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日常:シークレットバレンタイン-2
(これで大丈夫かな?)
いつになくそわそわとしたエブモス。
今日は、デートの日
シークレットと映画に行く日であった。
「エブモスには、明るい色が似合うのだわ」
「これとこれと、あぁ!これもいいのだわ」
「よし!これで絶対上手くいくわ!」
ピンク色の可愛いネイルにキラキラしたラメをちりばめて
髪の毛もいつものストレートのツインテールから、パーマをかけた様なお嬢様風のものにして。
洋服も動きやすいものから、フリルのついたワンピースにして。
迷ったから、アバランチ姉に聞きにいったところ、目を輝かされて当日の装いをプロデュースされたのだった。
(これ、私らしいかな。似合っている?服に着られてないかな?)
(シークレットくんは、これ、どういうかな)
いつも、シークレットには幼馴染の距離感で接しているのにいざ構えてしまうとときめきが止まらない。
(恋する乙女は無敵なのだわ!)
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(アバランチ姉の幻聴が聞こえる)
(でも、いつもより早く来てしまったし)
そうやってソワソワしている間にも時間は迫って来る。
トンっと背中が軽くたたかれる。
「エブモス、おはよう」
「服装、いつもの活発な感じがとても似合っていたのに」
「えっ、似合わないっていうの!」
「ううん」
「そうじゃないんだ。動きずらいのを我慢して、ドレスアップしてくれて嬉しいなって思っているんだ」
「ほら、その証拠に靴のバランスが取れてないよ」
「あ!」
「ちょっと、止まっててくれるかな」
そういうと、シークレットはしゃがみエブモスに跪く姿勢になる。
そして、靴の装飾を整えると上目遣いに微笑み
「とても、良く似合っているよ。エブモス」
まるで、執事がお嬢様に言うような雰囲気で言い切ったのであった。
(そんな不意打ち、卑怯!)
「シークレットくん、その不意打ちは卑怯だよ!」
「何がだい?」
さりげない仕草に色っぽさを混ぜながら答えるシークレット
「////」
「ほら、行くんでしょ。映画」
そういって、エブモスの手を握ると歩き始めるシークレット
(えーーー///)
その仕草が余りにも自然だったから、されるがままに手をつないだエブモス
映画館へと歩き向かう道筋は、まるでお城へとエスコートされるシンデレラの様だった。
(なかなか、上手くいってますわね)
(兄様は、ああ見えてかなりの天然たらしよ)
(抜かりはないわ)
(抜かりはないけど、悔しいわ。その位置は、私よ!エブ子ちゃん)
近場のカフェから見守りというなのストーキングをする約2名がいた。
(あぁ!兄様、そんなにエブ子ちゃんをエスコートしたかったのですか!)
(私の手も空いてますよ。兄様)
(怖いわ、シェードちゃん。さて、ここで様子を見ているのもなんですから、さっさと追いますわよ)
そういって、ソラナがシェードの手を引き、シークレットをつけていく。
勿論、隠蔽のトランザクションを使用して。
映画館に着くと、シークレットがエブモスに要望を聞く。
「エブモス、何か飲みたいものはあるかい?」
「ポップコーンは、大きなサイズを頼もうか」
「うん!私は、メロンソーダーがいいな」
「おーけー、じゃあ、僕も同じのにするよ」
「メロンソーダー2つ、ポップコーンフレーバーは、塩バターお願いします」
少し早めに席について、スクリーンを前に座る。
席は満席で、中央の席が丁度2席空いていた。
「シークレットくん、あんなにいい席を」
「エブモスの喜ぶ顔がみたくて頑張っちゃったよ」
「無理したんじゃ」
「そんな無理はしてないさ。以前お世話になったベリーダンスのお店で常連さんにちょっと譲ってもらったのさ」
(それって、ヴァイス達じゃん!)
