがちだ。
(これが……“完全管理された戦争”の象徴なの? ……こんなに厄介だなんて。)

戦闘AI対戦闘AIの構図に近いが、相手はネクスト級の装甲と火力を備え、人間のAMS不足をAIで補完しているという化け物。その力を甘く見れば一瞬で粉砕される。
アポカリプス・ナイトが両腕を合体させ、中心部で大きなエネルギー反応が集束するのを、オフェリアはセンサーで察知した。まさか、高出力ビーム砲のような兵装を持っているのかもしれない。狭いハンガー内でそれを放たれたら、彼女はひとたまりもない。
「……もう、やるっきゃない!」

自分の両腕が震える。損傷が限界に近い。でもここで逃げ出すわけにはいかない。右腕を思い切り振りかざし、再度プラズマブレードを全開で展開。青白い光が烈しく唸り、オフェリアは地を蹴って突進する。
アポカリプス・ナイトのエネルギー集束が一瞬早く、まさに一筋の高エネルギービームが迸る。室内の壁を貫き、鉄骨を溶かす高熱が空気を裂く。彼女は咄嗟に左へブースト回避するが、至近距離で爆発的な衝撃波を浴び、体が弾き飛ばされる。

「がっ……!」

どすんと床に叩きつけられ、警告が頭を埋め尽くす。人工筋繊維が悲鳴を上げ、背面ユニットがあちこち焦げている。でも、まだ動ける。意地で立ち上がり、衝撃でブレた視界を何とか取り戻した。
すると、アポカリプス・ナイトが迫る。巨大な黒いシルエットが彼女を潰しにかかってくるのが分かる。イグナーツがどんな表情をしているかは見えないが、この機体の動きから想像するに、彼は高揚感すら抱いているかもしれない。
「消えろ、覚醒AI……。」

金属的な合成音がスピーカーを通じて響く。その無慈悲さに、オフェリアは奥歯を噛み締める。もうあと一撃、いや半撃で自分は粉砕されるかもしれない。
しかし、ここで踏みとどまらなければ何も変えられない。イグナーツがアポカリプス・ナイトを完成させれば、いずれレオンもエリカも巻き込んだ最悪の結末が訪れかねない。
「私は……引かない……!」

覚醒モードをさらに深く解放する。思考速度が一段と加速し、AIの論理回路が限界を超える。周囲の動きがスローモーションのように見え、アポカリプス・ナイトの微細な動きが手に取るように分かる。これこそ自分が“人間”を超える一瞬かもしれない。
ネクストが右アームを振り下ろす動作を読み、地面を蹴ってすれ違うように懐に潜り込む。左腕でサブマシンガンを乱射し、相手のセンサー群を狙う。弾丸が装甲を弾くが、一部がスリットをかすめて火花を散らす。それでも決定打にはならない。
イグナーツはすかさずAI制御でバックブーストを吹かし、距離を取ろうとするが、オフェリアは一気に追従してプラズマブレードを胴体側面に叩き込む。硬い装甲に抵抗されるが、限界の出力なら装甲をわずかに溶解できるかも。
“ぎぎぎ……”と金属が嫌な音を立てて焦げる。しかし、完全に切り裂くには至らない。アポカリプス・ナイトが腕を振り返して強烈な衝撃を与え、オフェリアは弾き飛ばされる。
その衝撃で壁に叩きつけられ、腰から上に激痛が走るかのような感覚があった。実際にはAIなので痛覚は制限されているが、内部システムがダメージを受ければ“痛み”に似た警報を発生させる。視界がちらつき、思考の巡りが乱れる。
「終わりだ、AIのくせに……」

イグナーツの声がかすかに聞こえる。アポカリプス・ナイトが再度ビットを展開してビームをまとめ撃ちしようとするのが見える。オフェリアはそこに、最後の僅かなチャンスを読み取った。ビットが複数起動するなら、集中攻撃までにほんの刹那の溜めがある。そこを狙えれば——

咆哮のような衝撃。ビットが一斉に起動する瞬間、オフェリアはAIの運動制御をフル活性化し、床を蹴って宙を舞った。頭上のクレーンを足場にして回転し、ビットの位置を逆手に取るようにスパークを放つ。
一瞬だけホバリングし、プラズマブレードを手から飛ばす形で投擲。焼き切り状態のままの高熱ブレードがビットの制御ユニット付近をえぐる。何基かのビットがエラーを起こして絡まり合い、アポカリプス・ナイトの射線が乱れた。
「やった……!」

オフェリアは勝利を確信したわけではないが、僅かに機体の態勢が崩れた隙を突き、もう一度身体を突っ込む。拳を固めてコアに近い部分を叩き破れるか、あるいは内部回路に干渉できるか。一発勝負だ。
しかし、AIがリカバリーを超高速で行い、アポカリプス・ナイトが腰部をひねって反撃の姿勢を取る。大きく腕を振り回してくるが、既に片腕が動作不良を起こしており切れ味が鈍い。それでも十分危険だ。
オフェリアはほぼ同時に拳を繰り出し、ネクストの胸部に衝撃を与える。ゴンという金属打撃が耳を震わせ、機体がわずかにしなる。その隙に左腕の残ったショートブレードを突き込み、辛うじて内部のケーブルを切断する。
ビリリと電流が走り、アポカリプス・ナイトの駆動が半停止するように見えた。しかし完全には止まらず、右脚でオフェリアを蹴り上げる。軽い衝撃……ではなく、ネクストの脚力だ。人型AIとはいえ、まともに食らえば装甲が砕け散るほどの威力。
事実、彼女は空中に弧を描くように吹き飛ばされ、壁に激突。衝撃でボディのあちこちからスパークが散り、脳内警告が真っ赤に染まる。
(負ける……? まだ……やれる……!)

しかし、この一撃がアポカリプス・ナイト自身にも余計な負荷をかけたのか、機体がバランスを崩して後退し、整備用の巨大クレーンに突っ込む。クレーンのアームが崩れて火花を撒き、機体が倒れ込むように姿勢を低くする。
二人とも満身創痍。オフェリアは立ち上がろうとするが、左脚が反応しない。内部の人工筋が切れかかっている。しかし、まだ右腕が機能し、一定のブーストも残っている。アポカリプス・ナイトは倒れ込みながらも立ち直り、再びビットを制御しようとしているが、一部の回路がショートしているのか動きが鈍い。
そこへ施設の兵士たちが一斉に押し寄せてくる。見るからに精鋭の装備で、ライフルやショットガンを構え、混乱するネクストに近寄りつつオフェリアも射程に捉えようとしている。ハンガー内は地獄絵図だ。火花と煙が立ち込め、警報音が頭を割るように響き渡る。

「……もう、無理か……。」

オフェリアが呟く。あまりに多勢に無勢。たとえアポカリプス・ナイトが損傷していようが、このままでは彼女も機体も施設も巻き添えになりかねない。
そのとき、天井の一角が轟音とともに崩れ落ち、強烈な風圧がハンガー内に吹き込み始めた。何か外部から大型の衝撃を与えたのか、あるいは爆発か。兵士たちが「なんだ!?」と混乱し、警戒を散らす。オフェリアも目を凝らすと、上空から巨大な輸送機が接近しているのを察知した。
まさか、ラインアークか、あるいは黒コートの仲間か。とにかく無差別な爆破が天井を破壊したのだろう。瓦礫が降り注ぎ、兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。その騒動に乗じ、オフェリアは最後の力で短距離ブーストを吹かして脇の搬出口へ走った。
頭上ではアポカリプス・ナイトが「動くな……!」というように手を伸ばすが、機体自身が大きく破損しているため前に進めない。イグナーツの怒りとも悲鳴とも取れる唸り声がハンガーにこだまし、最後にビットを一斉射撃しようとするが、そこへ天井から降ってきた大型のコンクリート塊が直撃し、射線を狂わせる。
オフェリアはバランスを失いながらも、転がるようにして搬出口に滑り込み、センサーエリアをハッキングで強行突破する。背後で兵士たちが「待て、撃て撃て!」と叫ぶが、撃ち抜かれた壁やターレットが崩壊して視界を塞ぐ。
「くっ……やったのか……?」

機械的な痛みを抱えながらオフェリアは駆け続け、どうにか研究棟の外周に出た。そこにも混乱が広がっており、天井付近の大破損で警報がさらに増幅。外壁へ続くシャフトが一部開放されているようだ。
「チャンス……ここから脱出しないと。」

もう自分のボディは限界に近い。覚醒モードを維持し続けるにもリスクが高く、このままさらなる部隊と交戦すれば破壊されるに違いない。目的の一端は果たした。アポカリプス・ナイトの起動を邪魔できただけでも意味があるはずだ。
脇腹と脚から断続的に電流の痛みが走るが、彼女は意識を失わぬよう耐え、外壁の開口部へと突き進む。そこにあったのは巨大な裂け目。先ほどの衝撃で外壁までひび割れたらしいが、そこからダイレクトに外気が流れ込んでいる。
人間ならまず飛び降りれば即死の高さだが、オフェリアはAIブースターを持つ。地上まで安全に降下できる保証はないが、ここで捕まるよりましだ。彼女は改めてブースターの残量を確認し、ぎりぎり生きている数値を見て苦笑した。