いつかのCEX 意識体 首脳陣を集めた飲み会。
そこで行われたシークレットの作戦
最終的には、爆破されたのはヴァイス達の一部であったが、シークレット、性格には彼の保有するTerraのもたらしたウィルスによる情報によるハッキングがかなりのダメージを与えていたのだった。
それにも関わらず、ヴァイス達は、機会を見てはベリーダンスのお店に脚を運んでいたようだ。
彼の舞を見るために。
彼らいわく。
『なーに、CEXの意識体が恨まれることなんざ、一つや二つじゃない』
『だから、今回の件も、そのうちの一つだ』
『それよりもだ。我々は、とても美しいものに出会うことができた』
『それが一番得難いことだ。それでよかろう』
と、大物なんだか、頭のねじがとんでいるんだか。
彼らの思考回路はわからなかったが、シークレットとしては上客だったので、断る理由がなかった。
そんな彼らに今回の件で、お願いしてみたところ。
『いいとも』の二つ返事で、返されて渡されたのが今回のチケットだった。
その代わり、スペシャルな舞を踊ったら二人が失神してヴァイスが背負って帰るというオチになったが。
「さて、はじまるよ。ゆっくり見ようじゃないか」
「うん」
映画は、歴史ものだった。
コスモスの外宇宙、天の川銀河の太陽系、その中の地球という惑星における日本という極東の国。
戦国時代と呼ばれる時代。
ある覇王となる男と、婚姻を結んだ姫のものがたりだった。
歴史の中では、男は鬼の様な気性の激しい冷徹な人物として描かれていたが、映画の中では、ただ一人の男として、その姫に恋をしていく。
戦いに赴く際も、震えを隠し、自軍を奮い立たせて、姫の前では常に強がっていた。
『冷徹な男』という存在を演じるあまり、自身の姫に対する思いに長年気付けず、その思いに気付いたのは、晩年だった。
しかし、最後には、通じ合えたものがあったというお話しだった。
遅すぎることはない。
しかし、もう少し早く互いに素直になれていたのならば、そう思わずにはいられなかった。
それでも、史実よりも救いのある終わり。
恋をすることも、それに気づくことも難しい世界、時代の物語り
エブモスは、今、シークレットに恋することができ、付き合えている事実をかみしめた。
「映画、よかったね」
シークレットがいうと立ち上がる。
「シークレットくん、いこ!手を繋ごう」
そんな、歴史上の人物は、エブモスに勇気を与えたのだった。
「いいよ。エブモス」
「でも、積極的だね」
「うん!映画の二人見てたら、なんか、わたし、遠慮しちゃいけないって思った!勇気もらった」
「だって、こうしてシークレットくんと一緒にいれることが奇跡だから」
「そっか。そうだね」
優しく笑みを返し、エブモスの差し出した手を握り返す。
エブモスの温かな体温が伝わってくる。
温かな体温の交換。
これまで歩いてきた自らの道を思い出し、それでも歩みを止めなかったことに対してよかったという思いを感じた。
だって、どこかで止まっていたら、この温もりまで戻ってこれなかったのだから。
「ありがとう」
そう小さくつぶやくシークレット
「ん?どうしたの、シークレットくん」
「いや、なんでもないよ。いこうか、エブモス」
「うん!ところで、シークレットくん、お腹すいてない?」
「僕はそれほどで」
くきゅーキュルキュル
それは、シークレットのお腹の音だった。
(あはは、ちょっと無理しすぎちゃったかな)
実を言うと昨日は深く眠れなかったシークレット。
朝早く目が覚めてしまい、ずっとデートのシュミュレーションを行っていたのだった。
そのまま、時間になり食事を食べないで出かけたせいかお腹が減っていたのだ。
いや、いままで、極度に考えすぎていてお腹が空いていたのを忘れてしまっていたというのが正しい。
「シークレットくんのお腹は正直だったよ!」
「あはは!そうだね。じゃあ、食べに行こうか。昼ご飯は何がいいかい?エブモスの好きなところに行こうか」
「んーじゃあ」
そういって、立ち去る二人。
後ろの席で、鼻をすする様な音が聞こえる。
「恋愛も難しい時代なんて、気付くのが遅すぎただなんて、そんなのって無いわ」
「もっと素直になれば、家なんて放り出して外国とやらに二人で船出したらよかったのですわ」
鼻水を出しながら泣いていたのはシェード
「ツンデレもここに極まれですわ」
「二人ともツンデレよ!ツンデレすぎなのよっ!」
「でも、あの家臣の方。姫に指一本も触れず、姫の思いを最優先に」
「あれは、慕う心ですわね」
「あの思いをくみ取り強引に姫を連れ帰ると言わなければ、わたくし、あの偉そうな男の事が嫌いになってましたわ」
「でも、忠臣の決心をくみ取り、やっと素直になれた二人」
「それでこそ、それでこそですわ」
ソラナはソラナで感じたものがあったのだろう。
晴れやかな顔で鑑賞を終えていた。
「よし!ここ!ここ行きたかったんだ!」
「えぇー、エブモス。ここにするのかい?」
「うん。シークレットくんのバイト先なんでしょ?わたし行ってみたかったんだよね〜」
エブモスのリクエストで来たのは、シークレットがベリーダンスを踊っている料理屋だった。
昼間は、お酒の代わりにソフトドリンクやノンアルコールカクテルを提供し、普通の料理屋として営業しているのだった。
「おや、シークレット君じゃないか。どうしたのだね」
「今日は、大切な日だからと指名を断ったのではなかったのかな?」
「いえ、店長、今日は客としてお願いします」