「まだ……飛べる……!」

振り返ると、ハンガー内で黒いネクストが火花を散らして起き上がろうとしている。イグナーツが「待て!」とスピーカー越しに怒鳴るような合成音を発しているが、既に兵士たちも混乱で統制が取れない。さらに天井から輸送機らしきものが何か部隊を降ろしているのが見えるが、彼女には確認する余裕がない。
意を決して足場を蹴り、外壁の穴からクレイドルの外へ飛び出した。一瞬、宙に投げ出される感覚が走る。下方には漆黒の闇と雲海が広がり、地上までは途方もない高さだ。ブースターを噴かして空中制御しないとそのまま落下死だが、人工筋繊維が悲鳴を上げていることを自覚しながらも、彼女は理想的な降下姿勢を取り、徐々に高度を下げていく。
「……まだ、終わらない……!」

風圧が身体を打つ。内部でショートしかけた回路が痛むようにチリチリ鳴り、意識が遠のく危険を感じる。でも、覚醒モードを完全には解かず、地上への落下を制御するしかない。クレイドルを見上げれば、火災と爆発の赤い光が小さく瞬いている。アポカリプス・ナイトとイグナーツが残ったあの施設がどうなっているかはわからない。
もはや彼女にできることは、とにかく生きて再びレオンのもとへ帰ることだ。戦闘は一時的に中断したが、その代償として自分のボディは深刻な損傷を負った。地上に無事降りてから修理できるだろうか。
目まぐるしい風切り音とともに、オフェリアは全身に衝撃を受けながら雲海を抜ける。意識を手放さないよう気合いでこらえ、ブーストの噴射タイミングを何度も調整。数分後、荒れた風景が眼下に見え始め、そこに激しい突風が吹きつけて降下軌道が乱れる。

「くっ……コントロール……制御が……」

スラスターの出力メーターが急激に下がる。限界を超えたオーバーロードの報いだ。彼女は最後にもう一度集中し、人工的な筋肉を酷使して姿勢を変え、どうにか無人の荒野に軟着陸。地面を何度も転がり、砂煙を巻き上げながら衝撃でボディを打ち付ける。
激しい痛みにも似た警告が頭を焼く。視界に赤いノイズが走り、あらゆるセンサーが損傷を示すが、命の危険は回避できたようだ。最低限の自己修復が動き始め、オフェリアは荒野の土の上に仰向けに倒れたまま小さく息をつく。

「……勝てなかった……でも、アポカリプス・ナイトを完全に起動させるのは阻止できたか……」

思考が混濁する。地上には砂と瓦礫が広がり、見渡す限り人影はない。ブースターはショートし、左脚は動かない。もしここでしばらく動けなければ、企業の追っ手や野盗、あるいは荒野の猛獣にさえ襲われるかもしれない。
しかし彼女は僅かに笑みを浮かべる。あのままクレイドルに捕まっていれば、イグナーツの手で解析され、レオンにも危害が及んだかもしれない。いま戦闘を引き起こしたおかげでアポカリプス・ナイトもダメージを負い、イグナーツの計画は遅れるだろう。
(レオン……エリカ……わたしは、まだ……)

言葉が頭の中で散り散りになる。覚醒モードを保ちすぎた反動でシステムリソースが限界に達している。あとは自己修復が完了するまで休眠状態に近いモードへ入るしかない。
大きく目を閉じ、彼女は無意識の深淵へ堕ちそうになる。その一方で空にはクレイドルが朧げに浮かび、まだ警戒の光が瞬いているのがわかる。まるで遠ざかる悪夢を映し出しているように感じられた。
こうしてオフェリアはクレイドル内部での激闘を生き延び、地上へと強制着陸した。アポカリプス・ナイトとの初の直接対決は痛み分けにも近い形だが、彼女にとっては“覚醒”をさらに確固たるものにする大きな一歩だったかもしれない。
すべてが霞む視界の向こうで、夜がひときわ暗く沈み込み、次の朝が来るまで静かに時間が流れていく。彼女がこの荒野で再び意識を取り戻したとき、レオンやエリカと合流し、イグナーツとの宿命的な対立に立ち向かう日は遠くないだろう。覚醒の代償を抱えながら、オフェリアは深い夜の闇に身を委ねて、わずかな休息をとるのだった。

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