店長と呼ばれた男は、エブモスの存在に気が付き、ネクタイを締めなおした。
「いらっしゃいませ、お客様。ゆっくりとくつろぎください」
そういって、奥の席に通された。
「すっすごい!キラキラだよ。シークレットくん。しかも、壁際も飾りがキラキラ。あの置物も素敵!」
「エブモス」
「ん?」
「おちつきがない」
「んにゃ!」
冷静に放たれた言葉はあんまりだった。
「まったく、おちつきがないんだから」
「シークレットくんは、いつも目にして慣れているからそんなことないんだよ」
「すごーい。これも可愛い」
それを見ながら、優しい笑みを浮かべるシークレット
「お客様、こちらをどうぞ」
店長が、二人にドリンクを持ってきた。
それは、下層が空色に上層が黄昏れ色、それを虹色のストローが繋いでいるというノンアルコールカクテルだった。
「綺麗」
「でも、頼んでいないけど」
「スペシャルドリンクです。サービスです」
「彼にはいつも世話になっているのでね」
「すごーい!シークレットくん。役得だね!」
「うん」
(店長、ありがとうございます)
(なに、君にはいつも世話になっている。この位はさせてくれ)
(それと、君の大切な人と良い時間になるようにこれは私からの心づけだ)
小さな声でそういうと、店長は、片手を挙げてくるりと回転する。
途端、短いトランザクションが放たれ、店長の出で立ちが変わる。
タキシードをベースとした仕事着から、フラメンコのプレイヤーが身に着ける衣装に代わる。
彼が指を勢いよく鳴らすと、接客を終えていた女性スタッフもトランザクションを紡ぎ、変身する。
長いドレスに深いスリットの入ったフリルのスカートに真っ赤な衣装。
タッタッタと、二人は、リズミカルに足踏みを始める。
中央の広い空間に移動し踊り始める。
店長は、力強いタップを活かした男らしい攻めのダンス
女性店員の方は、素早いタップからのドレス捌きを見せ情熱を表現していく。
いつの間にかギターをかき鳴らすスタッフが横で演奏をはじめており、レコードの音を力強く補足していく。
「す、すごい」
エブモスは、初めて見る光景に目が釘付けだった。
二人のダンスは、まるで情熱的な恋愛を表現しているようだった。
駆け引きというよりも、激しい感情のぶつかり合い。
それがダンスになったかのようなものだった。
30分程のダンスを終え、店長と女性スタッフはキレのあるポーズで締めた。
まわりから拍手が鳴りやまない。
エブモスも、知らず、大きな手で拍手していた。
拍手は、やがて一定のリズムを刻んでいくようになり、それはまるでアンコールを促しているようだった。
慣れた様子で、店長がマイクをとり挨拶をする。
そして、アンコールは、出来ない旨を伝えると皆が消沈するのが雰囲気で伝わってきた。
だか、そこで、まさか自分たちの名前が呼ばれるとは思わなかった。
「今日は、我が店の誇る優秀なスタッフの素晴らしい日なんだ」
「だから、彼らの為に私達はバックで踊らせてくれないか」
「シークレット君、そして彼の大切なパートナー。ご登壇願えるかな」
「えっ!!ちょっと、シークレットくん、どういうこと!!」
いきなりの展開についていけなくなるエブモス
シークレットはシークレットで。
「エブモス、ここは折角だ。楽しんでしまおうよ」
そう返すのだった。
ふと、先ほど見た映画を思い出した。
そういえば、覇王も姫に手を引かれ踊っていたような。
それも楽しそうに異国の音楽で踊っていた。
『今、楽しめるとき、その瞬間を楽しむ』
そんな思いがエブモスをかすめた。
「うん!シークレットくん、踊ろう」
「可愛いカップルが答えてくれたところで、ステージに上がってもらおう」
「その前に」
そういうと、店長は指先から短いトランザクションを放つ。
それに伴い、シークレットの服は王子様もような服に。
エブモスの服はお姫様の様な服に変化していく。
「さぁ、舞踏会の始まりだ」
店長はいつの間にかタキシードの姿へと変わっており、バイオリンを持ち出し準備をしていた。
女性店員は、ピアノの前にかけ引く体制をとっていた。
「さぁ、踊ろう、エブモス」
「踊り方、わからないから、リードしてね」
「もちろんだとも」
二人だけの時間、そして、それを眺める観客
初々しい二人の姿と店長経ちの演奏を眺め楽しむ常連たち。
思い出は確実に積み重なっていった。
======
帰り道、二人は手を手をつなぎながら互いの家を目指した。
つなぐ手も、慣れないつなぎ方から互いの指を絡ませるつなぎ方になっていた。
店での踊りが彼らを変えたのか。
それとももとからあった思いを外に出せる様になったのか。
それはわからないが、一つだけ言えることがあった。
「わたし、とても幸せ。今日は、ありがとうね。シークレットくん」
「僕も、良い時間を過ごせたことに感謝だよ。やっぱり、エブモスは、可愛いね」
「そろそろ、分かれ道だね」
「いや、今日は、エブモスの家まで送るよ」
「えっ」
「だって、今日は、バレンタインなんだよ」
「たまには、こういうことさせてほしいな」
そういうと、シークレットはスッ手を離し、エブモスに向き合いおでこを合わせいった。
「これからも、よろしくね。エブモス」
「わっ、わたしも、シークレットくん」
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そうして、再びエブモスがシークレットの手を取り、分かれ道を過ぎともにエブモスの家へと向かっていった。